第2章 異能者たちとの邂逅
第6話 裏山に潜む者たち
小学校からの帰り道、頭上を
しかし、そんな子どもの頃の俺に対して何か言葉を送れるとしたら、いまの俺はきっとこう言うだろう。
——やめとけ。怖いだけだ。
それが
そして現在。
約一〇分に及んだ空中遊泳は無事に終わり、俺はいま地面に立てる喜びを
人は失ってはじめてその偉大さに気づくのだと誰かが言っていたが、俺はその言葉の意味をいま身をもって実感している。
普段は意識すら向けない地面に対しての感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。
ありがとう大地! ありがとう地球! 俺は今後なにがあっても立ちションなんて二度としません。ポイ捨てなんてもってのほかです。ビバ、リサイクル! ビバ、エコロジー!
……ふぅ、まあそれは置いておくとして。
そろそろ現実に目を向けなければな。
というかさっきから
ああ、ダメだダメだ。そんなことじゃこれからの戦いについていけねえぞ、
ここは一旦深呼吸をしよう。精神を落ち着かせ、これからの
スゥー、ハァ〜。スゥー、ハァ〜……。
——よし。だんだんと落ち着いてきた。
冷静になったところで状況をあらためて確認してみよう。困難な事態を解決するためには物事を可視化して考えるのが一番だと偉い人が言っていたはずだ。……いや、知らないけれど。まあ、おそらく誰かが言っていたと思う。よく聞く感じの言葉だしな……。
とにかく俺はその
結果が以下の通りだ。
一、五時限めの終わりに
二、春山紅葉は
三、屋上にたどり着いた春山紅葉は俺を抱えて地面にむかってダイブ。
四、死ぬと思っていたら、なんやかんや空を飛んでいた。
……ま、こんなところだな。うん、並べてみると実に単純なことだ。前回のあらすじがたった四行で終わってしまったぜ。
あとはコレを考察していくだけだ。
まあ一、二は問題ない。まだ日常の範囲内だ。ヒロインが主人公を無理やり連れ出すというのは、フィクションの世界ではよく見る光景だ。ここが現実の世界であることや、仮にそうでなくても俺が主人公の
それはいま重要なことではない。
ここで大事なのは、一と二は現実として
だから、問題は三からということになる。
それでも一〇〇万歩譲ってまだ三は現実として許容できる範囲内だ。あるいは春山紅葉はただバンジージャンプでスリルを味わいたかっただけなのかもしれない。命綱がないなんていうのはスリルがあるってもんじゃないが、
ともかく屋上から落下するというのはリンゴが木から落ちるのと一緒で、地球上の人類として適用されるべき物理法則に
ゆえにここで
……。
………。
——いやアホか! なにが『Q.E.D. 証明終了。』だ! なにも解決してねえよ、バカ!
——なんやかんや空を飛んでいたってなんだよ! あり得ねえって! 俺はクマバチか! ダチョウだってもうちょっと真面目な理由で飛べるようになるぞ!
……ああ、ダメだ落ち着け。また頭がトランスしているぞ。しっかりしろ、浅峰賢治。クールになれ、お前はやればできる男のはずだ。
もっと冷静によく考えるんだ。
俺たちは空を飛んだ。それは
だが、逆に言えばどうなる? どう考えれば人間が単身で空を飛べるという状況を説明できる?
そうだ、浅嶺賢治。常識で考えてみるんだ。人間が生身で空を飛べるわけがない。クマバチだって空を飛べる理由は科学的に解明されたんだ。今回だって何かしらの力が絶対に働いているはずなんだ!
俺は考えに考え、そして現実的に考えられる説明の仕方として、以下の三つの仮説を思いついた。
一、機械の力で飛んだ。
二、実は
三、現在進行形で俺の見ている夢。
しかし、それぞれの解答は次のようになった。
一、タケ◯プター的な物が発明されたとは聞いたことがないし、そもそも春山の身体にそれらしき機械は付いていなかった。却下。
二、
三、もはや説明を諦めている。が、一応ほっぺたをつねってみる。痛かった。却下。
結論。どうやっても人間が生身で空を飛べる理由を説明できない。Q.E.F.
