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 美朱みあかは友人達とカフェに来ていた。先日、宙樹ひろきと一緒に行った店だ。

 高校生の小遣いで頻繁に通える店ではなかったが、友人達との付き合いは大事にしたかった。

 みんなで流行の音楽やファッション、最近観たドラマや動画、読んだ漫画の話で盛りあがる。

 家族の愚痴や、教師の悪口、恋愛相談に花を咲かせる。

 おかしな都市伝説、少女を狙う殺人鬼の噂——少女が一番美しいときに現れてその命を刈り取る不気味なブギーマン男と呼ばれる怪人の話題で黄色い声をあげる。


 新型ウイルスが蔓延し凶悪犯がいつまでも逮捕されず凶行を重ねるような世の中だ。

 みんな、将来に漠然とした不安を感じていたけれど、それをはっきり言葉にすることはなんとなく憚られていた。


 不安を言葉にしてしまった瞬間、何かが決定的に変わってしまう。

 そんなふうに考えてるのかもしれない。


 だから都市伝説や噂話に不安を仮託してどうにか折り合いを付けようとしているのかもしれない。美朱はそう思った。


 楽しい時間ほど瞬く間に過ぎ去る。二時間ほどで場はお開きとなった。

 店の外に出ると昼前から降っていた雨はすっかり止んでいた。



 ※



 美朱が通う学校から少し離れた場所に小さな公園があった。

 学校を早退して町を散策しているときに見つけた公園だ。

 美朱はそこで空嶋からしま宙樹ひろきと出会った。ベンチに座ってカッターナイフをじっと見つめる学ラン姿の少年に。


 少年は非日常の空気を全身に纏っていた。それは本来ならばなくてもいいモノだった。言うなれば世界に生まれた「ズレ」のような存在。


 美朱はそんなモノばかりと縁のある人生を送ってきた。

 高校に入ったらそんなモノ達とはお別れをしようと思った。もう自分は子供じゃない。おかしなモノを見つけてはしゃぐのをやめようと決めていた。

 

 これ以上、保護者代わりである姉に迷惑をかけたくなかった。

 姉の葵はおかしなモノを視てしまう美朱のことを「ユメ」を視る女の子「幻視少女」と呼んだ。

 姉からそう呼ばれるのが嬉しくて、その呼び名が特別なモノのように思えて、幼い美朱はたくさんのユメを視た。


 美朱は自分の視たユメの話を友達にもした。。みんな最初は面白がってくれたけど、いつの間にか怖がられるようになっていた。嘘つきだと言われることが増えた。その度に美朱は姉の葵に泣き付いた。葵は涙を流す美朱を優しく慰めてくれた。両親が美朱を持て余すようになっても葵は美朱の味方だった。美朱は一番の理解者である葵のことが大好きだった。葵も信頼を寄せてくる美朱を深く愛した。姉妹の心は深い場所で強く結ばれていった。

 

 だからこそ美朱はこれ以上姉の負担にならないように「幻視少女」の肩書きを封印した。


 けれど、美朱はあの少年に出逢ってしまった。

 美朱は直感した。彼は「あちら側」の存在だと。自分の瞳が否応なく捉えてしまう夢 現ゆめうつつの存在だと——。


 気が付くと美朱はベンチの少年に声をかけていた。

 少年の怯えるような表情を少し可愛いと感じた。

 そして美朱は空嶋宙樹という存在にのめり込んでいった。


「だめだなぁ、私」


 美朱はひとりごちる。


「これでも少しは我慢したんだけど……」


 しかし非日常の誘惑に美朱は勝てなかった。

 彼女は炎のひかりに誘われ、飛び込んでいく虫だった。


「仕方ないよね。宙樹先輩、面白いし……」


 美朱はあの眼鏡の先輩を思い出して微笑んだ。

 そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。気が付くと足があの公園に向かっていた。

 時間は夕方の六時過ぎ。最近、めっきり陽が高くなった。暗くなるまでまだ猶予がある。 

 

「少し覗いていこうかな」


 それはただの気紛れだった。



 ※



 そこは最低限の遊具しかない小さな公園だ。

 錆の浮いたブランコ、ペンキの剥げかけたシーソー、古びた滑り台と猫の額を思わせる狭い砂場……。


 あとは小さなベンチと水飲み場があるくらいだ。

 何だか不思議な懐かしさを感じる。過去にここと似たような場所で遊んだことがあったのかもしれない。美朱は不思議な既視感デジャヴュを覚えた。


 公園には誰もいない。

 ウイルス感染のリスクと此乃町このちょうで凶行を重ねる殺人者の件で子供の外遊びを危険視する風潮が強まってきたからだ。


 でも。

 逢えるものなら、逢ってみたい。

 あの殺人者に。都市伝説で語られる人殺しの王様に。


 自分以外の誰にも体験できない特権的な出来事。美朱はそれを求めている。

 世界にひとつしかない自分のための物語をずっと求めている。

 そんな甘いユメを彼女は幼い頃からずっと探していた。


 美朱は恍惚とした表情で公園を徘徊する。

 物陰を探す。世界の隙間を覗こうとする。

 どこかにおかしなモノはいないか。

 カッターナイフを見つめる少年や、不気味な男が隠れていないか。


 公園を隈なく探す。探す。探す。

 黒目がちの瞳を輝かせながら探す。探す。探す。

 そして、ついにを見つける。


 は、茂みの中で彼女に見つけられるのをずっと待っていた。

 は、死体だった。若い女の死体だった。

 露出した胸元にナイフを深々と突き刺し、赤い花を咲かせた鮮血の花嫁。


 ああ。

 

 美朱の全身が歓喜で打ち震える。

 幻視少女は視なくてもいいモノをまたその瞳で観測した。

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