第14話 小さな、けれど偉大な一歩 (第2章 完)
『――とりあえず、きょうのところはもう帰ってくれて構わないわ』
そんな会長からの有り難い言葉で、ようやく開放されることになった俺は
このままラボに
しかしもちろんこのまま
『詳しいことはまた明日学校でね♪ 逃げたら承知しないから♪』
ラボを出た俺はまず新鮮な空気を
外はすっかり日が
帰りも春山が俺を運んでくれるとのことだったが、
しかしそれではアタシたちの
ゆえにいま俺は春山とふたりで歩いていた。だが特に会話らしい会話はなく、俺は夕焼け空をぼんやりと見つめながら足を動かし続ける。
……しかし俺、この空を飛んだんだよなぁ。
子どもの頃の夢がひとつ
俺は
考えてみると、俺はきょう初めてコイツに出会ったわけだ。なにも知らないんだよな。性格も、好きな物も、なにも。
いや、ひとつだけあったか。
「ははっ」
「……先輩?」
「いや、悪い。なんでもない」
不思議そうに首をこてりと
「そういやさァ。さっきのこと、ほんとにゴメンな」
「……さっき?」
小首を傾げ続ける春山に、俺はバツが悪い思いを
「ああ、俺さっきお前にひどいこと言っただろ?」
「……ひどいこと、ですか?」
「ほら、もし超能力者がいたとしたらさ、そいつは悪魔とかなんとかって」
「……あ」
思い
「……大丈夫。ホントにもう気にしてない、です」
「……そうか、ありがとな」
俺は春山の優しさに感謝し、もう絶対に不用意な言葉は口にしないと決意する。
だけどそのために、俺はひとつの重大な確認をしなければいけなかった。
「なぁ、春山」
俺は春山の目を見つめて
「――本当に、お前は
「……はい。わたしは超能力者、です」
春山はまっすぐに
「そっか」
なら、俺からはもう何も言うまい。この世界は広い。俺の知らないことなんていくらでもあるのだ。
どんなに
そして俺にとって、今日の出来事がそうだったと言うだけの話だ。
――
「……先輩」
と、そんな俺の耳に
「ん、呼んだか?」
「……はい、呼びました」
「どうしたんだ?」
しかし春山は答えず、
「……先輩は」
すると春山はかすれるような声で、意外なことを訊いてきた。
「……先輩は学校、好きですか?」
「学校? まぁ、好きか嫌いで言えば、わりと好きだな」
「……どうして、ですか?」
「どうしてって、そうだなぁ。ま、友達とくだらない話をしたり、ほどほどに
「……そう、ですか」
春山は俺から視線を外し、地面へと落とした。そのまま何かを
「春山は――」
そんな春山に訊くべきなのかどうか迷ったが、結局訊くことにした。
「――春山は嫌いなのか、学校?」
「……いいえ、好きです」
意外だった。話の流れからはいと答えるかと思ったから。
「……でもやっぱり」と、しかしすぐに春山はうつむき加減で、「……本当はまだわからない、です」
「わからない、か。……なにか嫌なことでもあったのか?」
だけど春山は首を横に振る。
「ならどうして?」
「……わからない」
原因がわからないのかと思ったが、どうやら違うようだった。春山は言葉を続ける。
「……どうしたらいいのか、わからないんです」
そしてぽつりと、
「……学校行くの、初めてだから」
「初めてって、そりゃ一体どういうことだよ?」
「……」
春山は沈黙する。何か言えない事情があるのか、俺の質問に答えようとはしなかった。
しかし春山は学校に行くのが初めてだと言う。なぜだろう?
そこまで考えて、――不登校、そんな言葉が頭に浮かんだ。だけどいくら考えたところでそれは単なる俺の想像でしかない。結局は春山自身の口から聞くしかないのだ。
俺はもう一度その意味を訊ねようとして、しかし春山の姿がなくなっていることに気がついた。俺は慌てて周囲に視線を走らせる。すると春山は少し後ろの方で足を止めていた。
「どうした?」
駆け寄って声をかけると、春山はじっと俺を見てきた。あいかわらずキレイな顔、でも何かを
しばらく待っていると、やがて春山は口を開いて、
「……あの、先輩……お願いがあります」
「お願い?」
「……はい、お願いです」
ギュッとスカートの
どんなお願いが来るのかと身構える俺に、春山は一度目を閉じて深呼吸をし、それから言った。
「……先輩。――わたしと、友達になってください」
しかしその言葉に、俺は
だけど同時に、それはきっと彼女にとっては特別なことなんだと思った。
なぜかはわからないが、彼女は学校というモノの存在を
大抵の場合、高校生になるまでには終わらせていることを、何らかの理由によって春山はまだ終わらせていないのだ。
だから学校に過度な希望を抱いていて、実際の環境に裏切られたような気持ちでいるのかもしれない。
どうしてだろう、と俺はこれまでの情報から考える。
天城から聞いた春山についての噂。
学校に通うのが初めてという春山の言葉。
そしてプロスペローという結社の存在。
もしも俺の想像通りならば、その第一歩として、友達というモノを作ってみたかったのかもしれない。そうすれば、期待通りの学校生活を送れると信じて。
偶然にも正体を知られてしまった、だけど唯一隠し事なく接することができる俺の存在は、春山からすればきっと
だから春山は精一杯の勇気を振り絞って俺に告げたのだ。
――わたしと、友達になってください、と。
俺は春山のことを見る。捨てられた猫みたいに俺のことを
断られるかもしれない不安に逃げ出したくなるような気持ちを抑えつけ、
その姿は、
ただの、どこにでもいるような女の子の姿だった。
むろん俺の返事は決まっていた。
「――ああ、もちろんだ。というか、むしろこっちから頼むぜ、春山。俺と友達になってくれ」
「……ホント?」
「なに言ってんだ、当たり前だろう? 俺たちは今から友達だ。今更ダメだって言っても聞かねえぜ?」
「……せん、ぱい」
「――ありがとう」
そう言って微笑んだ春山の表情を、俺はきっと生涯忘れることはないだろう。
俺はそんな空を見ながら。
もしも。
もしも本当にきょうの出来事が俺の見てる
目が
最後に見た春山の笑顔だけは、夢であって欲しくないと、そう思った。
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