第11話 木下弁慶との邂逅

 しかしそんな俺の気の迷いも長くは続かなかった。


 どうやら俺はまだ非日常の本気をめていたらしい。それはまるでヒトに懐柔かいじゅうされた家畜かちくをあざ笑うカラスのように、俺にむかって怒涛どとうごとおそいかかってきた。


「それじゃあ浅嶺あさみねくん。あらためて、ここまでで何かきたいことはある?」

「……あります、か?」


 ラボに来て、どれくらいの時間が経っただろうか。そろそろ学校も終わる時間のはずだが、まだまだ俺の疑問はきないし、会長たちの秘密も晴れる気配がない。


 たたけばホコリどころか小槌こづちそのものが出てくる気分だ。価値を知る者が見ればとみむという意味で。むろん価値を認めたくない俺からすればタチの悪いゴミでしかない。


 それでも疑問はないかと戯言ざれごとを言ってくる会長たちに俺は告げた。


「ああ、訊きたいことは山ほどあるが……まずはそろそろ教えてくれよ。――そもそも、アンタたちは一体何者なんだ?」


 俺はなんだかんだこの場に残り続けている春山を見る。会長も会長でよく考えなくてもおかしいが、春山の異常性はもはやそんな次元じげんの話ではない。


 空を飛べるなんていうのはとても人間にできることじゃない。じつはアレが会長の発明によるものだったとかでもない限り、少なくとも、春山紅葉は人類のわくからはずれた存在ってことになる。


大体だいたいおかしいんだ。春山も会長も、こんな秘密基地めいた場所も何もかもが普通じゃない。いい加減本当のことを教えてくれよ」

「……真昼」

「わかってる。どっちにしろ、彼に隠す意味はもうないしね」


 不安げに白衣はくいそでつかむ春山に会長はうなずきでこたえ、それから俺にむかって不敵ふてきに微笑んだ。


「そうだね。アタシたちの正体について、キミにもわかるように言うなれば、——超能力者ちょうのうりょくしゃってところかな」

「……は?」


 会長たちの謝罪によって非日常を受け入れる覚悟を決めた訳だったが、また新たな用語の登場に俺はさすがに辟易へきえきする。


「超能力者って……アンタそれ本気で言ってんのか?」

「本気も本気、大真面目おおまじめだよ。アタシたちは超能力者で、ここはアタシたちたちが集まる結社けっしゃ総本山そうほんざん、ってところかな」


 さきの説明で会長は自分たちのことをなんらかの組織に所属している仲間だとは言っていたが、まさか超能力者たちの結社とはな。


 はは、宇宙人ときて、次は超能力者か。どうやら本当に俺の世界は常識をなくしてしまったらしい。あるいは気付かないうちに世界線せかいせんえてしまったのだろうか。となると昨夜ゆうべ見たアニメが怪しいな。アレを見なければ俺は屋上おくじょうに行こうとも思わなかったのだから。


 しかし世界線を越えようが、ほおをつねって痛みがやってくる以上、今いるこの世界こそが俺にとっての現実であることは間違いない。


 たとえ認めがたい現実だとしても、考えることを放棄すればいずれまれるだけである。


 俺はかわいた声で言った。


「はは、常識で考えろよ。超能力者なんて実在するわけないだろ」


 前言ぜんげんをすっぱりと撤回てっかいし、日常をおびやかす存在とあらがうことを決めた俺に、しかし会長は呆れたふうにため息をついた。


「……あのね、キミ馬鹿なの? 常識ってのはおおっぴらにされたモノのことでしょ。アタシたち自身がその存在を隠してるっていうのに、常識で考えられるわけないでしょうが」

「うっ……」

「というかキミ、ついさっきあんなことがあったっていうのによく疑えるね。寝ぼけてるのか、記憶から消しているのか、あるいは本当に忘れているのか……まあいいか、どっちでも。……あーあ、なんか見直して損した気分ね。結局キミはかたまった現実にしばられてるみたいだからさァ」


