第10話 手配書は綺羅星の如く

勘弁かんべんしてくれ……。敵といい宇宙人といい、アンタらは戦争でもしてるのか?」

「当たらずとも遠からずってやつね。少なくとも、仲良くはしていないかな」


 会長はかみを払って優雅ゆうが微笑ほほんだ。春山も隣でこくこくと獅子舞ししまいのように顔をうなずかせている。


 思い返せば、昼休みに春山もそんなことを言っていた。確か宇宙人の侵略しんりゃくがどうとかって。電波な女だと思っていたが、くそっ、あれは事実だったってことか。もちろん、会長たちが嘘をいている可能性はまだあるが、しかし楽観するわけにはいかない。


 もしも今までの話が本当だったら目も当てられないからな。


「……俺が命を狙われるってのはもう確定なのか?」

「残念だけどね」

「そうか……」


 絶望的な状況である。一体いつから俺の住む世界はこんなにもハードになってしまったのだろうか。ま、なげいたところで何かが変わるわけでもないが。結局、何かを打開だかいするためには考え続けるしかないのだ。考えろ、俺。まだやれることはあるはずだ。


「そのXエックス……宇宙人ってのは知性があるんだろ? だから例えば、俺は巻き込まれた一般人だってソイツらに通達つうたつするくらいはできるんじゃないのか?」

「可能ではあるよ。でも、それも難しいかなァ」


 俺の意見に、しかし会長はしぶい表情を浮かべる。それからごそごそと机の上をあさって一枚の紙を取り出し、俺の前に差し出してきた。


「ほら、見て」

「なんだよ、コレ」

「いいから見てみなさい。それでわかるから」


 見ると、どうやら写真のようで、うつっているのは男だった。女の子に抱きつかれているらしく、だらしなく鼻を伸ばしている。どっかで見た顔だなと思った。というか俺だった。


「えっ……」


 写真の下にはDead or Aliveデッド・オア・アライブの文字と共に数字がしるしてある。懸賞金けんしょうきんのようだ。一、一〇、一〇〇、一〇〇〇、万、一〇万、一〇〇万——一五〇万五〇〇〇円!


「な、なな――」

「おめでとう。ついさっき太陽系中に出回っていることが確認されたんだ。くふふ、浅嶺くん、キミなかなかいい顔をしてるよ。額縁がくぶちに入れてかざっておきたいくらいだね」


 あんぐりとながめるしかなかった。会長も会長で数秒前までまとっていた神妙しんみょうな雰囲気はどこへやら、元通りのいたずらな笑みを浮かべて俺たちをからかってくる。


「いやァ、それにしても紅葉も大胆だいたんになったわね♪ 男の子にこんなふうに抱きつくだなんて♪ お姉ちゃん嬉しいよ♪」

「……うぅ、やめて真昼。恥ずかしい」


 標的ひょうてきにされた春山は顔を真っ赤にしてうつむいていた。ははっ、無理もない。会長の言うところによれば、男に抱きついている写真が太陽系中に出回ってるらしいからな。俺だったら三日三晩は枕を濡らしているぜ。あっはっはっ……あはは……はぁ……。


 俺の日常の崩壊ほうかいがとどまるところを知らない。非常識はついに宇宙へと飛び出していったらしい。世界デビューを通り越して宇宙デビューである。これはもはやサインを考えておかなければならないな。どうせならカッコいい奴にしたい。ふむ、やっぱローマ字をベースにした方が良いのかな?


 ……はぁ、何もかもがおかしい。なぜ宇宙人がそんなアメリカ西部開拓時代せいぶかいたくじだいにあったような手配書を発行しているのか。なぜ懸賞金の単位が円なのか。そもそもなぜ俺が手配されているのか。というかこんな写真、一体いつったんだぁッ!


 怒りと混乱にふるえる俺に、けれど金髪きんぱつロリィデビルは飄々ひょうひょうと言った。


「なぜだか知らないけど、西部劇が彼らの最近のブームみたいなのよねー。腰に拳銃をたずさえてたり、テンガロンハットをかぶったりしてるのよ」

「……被ったりして、ます」


 ダメだ。もうツッコミきれねえ……なんで今から侵略しようとする惑星の文化――しかも過去の!――に影響されるだよ。なんて宇宙人だ。なあ、ほんとに俺、そいつらに命狙われているのか? 遊んでるようにしか思えねえんだけど。


「ま、それがホントに太陽系中に発行されているって証明する手立てはないし、結局信じるか信じないかは浅嶺くん次第、なんだけどね……♪」

「……先輩しだい、です」


 会長は白衣に手を突っ込みニヒルを気取る。場所が場所だけにみょうさまになっていた。が、その言い方が良くない。たとえ本当のことであっても嘘臭く思える魔法の言葉だ。ってか絶対わざと言ってるだろ、この人。さっきから揶揄からかわれている気しかしないぞ。


