1-2
「こんな場所でお弁当ですか? 寂しい青春ですね」
昼休みの屋上。
空気少年らしくぼっちメシを堪能していた
「ぐほっ!?」
思わぬ闖入者に咀嚼中の弁当を勢いよく噴く。
「うわっ! きたなっ!」
「いや、あなたがいきなり声をかけてくるからですよ!?」
「美朱です。星美朱」
宙樹はそう言いながら自分の撒き散らした米粒をポケットティッシュで丁寧に拾い集める。
数日前に公園で出会った後輩の少女——美朱がその様子を興味深げに見つめていた。
「
「別に普通ですよ……」
宙樹の言葉に美朱は「ふーん」とつぶやくと、少し離れたところにハンカチを敷き腰をおろした。
「そういえば、空嶋先輩ってマスクつけない派の人なんですか?」
「普段はつけてますよ。一人でいるときは外していることが多いだけで」
「えー、ちゃんとマスクしないと例のウイルスに感染しちゃいますよー」
「手洗いとうがいは今でもしっかりやってるし、ワクチンだって何回も打ってますよ。そこまで神経質になる必要ないでしょ。そういう星さんこそマスクつけない派なんですか?」
「同調圧力に屈するのが嫌なだけでーす!」
後輩は雪のように白い頬をぷっくりと膨らませる。
「しっかりマスクをしないと感染するのでは……?」
「うーん、魂が死ぬよりはマシかな」
何を言ってやがるんですか、この後輩は。
宙樹は心の中でツッコミを入れる。
「私も一緒にお弁当食べてもいいですか?」
宙樹の返事を待たずに美朱は花柄のランチクロスに包まれていた弁当箱を開ける。
いかにも女子が好みそうな小さな二段重ねの弁当箱だった。
ちなみに宙樹の弁当箱は古式ゆかしいアルミニウム製のドカベンだ。
「家庭の事情」で中身を準備するのは彼の仕事だった。
「おねーちゃんの作る甘い玉子焼き、好きなんだよなー」
美朱は顔を綻ばせながら箸でつまんだ玉子焼きを口に運ぶ。
「……お姉さん、いるんですか?」
「ふご、ふごごごご!」
「口に物を入れた状態で喋らないで下さい!」
美朱は、ごくり、と玉子焼きを飲み込むと。
「おねーちゃん、いるよ!」
笑顔で答える。
その表情から姉妹仲が良好なのは容易に理解できた。
「……そうですか」
宙樹はほんの少しだけ自分の心の柔らかい部分が痛むのを感じた。
針の尖端で軽く突かれるようなチクリとした一瞬の傷み……。
「空嶋先輩、どうかしたの?」
気が付くと美朱の顔が目の前にあった。
「ぬおおおっ!?」
宙樹は奇声を発しながらのけぞる。
「あははは、面白いー」
「顔! 顔が近すぎますっ!!」
「先輩、ほっぺたが真っ赤ですよ。リンゴみたいで可愛い!」
「男に向かって可愛いとか言わないでください!」
「保守的だなー」
美朱は大きな黒い瞳で真っ直ぐに宙樹の目を見つめる。
宙樹はこのままブラックホールのような瞳に飲み込まれるのではないかと、不安になる。
鼓動が早まるのを感じる。
体温もグングン上がっていく。
頬の紅潮がおさまらない。
「ほ、本当に恥ずかしいからもう勘弁してください……」
宙樹はうつむき、膝を抱えながら懇願する。
美朱はニコニコしながら宙樹の頭を指でつつく。
「先輩、お弁当食べちゃおう。昼休みが終わっちゃうよ」
「うう、まったく誰のせいだと……」
宙樹はモソモソと昼食を再開する。
「それにしても、寂しい場所だよね。ここ」
美朱が屋上を見回しながら言う。
ふたりの通う
去年の秋頃まではそれなりの賑わいを見せていたのだが、ある事件をきっかけにほとんどの生徒が寄り付かなくなった。
『屋上にヤツが現れた』
どこかの誰かがそう言った。
『都亜留高校の屋上に
いつの間にか、そんな噂がリアルとネットの双方で流れるようになっていた。
『ブギーマンが都亜留の女子生徒を狙っているらしい』
『ブギーマンは都亜留の屋上を拠点にして獲物を品定めしているらしい』
『もうじき、
噂は徐々にエスカレートしていった。
生徒たちは気味悪がって、噂の発端になった屋上に寄り付かなくなった。
学校側はそんな馬鹿げた噂話を真に受けるワケにはいかず、利用する生徒のいなくなった屋上を毎日昼休みと放課後に解放している。
去年の冬から今年の春先にかけて、実際に三人の女性が殺害される事件が起きた後もそれは変わらなかった。
宙樹は誰もいなくなった屋上でぼっちメシを堪能するようになったのだが、それも美朱の乱入で台無しになった。
「というか、星さんは何でわざわざこんな場所にきたんですか? アイツの噂を知らないワケじゃないでしょ?」
宙樹の疑問に美朱は少し考えるような表情を見せる。
「うーん、何ていうのかな……
美朱の言葉に宙樹はどう返せばいいのか分からない。
黴臭い風が吹き、後輩のショートボブを揺らした。
「細かいことはどうでもいいでしょ。こうやって、また先輩にも会えたし。前にも言ったよね? 長い付き合いになるって!」
屈託のない笑顔を浮かべる後輩が宙樹には酷く眩しく見えた。
そのとき――。
『おい、もしかするとこいつはおれたちと同類かもしれないぞ』
頭の中で黒板を爪で引っ掻くような不快な声が響いた。
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