 会長は心底しんそこガッカリしたというふうに首を振る。しかし俺はひるむことなく、困難な事態にこそ気丈きじょうであるべきだという信念を持って虚勢きょせいいた。


「……悪いな、俺はどちらかと言うとリアリストなんだ。実際に見るまでは信じないし、実際に降りかかったとしてもまずは夢だと考える。俺を納得させたいんならタイムマシンでも持ってくるんだな、ヘッ」

「……真昼。先輩、またなんだか目がイっちゃってるよ?」

「うーん。まァ、浅嶺くんの目を一発で覚ます方法はあるけど、そうねぇ……とりあえずはまた——」

「——ういっす、帰ったぜェ」


 意見が平行線へいこうせん辿たどるなか、突然ラボに野太のぶとい声が響き渡った。見ると、俺たちが最初に入ってきた扉の前に大きな男が立っている。すわりかと身構みがまえるが、会長たちが騒ぎ立てないところを見ると不審者ふしんしゃではないようだ。


 しかしデカい。一九〇センチはあるんじゃないか? そのデカさから会長たちの保護者かと思ったが、違うようだ。よく見ると結構おさない顔立ちをしている。学生服らしきモノを着ていることから学生――特殊な趣味の持ち主でもない限り――だとは思うが、Yシャツの前をはだなTシャツを下に着ているのはいかにも背伸びしてますって感じだ。


 もしかすると俺より年下なんじゃないだろうか。中学生っぽいイタさを感じる。


 だがそんなことは大男おおおとこ外見がいけんあらわす上では些細ささいなことだった。特質すべきはあの頭についてるやつだ。ぞくに言うケモノ耳が普通の耳とは別に頭からえている。ピンッとそばだっていることから猫ではなく犬のモノのようであるが、もしかするときつねのモノなのかもしれない。……いや、何言ってるのかわからんと思うが、安心してくれ、俺もわからん。とにかく大男の頭にはソレが付いているのだ。


「おかえり。早かったわね」

「……おかえり」


 むかえる会長たちに大男はサッパリとした声で応えた。


「おう、ランニングがてらな。真昼たちこそ早かったんだな――」


 と、そこで大男は俺を見る。ラボにまぎれる異分子いぶんしに気がついたようだ。


「あァん? 誰だァこいつ?」


 どうやら見かけ通りの粗暴そぼうな性格らしい。初対面しょたいめんでここまでのメンチきかせてくる奴を俺は初めて見た。


「彼は浅嶺賢治あさみね けんじくん。アタシたちの高校の後輩で紅葉の先輩。あと、ウチの新メンバー」


 会長はまず大男に俺の紹介をし、それから俺を見て、


「で、こっちのいかつい子は木下弁慶きのした べんけい梁茂倉はりもくら高校の一年生で、見た通り、おおかみ獣人じゅうじんだよ」


 ふむ、アレは狼のモノだったのか。なるほど、言われてみると凛々りりしい感じがするな。それにやはり年下のようだ。そう思うと粗暴な態度も可愛く見えてくる。


 ……。


 ……いや、なに当たり前の様な顔をして、狼の獣人だよ、って言ってんだ。知らねえよ、そんな種族しゅぞくが実在してるなんてのは初耳はつみみだよ! 大概たいがいにしろよ、お前ら! 一体どれだけ俺の常識を破壊していくつもりなんだよッ!


 って待てよ、ベンケイ? 名前に何か引っ掛かるものがあった。ベンケイ、どこかで最近聞いた気がする。


「ちょ、待てよ真昼! 何だよ新メンバーって、オレはンなこと一言ひとことも聞いて――」


 あ、思い出した。


「——ああ、弁慶のよわむしって……」

「ああ?」


 とたんギラリとしたひとみ射抜いぬかれる。


「テメエ、喧嘩けんか売ってんのかァ! 上等じょうとうだァおもて出ろやァァ!!」


 心の中だけのつもりだったが、つい口がすべってしまったらしい。言った瞬間に弁慶とやらからギロリとしたへびのような視線が向けられ、むなぐらを掴み上げられる。く、苦しい……着火剤かよ、コイツ……!