「ん、とまあ冗談はさておき――」

「……さておき」


 さすがに事態の重さを考え直してくれたのか、会長は咳払せきばらいをひとつしてえりただした。どうも重要な話をしたいらしく、これまでとは打って変わって真面目な表情を浮かべて俺を見ている。


 真面目な会長はどこかうれいげで、まるで深窓しんそう令嬢れいじょうのような雰囲気だった。一体どこからが冗談だったんだ、とかそんな軽々かるがるしいセリフをこうものなら即座に泣き出してしまいそうで。


 自然と俺は口をつぐんでしまう。


 俺がそんな親にしかられたぬしを見る犬のような気持ちで会長が口を開くのを待っていると、突然会長は頭を下げて、


「――ごめんなさい浅嶺くん」と本当に申し訳なさそうな声で言った。「一度情報が流れてしまった以上、キミがアタシたちと無関係だって主張するのは本当に難しいの。だからごめん」

「ちょ、ちょっと……!」


 意外な展開に俺は慌てる。


「や、やめてくれよ。手配書のことなら俺はべつに気にしてないって。そもそもそれは宇宙人の仕業なんだろ? どうして会長が謝るんだよ」

「手配書のことだけじゃない。アタシたちの不注意でキミを危険に巻き込んでしまった。本当にごめん」


 頭を下げ続ける会長。隣でおなじように春山も頭を下げていた。


「……ごめんなさい」

「春山まで……」


 そんなふたりの姿を見て俺はため息を吐く。ああ、どうやら俺はお人好ひとよしのきらいがあるらしい。命を狙われるなんてことになったっていうのに、会長たちのことを本気で怒る気なんて更々さらさらないことに気づいてしまったのだから。


 いや、そもそもまだ実感がいていないのかもしれない。言葉では理解できていても、現実リアルとして受け入れられていないから、俺はこんなにもフラットな気持ちでいるのかもしれない。


 だからもしかするとそれは、このあと家に帰ってご飯を食べ、風呂に入り布団に寝転んで、ようやく実感するモノなのかもしれなくて。その時になって初めて恐怖に震えたり、理不尽な事態に対する怒りが芽生えたりするのかもしれない。


 でも、だとしても俺はたぶん、会長たちを責めることはないと思うんだ。


 だって、そもそも俺だって望んでいたんじゃないか。めくるめく非日常ってやつを。退屈だと思っていた日常に刺激が欲しくて、だからこそ俺は春山に声を掛けたんだし、今だって、こうして会長との掛け合いを心の底じゃあ楽しんでいる気がするんだ。


 だからこうなったのも会長たちのせいじゃなくて。


 ただ俺が望んだから。俺が望んだ結果に過ぎなくて、俺が責任を持つべきモノなんだ。


 だから俺は言った。いまだ頭を下げ続けている少女たちに向かって。


「……頭を上げてくれ、ふたりとも。俺はべつに気にしちゃいない。それよりも、女の子ふたりに頭を下げられるなんて状況の方がよっぽど落ち着かねえよ」


 俺の言葉に、ふたりは恐る恐るといった様子で顔を上げて、


「許してくれるの?」

「……の?」

「許すもなにも、起きてしまったことは仕方ない。大切なのはこれから気をつけること、だろ?」


 あ……、と会長はほうけた顔をする。あの会長にそんな顔をさせたのがなんだか気恥きはずかしくて、俺は指で頬をかきながら言葉を続ける。


「そ、それに会長は言ったじゃないか。俺をここに連れてきたのは守るためだって。だから、なんていうかその……たとえこれから先、俺が危険に晒されるんだとしても、守って、くれるんだろ?」


 たどたどしくつむいだのは、女の子に言うセリフではない。情けなくて、天城なんかに聞かれたら、きっと滅茶苦茶めちゃくちゃにいじられる。


 でもいいだろ、べつにさ。それで彼女たちが笑顔になれるんなら、それはきっと必要なセリフで、ほら、だから彼女たちもあんなふうにまた笑っているんだ。


「くっくっくっ、キミ最高だよ♪ 本当に気に入ったかも♪」

「……先輩はわたしが守り、ます」


 会長は不敵に笑って、春山は両手をにぎりしめて気合を入れる仕草しぐさをする。


「——よし、じゃあこの話はもう終わり。過去の終わった話じゃなくて、未来これからの話をしよう」


 そんな少女たちの姿を見ながら、やっぱり非日常ってやつもそんなに悪くないのかもなと俺は思っていた。


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