1-4
まだ幼かった頃の夢だ。
宙樹は大人の女性と手をつないで歩いている。
顔を見上げると女性の首から上の部分がクレヨンで塗りつぶしたようにグチャグチャだ。
つながれた手も氷のように冷たい。
女性はせかせかと興奮した歩調で宙樹のことを引っ張っていく。
子供の歩幅では追いつくことができず、何度も転びそうになる。
その度に女性の舌打ちが聞こえて宙樹は悲しい気持ちになる。
女性は態勢を崩した宙樹を乱暴に引っ張りあげ、先を急ぐように促す。
この人は、ぼくをどこに連れていく気なんだろう……。
不安と恐怖の入りまじった表情で幼い宙樹は考える。
そう言えば、この女の人はだれだっけ……?
そんな疑問が泡のように浮かんできた。
きfpUr@く5あ8fg7g.グ@l;にょHaガガs;99/タ!!!
女の人が何か叫んでいる。
宙樹にはその内容を聞き取ることができない。
けれど、声の調子から女の人が怒っている事と、彼女が怒っている理由が自分にある事は理解できた。
jsあku56アタ/[ククククgu657あッッk1!?!?
女の人が何を言っているのか分からない。
それでも、彼女が徐々に正気を失っているのは分かる。
恐怖で宙樹の足がすくむ。うまく歩くことができなくなる。
また舌打ちが聞こえた。女の人の怒りが高まっていくのを感じる。
心も体も冷え込ませる冷たい手を、今すぐふり払って逃げ出したいのに、体が思うように動かない。
女の人は立ちすくむ宙樹を無理矢理引っ張っていこうとする。
宙樹はその場にうずくまって抵抗する。
ur,vjigtp@985aあgaク/!!!!!
女の人は突然金切り声をあげると、宙樹のことを蹴りつけた。
まるで、サッカーボールをドリフトをするみたいに、何度も、何度も、執拗に蹴りつける。
痛い! 痛い!! 痛い!!!
宙樹はまるで道端に転がった石のように丸くなって、自分の身を守ろうとする。
やめて! 痛い!! もう蹴らないで!!! 死んじゃうよぉ!!!!
宙樹の懇願が怒りに油を注いだのか、女性の暴力はさらにエスカレートする。
丸くなった宙樹の背中を嵐のように激しく蹴り続けると、それにも飽きたのか、虫でも潰すかのように、勢いよく、無造作に、足の裏で踏みつけた。
ぐげぇぇぇぇぇ!!!
宙樹が潰された蛙のような奇声をあげた。
それが面白かったのか、女性はケラケラと笑いながら、宙樹の背中を繰り返し、繰り返し、乱暴に踏みつける。
ぐげっ! ぐげぇぇぇっっっ!! やめて!! やめて!!! やめてよっ!!!!
女性は完全におかしくなってしまったのか、ゲラゲラと大声で笑いながら、宙樹を幾度も、幾度も、容赦なく踏みつけ、蹴りまわし、暴力をふるい続けた。
ああああああ!!! どうして、どうして、こんなひどいことをするの!? もう、やめてよ
この瞬間、宙樹はすべてを思い出した。
自分に凄惨な暴力をふるい続けるこの女性が、もう十年以上前に死んだ自分の母親であることを。
この夢が、幼い頃に自分が受けた陰惨な虐待の記憶であることを。
だれかたすけて……。
幼い宙樹は、だれにともなく祈る。
このままじゃぼくはお母さんに殺されます……。
幼い宙樹は、だれにともなく訴える。
おとうさんはたよりになりません……。
幼い宙樹は、優しいだけで母親の暴力に立ち向かう勇気を持たない父親の顔を思い浮かべる。
だれか殺して……。
幼い宙樹は、誰にともなく願う。
だれか、おかあさんを殺してっ!!
幼い宙樹は、自分の母親に対する殺意を自覚する。
母親が去年の誕生日にケーキを焼いてくれたことを、それが涙が出るほど嬉しかったことを、宙樹は今でも憶えている。
心の落ち着いているときには自分を優しく抱きしめてくれたことを、花のようにやわらかな笑顔を向けてくれたことを、泣きながらもう殴らないと何度も約束してくれたことを、その事が悲しくなるほど嬉しかったことを、今でもはっきりと憶えている。
なのに、今、宙樹は母親に明確な殺意を抱いている。
そのことが気持ち悪くなるほど嫌なのに、彼の殺意は堰を切って溢れ出す濁流のように抑えがきかなくなっていた。
だれでもいいから、ぼくの大っ嫌いで大好きなおかあさんを殺してください……!
幼い宙樹は思い出す。あの、都市伝説を。
父親がスマートホンを片手に布団の中で話してくれた、不気味な男の物語を。
ブギマーン、ブギーマン、ブギーマン……。
心の中でその名前を呼ぶ。
ブギーマン、ブギーマン、ブギーマン……。
何度も繰り返し、あの殺人鬼の名前を呼ぶ。
ぼくをたすけて……ブギーマン!!!
幼い宙樹は力の限り名前を叫ぶ。人殺しの王様の名前を。
夢の中で、あの忌まわしい存在の名前を、声が涸れるまで繰り返し叫び続ける――。
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