「お、落ち着けって。悪気わるぎはなかったんだ。ここに入るときに春山の言ってた合言葉がそんなんだったからつい口に出ただけでッ!」


 胸ぐらを掴み上げられたまま慌てて弁明べんめいする。このままボコられるかもしれないと覚悟したが、さいわいにも怒りをおさめてくれたらしい。


 乱暴に振り払われた俺がき込むかたわら、横目で春山が木下に近づいていくのが見えた。


「……先輩に乱暴はやめて」

「ちッ、くそ、お前まだあンなコード使ってんのかよ。いい加減変えろよ」

「……変えない。事実だから仕方ない」


 春山に向かって木下が言うが、春山も応戦おうせんするように言葉を返す。恐れはないのかと思うが、そこは気心が知れた仲と言うわけか。春山は意外なほどの力強さを見せていた。


「紅葉、テメエ……」

「……いいから、先輩に謝って」

「チッ、知るかよ。なんで俺が謝らなきゃいけねえんだ。そもそもお前があんなコードを使ってンのがワリィんだろ」


 もっともなセリフだ。しかし春山はどこか得意げな表情で、


「……だって弁慶は泣き虫。すぐ泣く」

「む、昔の話だろッ! 今はもうンなこねえ! オレは強くなったんだッ!」

「……でもわたしより弱い」

「弱くねえッ! オレはもうお前にだって負けない!」

「……この前のこと、もう忘れたの?」

「ぐッ……アレはだって、お前が……」

「……言い訳は男らしくない」

「このッ……」


 ふむ、どうやら春山に軍配ぐんぱいがあがったらしい。木下はこぶしを振り上げ、しかし振り下ろすわけにもいかずプルプルと震えている。その姿はまるで生まれたばかりの子犬のようだった。


「チッ——五年だッ! あと五年で追い抜いてやるからな! 覚悟しとけ!」

「……うん。でもそれ、五年前にも言ってた」


 典型的てんけいてきてゼリフを吐き奥へと行こうとする木下を、しかし会長が服のすそを引っ張って止める。というか春山のやつ、あんなに饒舌じょうぜつにもなるんだな。そんで意外とあおり属性が高いな。見ろよ、アイツちょっと泣きそうだぜ?


「まぁ待ちなさい、弁慶。ちょうどよかったわ。ちょっとアタシに協力して行きなさい」

「……ああ? んだよ、オレは忙しんだ」

「どうせ筋トレするだけなんでしょ? いいからお姉ちゃんを手伝いなさい」

「あーくそッわぁったよ! チッ、めんどくせえなァ」


 口ではそう言いながらもなんだかんだ協力するアイツは良いやつなのだろう。それともたんに会長に頭が上がらないだけだろうか。そんな気がする。お姉ちゃんとか言ってたし。俺には妹しかいないから分からないが、世の中の姉なる存在は弟を召使めしつかいのようにあつかうと聞く。アイツもあれで苦労しているのだろう。


「はい、コレ持って。で、あっちに立ってて」

「なんなんだよ、たくぅ」


 会長はなにやら木下に手渡し、部屋のはしに立つように命じた。ここから見る限り、どうやら木下に渡されたのはコップのようだった。


「よし、それじゃあ弁慶! 今からアタシの力を使うから構えてなさい!」

「お、おい真昼ッ、ホントに大丈夫なんだろうな!?」

「大丈夫だってば! お姉ちゃんを信じなさい!」


 配置についた木下に会長はそう言って、それから俺に向かってウインクをしてくる。


「いい、浅嶺くん? これから超能力の実演じつえんをするから、その節穴ふしあなだらけの目ん玉かっぽじってよぉーく見てなさいよ♪」


 そして会長は左手を前に突き出して、

 

