二話 風鈴とゲームセンター 2
ようやく着いたホームセンターに入るとまるで砂漠の中にあるオアシスのように感じられるほど心地良い冷たい風が俺たちを歓迎した。
「ふぁぁぁ、生き返るぅぅぅ」
「ふぅ……」
持ってきたハンカチで汗を拭った。七葉もショルダーバッグから取り出したハンカチで汗を拭い、少しだけ乱れた前髪をスマホの内カメラを見ながら直し、「よしっ」と小さく言うと、俺の方を見て。
「お兄さんいこっ! ホームセンターデートだよ!」
「なんだよホームセンターデートって、聞いたことないぞ」
「いいのっ、ほら行くよ! 私たちの扇風機探しに!」
どうして私『たち』なんだ、そうツッコミを入れようと思ったが、確かに俺『たち』の扇風機だし、なにも言わないことにした。
入り口目の前にあるレジカウンターを横切り、少し進むと扇風機だけが何台も置かれた特設ステージがあった。
これから夏本番ということもあって、目玉商品として売り出されている扇風機たち。
「どれがいいかな」
「お兄さん、これにしようよ!」
そう言って七葉が指さした先には羽のない扇風機があって。
「馬鹿か、めっちゃたけぇじゃねぇか」
「えー! かっこいいしこれでいいじゃん!」
「馬鹿値段見てから言え!」
こいつ自分が払わないからって適当なこと言いやがって。
「お兄さんのけちぃ! じゃあどれにするのさ~」
いくつも並ぶ扇風機に目を通してみる。
はっきり言ってしまえばどれも同じに見えるが、きっと風の質のようなものが違うのだろう。一度試しにつけてみて、風を受けてみる。
「そんなことして違いがわかるの? やっぱり見た目で選ぶべきだよ!」
「まあ、わかんねぇよな……」
「だからこのかっこいいやつにしようよ!」
「馬鹿、値札見ろって! 桁が違うだろうが!」
結局どれも違いなんてわからないし、一番安い三千円の扇風機をもってレジに向かう。
「お兄さん待って! 見てよこの風鈴! 可愛いしほしい!」
向日葵の模様で彩られた心地いい音色を奏でる風鈴を持ち、七葉が俺を呼び止めた。
そういえば扇風機以外にもなにか涼しくなれるようなものを買おうと思っていたけど、風鈴では暑さは変わらない。音色を聞いているだけで涼しくなったような錯覚をすると聞いたこともあるが、音色だけで涼しくなったらどこの家庭でも風鈴がぶら下げられているだろう。
「風鈴じゃ涼しくなんねぇだろ」
「ロマンないなぁ! いいじゃん買おうよ~」
まるで親におもちゃを強請る子供だ。そんな七葉を置き去りにして、俺は一人、レジに向かった。
扇風機の会計を済ませている間も七葉は戻ってこなくて、俺は買い物を終えてもだらだらと店内に残ることは申し訳ないから、外で待つことにした。
「それにしても暑いな……」
ホームセンターを出るとまた真夏の日差しが俺を向かい入れる。
「あいついつまで中にいるんだよ」
「お兄さんおまたせ~!」
七葉が小さな紙袋をもって駆け寄ってくる。
「なんか買ったのか?」
大きさからして七葉も扇風機を買ったというわけではなさそうだ。
「まあまあ、これはいいからソフトクリーム買おうよ!」
どうしてはぐらかすのか、七葉はホームセンター前にある屋台に走っていく。もしかして、風鈴か? 欲しがっていたけど、わざわざ自分で買うほど欲しかったのか。
「七葉、風鈴買ったのか」
「へっ!? 買ってないよ!? まあ欲しかったけどさっ」
やっぱり欲しかったみたいだ。でも、そうじゃないなら一体何なのだろうか。
気になったが七葉にだって言いたくないことの一つや二つあるだろうと、聞かないことにした。
「七葉、俺の分も買っといてくれ。ちょっと買い忘れた物がある」
七葉に二人分のソフトクリーム代を渡して、俺は一人店内に戻った。
「ん~美味し~!」
七葉がソフトクリームを食べながら頬を抑える。
ホームセンターの前、車を屋台に改造して駐車場の一角でソフトクリーム屋が開いてある。その前に並べられた椅子に座り、ソフトクリームを食べていた。
これから俺には扇風機を抱えて帰るという試練が待ち受けている。だから少しでもここで休んでおかないといけないわけだが。
「お兄さん、チョコも食べたいから一口分けてよ」
「え……」
当たり前のように食べかけのソフトクリームにかぶりつく。
「おい、お前な……」
「お兄さんもはい、あーん」
「おいっ……んっ」
これじゃあまるでカップルじゃないか。
肉体的にはしっかり休めているんだろうけど、精神的には全然休まらない。周りをちらちら気にしていると、七葉がニヤニヤし始める。
「お兄さん、あーんされたことないから恥ずかしいの?」
「うるせぇ、それぐらい大したことねぇよ」
本当は動揺して手汗がすごいことになっていることなど、七葉は知らない。
「さあ、食べ終わったし帰るか」
扇風機の入ったダンボールを抱えて立ち上がる。持ち上げた時点で大した重さではないし、これなら問題なく持ち帰れるだろう。ただ問題があるとすれば。
「お兄さん、紙袋忘れてるよ」
扇風機のおかげで両手が塞がっていて、さっき一度店内に戻って買ったものを持てないということだ。
「それ、お前にやる。だから持って帰ってくれ。俺は扇風機で精一杯だ」
「え? でもこれなに……?」
「開けて確認したらいいだろ」
七葉は首をかしげながら紙袋の中を確認する。
「これって……」
「お前、欲しがってただろ。風鈴」
それはホームセンターで七葉が欲しがっていた向日葵の模様が描かれた風鈴。
最初は冗談で欲しがっていたと思っていたが、本当に欲しかったみたいだったから買ってみた。
その風鈴を見て唇をきゅっと結んだ七葉の表情は、いつものニヤニヤとは少し違う、ふわふわというかなんというべきなのか。
「お兄さん」
ひとまず、この笑みからは俺を揶揄うような悪意は感じられなくて。
「ありがとう」
「……おう」
風鈴を揺らし、ちりんちりんと音を奏でた七葉は、自分の買った紙袋からなにかをとりだして……。
「……ってお前も買ってたのか」
七葉の紙袋から出てきたのは、俺が七葉に渡した風鈴と全く同じものだった。向日葵が描かれた夏らしい風鈴。ちりんちりんと音を立てて、俺の顔の前でそれを鳴らし。
「これは私からのプレゼント。お兄さんの部屋に飾ってね」
「だったら俺が買ったやつを飾るよ」
どうせ同じものだし、どっちが買ったものを飾ろうが変わりない。でも、七葉は俺の考えに不満があるみたいで、頬が膨らんでいく。
「ダメっ! 交換するの! じゃないと、……意味ないじゃん」
「なにが意味ないんだよ」
「いいのっ! お兄さんは大人しくこれ飾りなさい!」
「わかったよ。ほんとよくわかんねぇな、お前ってやつは」
「お兄さんのバカ……」
俺を置いて先に帰っていく七葉が俺を罵倒していく。
俺が一体何したっていうんだよ、バカってなんだよ。ほんと、イマドキの女子高生はよくわかんねぇな。
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