7.鮮血の花嫁の伝説
7-1
「四人目の被害者に使われたナイフは、折刃式のカッターナイフだったな?」
5月31日、日曜日。午後の刑事部屋。
「そうですが、何か問題でも?」
「いや、連続性に欠けると思ってな……」
怪訝な表情を向ける後輩刑事に前野が続ける。
「三人目の被害者までは、まずまず見栄えのするナイフを使っていたのに、どうして四人目で安っぽい折刃式のカッターナイフに変える必要があったのか……。お前は疑問に思わないのか?」
「疑問も何も、他にナイフがなかったからでは?」
「犯人はゆきずりの人間じゃない。一連の事件は計画的な凶行だ。同じようなナイフを準備する時間ぐらいあるはずだ」
「ナイフの種類にこだわりがないだけでは?」
「この事件の犯人は典型的なナルシストだと俺は考えている。そう簡単に自分で定めたルールを無視するとは思えない。言葉はなんだが、犯人の美意識に反する気がする」
前野はそこで一度言葉を切ると、すっかりぬるくなったお茶で唇を湿らせた。
「そもそも、四人目の被害者が発見された状況が不自然だ」
「不自然さ、ですか?」
「死体を隠すにしては中途半端だろ。死体が遺棄されていた公園は、確かに町の死角みたいな場所にあるが、まったく人目につかないわけじゃない。そのうえ、死体を茂みの中に適当に放置している。隠すわけでもなければ、目立たせるわけでもない」
「それは先の事件も同じでは?
そこで前野が、はっとしたような表情を浮かべた。
「矛盾――。犯人が違う? そう考えればナイフの件の辻褄は合うな……」
前野の言葉に大迫が息を呑んだ。
「四人目は模倣犯による犯行だと?」
「ふむん」
後輩の言葉に前野が呻き声をもらす。
「一連の事件の犯人は、あまりに特徴的な痕跡を残している。マスコミの勇み足で非公表だったナイフの情報も漏れてしまった……」
「それを見て自分の犯行に利用した人間がいると?」
後輩の言葉に前野は神妙な表情を作る。
「いや、当たり前だが、断言はできない。しかし、その可能性は充分あるように思える」
「しかし、なんのメリットがあって模倣犯を?」
「一番あり得そうなのは捜査の攪乱だな。動機から自分の存在を探り当てられないための」
前野が顎を指で擦りながら言う。
「かえって悪目立ちするだけでは?」
後輩刑事の指摘はもっともだ。
単純に殺人事件の証拠を隠したいなら、標的を人目のつかない場所に誘い出してから殺害し、死体は山奥にでも捨てればいい。模倣犯のような回りくどい方法を選び必要はない。しかし、日本の警察は優秀だ。多少の時間稼ぎになっても、最後は足がつくだろう。法治国家では問題解決の手法に殺人を選んでも全く割に合わないのだ。
だが、今回の事件に関しては、警察は後手に回っている。ウイルス禍が捜査に様々な悪影響を及ぼしていたからだ。そのことは、テレビやインターネットのニュースで幾度も取り沙汰されていた。
ブギーマンの都市伝説を模した連続殺人事件は、新型ウイルスの蔓延とほぼ同時に始まった。
前野は、世界中に死が細菌のように撒き散らされるおぞましい錯覚を覚えていた。
姿の見えない殺人鬼とその模倣犯がどこかで自分達のことを嘲笑っている。一瞬、そんな考えが脳裏を掠めた。
前野は頭を振り、妄想じみた思考を打ち消そうとする。
「模倣犯の存在も考慮したうえで捜査を進めていこう」
「分かりました。上には自分から報告します」
「ところで、ナイフの出所は掴めたのか?」
「残念ながら……。三人目まで使われたナイフはホームセンターや通販で買えるありふれた物です。近隣の店舗をまわって確認しましたが、購入者までは分かりませんでした」
「四人目に使われたカッターナイフは?」
「こちらも、書店やホームセンター、百円均一で買えるごく一般的な物ですね。調べていたらキリがありませんよ」
「なるほど……絞殺の凶器は?」
「肌に残った付着物から、麻のヒモであることまでは分かりました。紐は犯人がすべて回収しているので、出所は不明ですね」
「四人目も麻の紐で絞殺されていたんだな?」
「はい。鑑識はそう判断しています。ナイフと違い、こちらは先の事件と同じものが使われています」
「ふむん……。紐の情報はマスコミのリークか?」
「いいえ。こちらは公開情報ですね……」
後輩の言葉に前野が右眉を僅かに跳ね上げる。
「なんというか、この事件は本当に得体がしれませんね……」
「どんな事件でも解決するまではそうさ。捜査の過程でいろいろな
「最後までよく分からない……それは、迷宮入りの話ですか?」
「違う。解決して、なお、分からないことがあるんだ」
「それは一体……?」
「解決を迎えた事件でも、割り切れない過剰な部分が残ったり、そもそも、何が起きていたのか根本的な部分で理解できない事件があるんだ。まるで、犯人が俺達とはまったく違う思考体系を持っているような事件が……」
前野の言葉に大迫が訝しげな表情を作る。
「過去にそんな事件を担当したことが?」
「ああ」
異様な犯行現場、異様な殺害方法、異様な動機……。そういった事件には独特の「色」や「臭い」があった。
前野は今回の都市伝説を巡る連続殺人事件からもそれを感じていた。
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