「——アポート!」


 ととなえた。同時に、木下の手にあったコップがするすると会長の手へと移動する。


「……ふぅ、どう? 凄いでしょ?」


 コップを見せつけてくる会長に、俺はこまり顔を意識して言った。


「いやどうって言われても……ただの手品だろ? ワイヤーかなんかを仕込んでたんだろ?」

「もうッ、アンタの目はどこまで腐ってんのよ!? 信じらんない!」

「いやだって……」

「そんなに疑うんなら、ほら、調べて見なさいよ!」


 ふくれっつらを浮かべて抗議する会長はまるでハムスターだ。


 だが確かにコップには何の仕掛けも見当たらなかった。


「ね、凄いでしょ? コレがアタシの超能力——念力テレキネスよ♪」


 えっへんと得意げに胸を張る会長はまるでハトだ。


 まぁ凄いと言えばスゴイ。だが正直に言えば、いまいち地味だと思う。


〝十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない〟とはさる高名なSF作家アーサー・C・クラークの言葉だが、的をた納得できる格言かくげんだ。


 俺からすればあのテントウ虫のデバイスといった会長の技術のほうがよっぽど魔法と呼ぶにふさわしいと思う。


 俺に納得させたいのであれば、例えば春山のような……いやダメだ、それは考えてはいけない。俺はそれを忘れたという設定なんだから。


「とにかく、俺は信じないぞ。何が超能力だ。何がテレキネスだ。大方、俺をだまして楽しんでるんだろ? へッ残念だったなァ、俺は常識の中で生きてるんだ。誰が自称超能力者の言葉を信じるかってんだ」

「このっ、人が下手したてに出ていれば調子に乗ってェ……もういい! 弁慶!」


 会長はそう言うと、ガサガサと机をあさり何かの袋を取り出した。そしてその中身を木下に向かって放り投げる。


「あん? んだよ、これ?」

「……クルミ?」


 木下が受け取ったモノを見て春山が呟く。ふむ、確かにからがついたクルミのようだった。


「さあ彼に見せてやりなさい、弁慶! アンタの力を!」

「……オレを巻き込むなよ」


 コリコリと片手でもてあんでいた木下にむかって会長は親指で首を切るポーズをし、それから親指を下へ向けて、


「――やっちゃえ、弁慶バー◯ーカー


 子どものようなセリフを口にする。


「……はァ、しかたねえなァ……」


 やれやれとばかりにため息を吐いた木下は、ちらりと俺を見て、そのまま拳を握りしめる。


 クルミは粉々こなごなくだった。拳の隙間からつぶされた殻がパラパラとこぼれて落ちていく。


「フッ、見た? これこそ彼が獣人たる証明よ♪」


 わーすごいパワーですねー。


「ふんッ、今更いまさら謝ったって遅いわよ? アタシたちが本気になればアンタなんてこのクルミとおなじなんだからねッ」


 腕を組みドヤ顔を浮かべる会長はまるでバカだ。バカと天才は紙一重かみひとえとはよく言うが、なるほど、アレは事実ということか。


 しかし会長、性格がどんどん崩壊ほうかいしていっているが、こっちがなのか? あるいは意地になって幼児退行ようじたいこうを起こしているのだろうか。出迎えてくれたときのマッドサイエンティスト感は見る影もない。


 いずれにしろ、俺に非日常を認めさせるには致命的な何かが足りない。


 俺は無意識に、ついつい春山の姿を目で探してしまう。


「……おいしい」


 春山は木下が律儀りちぎにもさらへと移したクルミを口にしていた。俺が見ていることに気がついたのだろう、春山は首をかたむけて、


「……先輩も食べます、か?」

「……ああ、せっかくだからもらうよ」


 久しぶりに食べたクルミは結構美味しかった。

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