2-5

 空嶋からしま宙樹ひろきは絶句していた。

 後輩の買い物があまりにも雑で偏っていたからだ。

 宙樹が言葉を失っている間にも、彼女はショッピングカートのカゴに次から次へと肉類を放り込んでいる。


 鶏のむね肉二枚入りをワンパック。

 鶏の手羽元10本入りをワンパック。

 豚バラ肉薄切り300グラム入りをツーパック。

 豚ロース生姜焼き用400グラム入りをワンパック。

 オージービーフサーロインステーキ4枚入りをワンパック。

 牛モモバラ切り落とし300グラム入りをツーパック。


 さらに牛豚合挽き肉1キロ入り徳用パックを追加しようとしたところで……。


「ステイステイ!! 肉多すぎっ!! まさかの肉食系なのっ!?」


 宙樹が悲痛な声でツッコミを入れた。

 ちなみに美朱の身長は150センチ台後半。体のラインはすらっとしておりあまり肉食の印象はない。


 近くで買い物をしていた年輩の女性が何事かといった表情で挽肉のパックを手にした少女——ほし美朱みあかを見る。


「え、私!?」


 美朱の表情は心外極まりないといったものだった。

 女性は眉をひそめたまま精肉コーナーを離れていく。


「先輩のせいで私が変な人みたく思われたんですけどー」

「実際、だいぶおかしいでしょ」


 買い物カゴの中身を指差しながら宙樹が指摘する。


「え、そうなの?」

「……それ、本気で言ってるんですか?」

「うん」

「いや、いくらなんでも買い物内容が偏りすぎですよね……?」

「お肉沢山食べたら元気でるかなって……」

「ものには限度があるでしょっ!?」

「空嶋先輩、声が大きいから。ボリュームダウン、ボリュームダウン。ほら、店員さんが変な目でこっち見てる」

「まったく誰のせいだと……」


 宙樹が呆れ顔で言った。


「買い物の仕方が無軌道すぎるんですよ。メニューは決めてないんですか?」

「美味しくて元気の出る料理を作ることだけは決めてます!」

「……ようするに何も決めてないんですね?」

「はい!」


 後輩の少女が無駄に元気よく答える。宙樹は頭を抱えた。


「料理のアドバイスが欲しいならせめて何を作るかぐらいは考えておきましょうよ」

「いや、それ込みでアドバイスもらえればなーって」

「嘘っ! おれに丸投げなのっ!?」


 美朱の衝撃的な発言に宙樹が悲鳴じみた声をあげた。


「いやー、面目ない」

「ミリもそう思ってるように見えませんよ」

「えー、先輩性格悪くなーい?」

「おれの性格は普通です! 星さんが自由すぎるだけですよ!」

「いやー、それほどでも」

「ほめてませんから」


 後輩の自由すぎる態度と発言に宙樹は大きく嘆息した。


「確認しますけど家事はお姉さんと分担してるんですよね? 星さんは一体何を担当してるんですか?」

「えーと……ポストに手紙を取りにいくのと、サボテンの水やりと、料理の味見と、近所の猫をなでるのは私の担当」

「本当にありがとうございました! やんわり厄 介 払 い戦力外勧告されてるだけじゃないですか! あと、最後のは家事でもなんでもありません!」

「ちょっと、厄 介 払 い戦力外勧告とか失礼なこと言わないでよ!?」


 美朱が不満げに白い頬を膨らませる。


「事実の指摘でしょ!? どうせ夕食当番の話も星さんが勝手に言ってるだけで本当はそんなもの存在しないんでしょ!」

「うぐっ……!」


 図星かよ。宙樹は心の中でツッコミを入れた。


「だってさ、おねーちゃんをびっくりさせたくて……。絶対に喜んでくれると思うし……」


 その自信の根拠がどこにあるのか宙樹には皆目見当もつかなかったが、あえて言葉にしないでおいた。

 赤の他人である自分には窺い知れない謎の信頼関係が、姉妹の間で築かれてる可能性が微粒子レベルで存在しているからだ。


「星さんは料理の経験があるんですか?」

「あるよ。電子レンジでゆで玉子を作ろうとしたら、おねーちゃんに慌て止められたけど」

「ファインプレイですね、お姉さん。下手したら死人が出るところでした」

「……マジ?」

「激マジ」

「私、料理作らない方がいいのかな……? そういえば家庭科の調理実習でも友達にさりげなく包丁を取り上げられたっけ」


 美朱はすっかりしょげてしまったようだ。

 なんだか可哀想になってきた。


「そんなに落ち込まないでください。お姉さんを喜ばせたいんでしょ?」

「うん」

「カレーはどうですか? 初心者向けだし、流行病の影響で商品が多少品薄でも問題なく作れますよ」


 宙樹が提案した。


「ごめん。今日はカレーの気分じゃないの」

「アンタが!! 食べるわけじゃ!! ないでしょっ!!」

「空嶋先輩がキレた!」

「カレーで!! いいですね!?」

「カレーで!! 大丈夫です!!」


 美朱は勢いよく頭を上下にふる。

 顔面中に青筋を立てた先輩におびえているようだ。


「じゃあ、カゴの中身を戻して必要なものを入れ直しますよ?」

「了解であります、教官殿!」


 誰が教官殿だまったく……。

 宙樹は猛烈な疲れを感じたが期待で顔を輝かせる後輩の姿を見ていると怒る気が失せてしまった。



 ※



 その日の夜。美朱からLINEのメッセージが送られてきた。

 ビデオ通話で料理の指導をして欲しいからと事前に友達登録を頼まれていたのだ。

 料理の方は宙樹の指導と言う名のツッコミの甲斐あってそれなりのモノが完成した。


 そもそも、肉と野菜を切って市販のルーと煮込むだけの料理だ。レシピどおりに作っていれば失敗することはない。美朱が例によって天然ぶりを発揮したおかげで完成まで少し手間取ったぐらいだ。


 美朱の姉は料理をとても喜んでくれたようだった。


『それはよかったですね』


 宙樹はメッセージを返す。

 即座に既読が付き、美朱から返信がきた。


宙樹ひろき先輩、ありがとう!』


 LINEの短い文章とはいえ後輩からの唐突な名前呼びに宙樹はひっくり返りそうになった。


 何だかこそばゆかったが宙樹にはそれが不思議と心地よく感じられた。

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