よし。今度こそ間違いなく解を得た。あースッキリすっきり。これで今日もグッスリ眠れるぜ。うん、やっぱ人間が空なんて飛べるわけないよなー。はっはっは。
…………まあ、俺たちは実際に空を飛んだわけで。
春山の体にタケ◯プターなんかはついていなかったわけで。
それはつまり、春山紅葉は自力で空を飛べることができるというわけで。
現実を認めたくなくて長々と述べてきたが、なんてことはない、結局のところ問題はひと言で表せられるのだ。
——ああ、いったい春山紅葉は何者なんだよ。
俺はそこでようやく
現在俺たちがいる場所は学校の裏手にある賀茂橋山の
空から舞い降りた俺たちのことなど気にもとめずに
そんな日常の中を、非日常の
考え疲れた俺はやることもないのでしばらくその様子をじっと見ていた。ぼんやりと木にもたれかかりながらじーっと。
……どうでもいいが、
——ふいに違和感に
なんだろうと思ったが、すぐに理解する。
春山が
気になりだすとダメだった。イルカのような好奇心にみちびかれるままに、俺はカピバラ色の地面へと歩いていく。そしてそっと手で
「……なんだ、これ?」
地面のすぐ下にひんやりとした鉄のような感触があった。明らかに自然物とは違う感触。間違いなく何かが——人工物がある。今度は倉庫に
現れたのは、直径一メートルほどの円状の物体。銀色で機械じみているが、どうやらマンホールみたいだった。
「……なんだ」
……いや、まてよ。おかしくないか。ここって山の中だよな。なんだってあんな物があるんだ?
そんな考えに従ってもう一度よく観察すると、マンホールらしき物体の端に何か電卓のような数字盤があるのに気がついた。上部にモニターが付いていて、四桁の数字を入力できるようになっているみたいだった。
俺は手を伸ばし、少しの
1、2、1、3っと。
「——いてぇッ!」
すると、ピリリとした痛みが指を走り、思わず声が出てしまった。その声に春山が寄ってくる。
「……どうしたんですか? ヘビにでも
「あ、いや、なんか変なものがあってさ……それに
と、俺が
「……これを探してたんです。ありがとうございます、先輩」
礼を言う春山に、俺は困惑しながら言った。
「なんなんだよ、これは」
「……秘密基地の入り口です。わたしたちの」
「……は? ヒミツキチ、って、えっ? 秘密基地のことか?」
こくりと頷く春山に俺はおかしな事実を指摘する。
「いやでも秘密基地って……じゃあ何ですぐに見つけられなかったんだよ。普通入り口の場所くらい覚えてないか?」
「……入り口は毎にち変わるんです。侵入者対策で」
「毎にち変わるってお前……」
……いや、もう深くは考えないようにしよう。きっと考えるだけ無駄なんだろうよ。
考えるな、受け入れろ。それが非日常に直面した時に取りうる最善の方法なんだ。
……って誰かが言っていた気がするんだ。いや、ホントに。……たぶん。
そうして春山がパスワードを打ち込むと、駆動音と共に新たな機械がマンホールから
はへー。よくわからないが、何だか凄いな。映画みたいだ。
俺のその
「……二段階認証になってるんです。侵入者対策で」
へーそうなのか。じゃあ今上がってきた機械で人を識別してるってわけか。へー。で、肝心の識別方法は
俺の勝手な期待に応えるように、ブーンという重厚な作動音があたりに響いて、
『——はいもしもし? だれぇ?』
なんともフランクな応答だった。
……ああ、ダメだ正気に戻っちまった。これは素直に受け入れられそうにない。
だって心底がっかりしたんだぜ? なんだよ、ただのインターフォンって。そんなもん横にでも付けてろよ。なんだってそんな
春山はけれどそんな俺の脳内失望などお構いなしに、
「……わたし」
と一言。
『うむ。合言葉は?』
「……
いや何だよその合言葉。弁慶がよわむしって……。弁慶ほど強そうな男を俺は知らないぞ。
『おっけー。いま開けるわ』
しかし俺の脳内抗議もむなしく、合言葉は無事承認されたらしい。バコンッと勢いよくマンホール
中に入っていこうとする春山だったが、その場を動かない俺を見るとこてんと首を傾けて、
「……先輩? 入りますよ?」
「あ、ああ……」
そうして春山に
……はぁ、ほんと、俺はいったいどこに向かってるんだろうな。いまだ俺の行き着く先は予想もつかないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます