人は中身が100%

吾音

Case:1 センパイの瞳に恋してる

「今回の課題図書を読んでいたんだけど、どうしても解らないところがあってね……」

 センパイが少し戸惑った様子で私に話しかけてきた。なんと珍しい。ふだん私から話しかけても塩分高めの応対しかしてくれないのに。


「良いですけど……『ももたろう』に難しいところなんてありましたっけ?」

 なんだろう……センパイのことだから、「なぜ桃からヒトが産まれるんだい?」とか聞かれそうだ。はぐらかせるかなぁ……


「あぁ、悪いね。出だしからで申し訳ないんだけれど……」

 やっぱりなぁ……私もだいぶ疑問だよ。あんなデカい桃無いじゃんって。昔読んでくれたお婆ちゃんを困らせたなぁ……

 なんかほっこりしてきた。センパイにも子どものような感性が残っていたなんて。


「ほいほい、どこですか~?」

「桃から産まれた赤子が成長したのは分かった。おとぎ話だからね、そういうこともあるんだろうさ。でもね、なぜ鬼退治に行かせるんだろうか? 『人々を苦しめている鬼』と記述があるが、人々が苦しんでいる描写は無い。省略されていると解釈しても、少なくとも、『拾った赤子に物心が付くまで、特に描写が必要なほどの事態は起きなかった』と読める。これはかなり平和なんじゃないかと思うのだけれど、わざわざ波風を立てに行く必要があったのだろうか……とね?」


 ……うん、センパイは今日も平常運転。私のほっこりを返せコノヤロウ。

 えーなんだっけ?途中から耳が入力拒否してたよ。鬼は悪者か、だっけ?


「センパイ! ミもフタも無いんですけど、おとぎ話のセカイでは鬼が悪者だと決まっているのです!」

 どうだ、これなら反論できないでしょ。宇宙の地上げ屋が悪者ってくらい反論できまい。……できない、よね?


「失敬な。私だって鬼は悪とされていることくらいは知っている。私が言いたいのは、この物語において、鬼が悪さをしている描写が無い以上、本当に退治しなければならないほどの悪なのか? ということでね……」

 ちぃっ……食い下がりやぁがる……

 ふだんもそれくらい人に興味を持ってくれたら良いのに。私、ももたろうの鬼以下なのかなぁ……

 思わず沈みそうになる心を奮い立たせ、さらに説得を試みる。


「良いですかセンパイ。コレはおとぎ話であり、絵本です。読むのは汚れを知らない小さな子どもたち……ホラ、想像して!」

「むむ……」

 素直に瞑目して想像するセンパイ可愛い!……いやいやこっからが勝負なんだから!


「鬼はとっても悪いモノ。悪いモノが行う非道な行為……書けないでしょ! 年齢制限が付いちゃいますよ! と、に、か、く! 読む人に想像してねってことなんです これなら年齢制限も問題なし! 完全勝訴待った無し」

「キミがどんな行為を想像したのかは聞かないよ。確かにそうだね。私の想像が行きすぎていたのかもしれないね。それなら注釈でも入れておいて欲しいね」

 絵本に注釈かぁ…想像できないなぁ……


『鬼は人々を苦しめていました(※具体的な内容についてはご想像にお任せします)』

 これは無いな。センパイなら書きかねないな……おっと軌道修正しないと。


「お話の内容はシンプルですからね。あまり深く考える必要は無いんです。突き詰めれば、これくらい短くてもお話は成立しちゃうんです」

「確かに。これだけ短い話が形を変えながら現代まで残っているのは凄いことだね」

 何か良い感じに話が纏まってきたなぁ。

 あっそうだ、これだけは聞いておかないと。一応課題だからね


「ところでセンパイ、このお話からどんな教訓を得られましたかー?」

「そうだった。これは実に簡単だったね。『勝てば官軍』だろう」

「正直そんな気はしてましたけど……理由を聞いても良いですか?」

「問答無用で成敗というのは、問題解決の方法として不適切だよね。桃の字は鬼に奪ったものを返すことを要請もしていない。つまり鬼側からすれば、見ず知らずの子供が乗り込んで暴れ始めたんだよね。膂力にモノを言わせて大立ち回りをした挙句、人々から奪ったとされる物資を回収したわけだ。第一桃の字は鬼の見た目を知っていたのだろうか。人違いの可能性もあるし、まずは状況把握をすべきだったね。」

