センパイはサイエンス

 ハロウィーンってなんでこの国でやるんだろう? クリスマス程ピンと来ない。無くても困らないよね。……1年前の私はそう思っていた。

 でも、今年は違う……


「ヒャッハー! センパイトリック・オア・トリート! んん? お菓子が無い? それじゃあ仕方ないですねーイタズラしちゃいますねぐへへ……ぶへっ!?」

「キミにはその菓子が見えないのか。イタズラはさせないぞ」

「痛いですよぅ……何かカタいものが……こ、これは……なんですこれ?」


 非道なセンパイが乙女の顔面に投げつけてきたもの……白くてカタいモノを拾い上げたが、一見してお菓子には見えない。


「落雁だ」

「らくがん?」

「仏前に供える菓子だね」

「どう見ても要らないものじゃないですか! もっと可愛いものくださいよ!」


 何となく噛みついてみたけど……砂糖菓子なのかな? 正直美味しくはなさそう……


「なら返してくれ。簡単に糖分補給が出来て便利なんだ。味も無いから私向けだしね!」

「イヤですー! もう貰ったものですからねー」


 手を伸ばしてくるセンパイから落雁を守るためにひょいと腕を頭の上に。ふっふっふ……センパイでは届くまい。


「なんだい? それで私が手出しできないとでも? 知略という言葉を知らないのかい?」

「あっはははっ! 知略を覆すのは常に圧倒的な戦力しんちょう差! センパイの泣き顔が見えるようだぁ!」


 やっぱりこのヒトを煽って遊ぶのは楽しいなぁ。さぁてどう来ますかねー……んー? センパイの腕が私のわき腹に向かって……あっヤバい死ぬぅ!


「…………ん~ 」

「うっひゃははははははっ! ズルいズルい! ひひっひっひいぃひひいっ! ちょ、ホントやめてぇ~ぶひゃはははっ!」


 や、やるじゃないの。ちょっと前までくすぐったことも無かったクセに……あ、ヤバい限界が……


「よく耐えるじゃあないか。こんなに耐えたのはキミが初めてだ」

「ふひっ……センパイは私にしかやったこと無いでしょうがぁ……ふふっ慣れてきましたよぉ?」

「策とは十重二十重。そんなことも知らないのか」

「だからどんな策でも私の圧倒的なパワー《しんちょう》でぇ……え?」


 ぽふっと私の胸にセンパイが飛び込んで来た。さっきまで私をくすぐり倒していた両腕は、弱々しく私の背中に回された。な、なんだこれはどうなっているのだ!?

 私の手から落ちた砂糖菓子が、床とぶつかり、カランと高い音を響かせた。


「せ、センパイ……? これは……?」

「……策だ」


 センパイのくぐもった声が聞こえた。いつもは耳が真っ赤になっているのに、今日は普通だ。策ってことにして自分を納得させているのかなぁ。いちいち可愛い奴め。


「……センパイ」

「うるさいぞ、キミは菓子を落としたからな、私の勝ちだ。判ったら暫く黙っているんだ」


 もう勝利宣言と来たか……砂糖菓子より甘いですねセンパイ。


「ねぇ、センパイ?」

「……」

「そんなに私の服を握らなくても大丈夫ですよ。私は絶対逃げませんから。ね?」

「……」


 震える程力を入れてセンパイに握られていた服から力が抜けた。帰ったらアイロン掛けコースだなぁ。

 ふとセンパイの耳を見ると真っ赤になっていた。


「ふふっ……」

 私は安心して、いつも通り見なかったことにした。


「……見事に真っ二つだね」

 しばらくして、私から離れたセンパイは何事も無かったの様に落ちた砂糖菓子を拾い上げて呟いた。


「せっかくだから半分こしましょう」

「いや……キミにあげたものだからね。キミが食べると良い」

「まぁまぁ、結構大きいですし、一緒に食べましょ。はい、あーん」

「ちょっと待ってくれ、そのままじゃ大きすぎるって……」「えい!」


 私が力を込めると、落雁はバキッと音を立てて小さく割れた。意外とカタいじゃないの。これでセンパイも食べられるでしょ。

「パワーもやはり大事だね……」「えへへ……」


「あらためて……はい、センパイあーん」

「あぁ、ありがとう……?」


 はぁ……私があーんって言っているのに手を出すセンパイ。流石です。絶対やらないと思ったけどさ。今日は勢いでイけそうな気がするんだよね。


「無理やり突っ込まれたくなかったら、大人しくあーんしてくださいねー」

「……」


 お、ホントにいけるんじゃない? センパイ迷ってるぜ?


「ぐ……あー……ん」

 自分のスカートの裾を握りながら、不承不承ふしょうぶしょう口を開けるセンパイ。そんなにぎゅっと目を瞑らなくても……ヘンな気分になるでしょ。うーん……ズボラなのにすっごい歯がキレイ……あぁ、ダメだダメだ。ぽいっと。


「ふふっ……私もいただきますね」

「あ……」


 センパイに餌付けごっごした後、すぐに自分の分を食べた。うん。甘いだけだね。残念そうな声を上げるセンパイ。大方私にも食べさせるつもりだったんでしょ。甘いね。


「ふふ……残念でした。センパイにはもう一回やってあげましょうか?」

「……結構だよ。ところでキミは落雁のカロリーを知っているかい?」

「……え?」

「ちなみに私はこの量を一回で食べたりはしない。ほぼ角砂糖と変わらないからね。さっきキミが私の口に入れた分で……一日分くらいかな」

「なん……だと……」


 全然ご飯を食べないセンパイの為に、少量でカロリーを摂れる料理を研究している私。研究結果は私が処理をするしかない……有り体に言えばオーバーカロリー気味なのだ。ヤバいヤバい。このオチまで予測していた……孔明の罠!?


「あうぅ……クッキーを作ってきたんですけど……今日はやめておきます……」

「キミは痩せすぎだ。少しくらい肉を付けても良いと思うよ」

「自分より細い人に言われたくないです……」

「胸も大きくなるかもしれないよ。気にしているんだろう?」

「このままで良いんですー! 何ですか散々私の胸に顔うずめて喜んでいるクセに」

「何のことか分からないね」


 ふん!ちょーっと自分の方が胸が大きいからって……ほとんど一緒じゃないか。いや、戦力しんちょう差を考えると……いや、考えるのは止そう。私に出来る反撃をするしかない。


「あーあ……センパイがお菓子食べさせたせいで、今日のおかずは野菜ばっかりですからねー。好き嫌い言わずに食べてくださいねー。ハロウィーンだから何か手の込んだものを作ろうと思っていたのになー」

「い、いや待つんだ! 今日はジャンクなものを食べても良いという話だっただろう?」

「知りませーん。ほら、買い物行きますよー」

「ちょ、私が悪かったよ。だから……待ってくれー!」


 澄まし顔で歩く私に駆け寄ってくるセンパイ。謝ってくるセンパイの声を聞き流しながら、センパイの好物を思い浮かべていた。

 ……明日から少し走ろうかな。

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