「……」

「キミは先ほど、この本は汚れを知らない小さな子が読むと言ったが、自分で物事を考えずに、言われるがまま見つけたモノを話も聞かずに力に任せて長福回の課題図書を読んでいたんだが、どうしても解らないところがあってね……」

 センパイが少し戸惑った様子で私に話しかけてきた。なんと珍しい。ふだん私から話しかけても塩分高めの応対しかしてくれないのに。


「良いですけど……『ももたろう』に難しいところなんてありましたっけ?」

 なんだろう……センパイのことだから、「なぜ桃からヒトが産まれるんだい?」とか聞かれそうだ。はぐらかせるかなぁ……


「あぁ、悪いね。出だしからで申し訳ないんだけれど……」

 やっぱりなぁ……私もだいぶ疑問だよ。あんなデカい桃無いじゃんって。昔読んでくれたお婆ちゃんを困らせたなぁ……

 なんかほっこりしてきた。センパイにも子どものような感性が残っていたなんて。


「ほいほい、どこですか~?」

「桃から産まれた赤子が成長したのは分かった。おとぎ話だからね、そういうこともあるんだろうさ。でもね、なぜ鬼退治に行かせるんだろうか? 『人々を苦しめている鬼』と記述があるが、人々が苦しんでいる描写は無い。省略されていると解釈しても、少なくとも、『拾った赤子に物心が付くまで、特に描写が必要なほどの事態は起きなかった』と読める。これはかなり平和なんじゃないかと思うのだけれど、わざわざ波風を立てに行く必要があったのだろうか……とね?」


 ……うん、センパイは今日も平常運転。私のほっこりを返せコノヤロウ。

 えーなんだっけ?途中から耳が入力拒否してたよ。鬼は悪者か、だっけ?


「センパイ! ミもフタも無いんですけど、おとぎ話のセカイでは鬼が悪者だと決まっているのです!」

 どうだ、これなら反論できないでしょ。宇宙の地上げ屋が悪者ってくらい反論できまい。……できない、よね?


「失敬な。私だって鬼は悪とされていることくらいは知っている。私が言いたいのは、この物語において、鬼が悪さをしている描写が無い以上、本当に退治しなければならないほどの悪なのか? ということでね……」

 ちぃっ……食い下がりやぁがる……

 ふだんもそれくらい人に興味を持ってくれたら良いのに。私、ももたろうの鬼以下なのかなぁ……

 思わず沈みそうになる心を奮い立たせ、さらに説得を試みる。


「良いですかセンパイ。コレはおとぎ話であり、絵本です。読むのは汚れを知らない小さな子どもたち……ホラ、想像して!」

「むむ……」

 素直に瞑目して想像するセンパイ可愛い!……いやいやこっからが勝負なんだから!


「鬼はとっても悪いモノ。悪いモノが行う非道な行為……書けないでしょ! 年齢制限が付いちゃいますよ! と、に、か、く! 読む人に想像してねってことなんです これなら年齢制限も問題なし! 完全勝訴待った無し」

「キミがどんな行為を想像したのかは聞かないよ。確かにそうだね。私の想像が行きすぎていたのかもしれないね。それなら注釈でも入れておいて欲しいね」

 絵本に注釈かぁ…想像できないなぁ……


『鬼は人々を苦しめていました(※具体的な内容についてはご想像にお任せします)』

 これは無いな。センパイなら書きかねないな……おっと軌道修正しないと。


「お話の内容はシンプルですからね。あまり深く考える必要は無いんです。突き詰めれば、これくらい短くてもお話は成立しちゃうんです」

「確かに。これだけ短い話が形を変えながら現代まで残っているのは凄いことだね」

 何か良い感じに話が纏まってきたなぁ。

 あっそうだ、これだけは聞いておかないと。一応課題だからね


「ところでセンパイ、このお話からどんな教訓を得られましたかー?」

「そうだった。これは実に簡単だったね。『勝てば官軍』だろう」

「正直そんな気はしてましたけど……理由を聞いても良いですか?」

「問答無用で成敗というのは、問題解決の方法として不適切だよね。桃の字は鬼に奪ったものを返すことを要請もしていない。つまり鬼側からすれば、見ず知らずの子供が乗り込んで暴れ始めたんだよね。膂力にモノを言わせて大立ち回りをした挙句、人々から奪ったとされる物資を回収したわけだ。第一桃の字は鬼の見た目を知っていたのだろうか。人違いの可能性もあるし、まずは状況把握をすべきだったね。」

「……」

「キミは先ほど、この本は汚れを知らない小さな子が読むと言ったが、自分で物事を考えずに、言われるがまま見つけたモノを話も聞かずに力に任せて打ち倒すというのは……現代を生きるには厳しいかな」

「……」

 途中から聞いてなかったなぁ。ただ教訓が現代にそぐわないってのは何となく分かるかも。


「退屈だったろう? わざと穿った見方をした部分もあるからね」

「いえ、この問いに正解はありませんから。教訓は読者次第ですよ……今日はこのくらいにしましょうか。少しはお話づくりの参考になりましたか?」

 目的を忘れかけてたよ。センパイと話していると話が横道どころか空を飛んでいるような感覚になるのは困ったものだけど、私はとても楽しい。


「うん。名作と呼ばれるものでも、読者に問題があれば良く分からない作品になるんだね」

「あはは……ももたろうの解釈合戦はずっと続いているみたいですし」

「論文も同じだと思ったよ。私は結果のみを重視するが、世間はそうでもない。論文はエンターテイメントだと宣う輩もいる。そういった連中には私の論文は酷くつまらないだろうさ」

「まぁまぁ、私はセンパイとゆっくりお話しできて嬉しいですから」

 どんな形であれ、センパイとゆっくり過ごせるなら安いものだ。センパイの瞳に私が映っていることがどうしようもなく嬉しい。すっかり骨抜きだなぁ私……


「そう……」

 小さく呟きながらセンパイがゆっくりとその矮躯を動かし、私の方に近寄ってきた。

 目の前に立つセンパイ。これからのことを思うと、センパイの顔を見られない私は、いつもセンパイのつむじを見る。手入れなんて何もしていないくせに、とても綺麗な髪。手櫛の跡が見えるあたり、センパイも人間なんだなって思えて安心できる。


「ん……」

 ぽふっとセンパイが私に倒れるかかるように抱き着いてくる。いつだったか、私がセンパイにストレス解消にはハグが良いなんて話をし、実際にやってみたところ、センパイはずいぶんとお気に召したらしい。

 私にはぜんぜん下心は無かった。決して無かった。やってくれないかな、と少しだけ思ったけどさ。

 センパイのハグは独特だ。私に倒れ掛かるのを私が抱き留めるだけだ。「私もだきしてくださいよー」と伝えたことがあるが、「これが良い」と譲らなくて、以来ずっとこの調子だ。


「ん……んっ!」

 もっとぎゅっとしろ!と私の肩におでこをぐりぐりするセンパイ。それでも私に手を回さないあたり、センパイの意地が感じられる。

 この仕草が可愛くて、ついつい力を入れるのを辞めてしまいたくなる。


「はいはい……すっかり甘えんぼさんですねー」

「……」

 腕に力を込めると、センパイとの距離がゼロになる。毎度思うが、センパイは細いのに柔らかすぎる。このヒトの筋肉はどこにあるんだろう。

 センパイの背中を撫でる。制服越しに下着の感触を確かめる。いやらしい意味は無い。このヒトは面倒だからと着けていない日もあるのだ。「この胸には無くても良いだろう」というセンパイに、本気でお説教したことが懐かしい。それでもたまに着けないのだ。このヒトは。


「ちょ……ちょっと撫ですぎだよ。ちゃんと着けているから」

「……そうみたいですね」


 危なかった。脳内がピンク色になりかけていたよ。私にソッチの気は無い・・・はず。センパイといると自信が無くなってくる。ヤバいヤバい。


「もう良いよ。ありがとう」

「はーい」

 努めて明るくセンパイを解放する。


「帰りましょっか」「あぁ……」

 部屋を出て帰路につく。帰り道はいつも静かだ。頭の回転が早すぎるセンパイは、数分後に訪れる別れ《バイバイ》をイメージしているんだろう。さびしんぼめ。

 だから私はセンパイ《さびしんぼ》のために、笑顔になる魔法をかける


「センパイ、今日もうちでご飯食べていきますよねっ?」


 センパイは私にしか判らない程小さく、でも確かな笑顔を見せてくれた。

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