第3日 出会い2 

 「いてて」


 ヒウがゆっくりと目を開けるとすぐ近くにヒニチの顔があった。あまりのことに、さっきまでマニュアルにあるかのような礼儀正しい受け答えをしていたヒウはパニックに陥っていた。


「何を、、急に、、命の恩人でも、、さすがに、こ、これは・・・」


 しどろもどろのヒウの発言などヒニチには届いていなかった。ヒニチの顔は全く別の方向を向き固まっている。そのことにヒウもすぐに気が付き落ち着いた。


 「あのー、ヒニチ、さん・・・どうしました・・・?」


 ヒニチの返答はない。そして、ヒニチの視線の先にヒウも目を向けた。そこには左の髪を耳にかけ、右目はやや前髪にかくれている顔の整った男が立っていた。ヒニチと同じぐらいの年齢だろう。服はやはり、ヒニチと同じだった。目には三日月のような瞳孔があった。


 「ん? あ、あいつは!」

 

 先ほど取り戻した冷静さはまたも崩れ始めた。冷や汗が滴る。

 

 「一人増えてる」


 男は独りごとをいった。そして、ヒニチはヒウに


 「知ってんのか?」

 

と問いかけた。ヒウは声を震わせながら言う。


 「あ、あいつに、追われて私は、、餌にされて、、、たん、、」


 ヒウは自然と男の手に持つものに目がいってしまった。手には髪がにぎられて二人の男の生首がぶら下がっていた。ヒウは詰まりながらも先ほどの言葉を続ける。


 「で、ですけど、、、餌で、よかったです、、ははっ」


 ヒウは乾いた笑いをした。おそらくヒウのことを餌にしたのは生首となってしまったあの二人だったのだろう。彼らはこの世界で死んだ。つまり、二度目の死。そうなるとどうなるかはわからない。これは現世で死ぬとどうなるかわからないのと同じだ。ヒウはあわててヒニチに逃げるよう警告する。そして、男はゆっくりと手に握っていたものを離した。その刹那には、男はヒウの目の前にアイスピックを持った右手を振りかぶっていた。

 

 (あ、、死んだ)反射的に目を閉じて、ヒウは思った。


 (あ、あれ、)しばらくしても痛みを感じない。ヒウはおそるおそる片目を開く。


 そこには、ヒニチが男の振りかぶった腕を掴む姿があった。そして、ヒニチは言う、


 「おいおい、逃げ腰のやつを狙うなよ。」


 ヒニチがさっきまでよりも一段と嬉しそうにみえる。


 「それよりも、俺とやろうぜ。」

 

 ヒニチはそう言って男をバンっという破裂音とともに男を殴った。


 ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ、男はヒニチに20mほども飛ばされた。殴っただけでここまでの距離ができる。腕力が計り知れない。


 「くそっ」


 男は歯でギリっと音を立てた。男もきちんと掴まれていない方の腕で防いでいたためか姿勢を崩してはいなかった。ヒニチとの間には男の足と地面がこすれた跡がレールのようにのびている。ヒウはそれを見て口をパクパクさせている。そんなヒウに対してヒニチが発言する。


 「さっきヒウ、逃げようとか言ってたなあ、そんなもったいないことできねーよ。よく聞け、俺は強いやつ探しにここに来たんだ」


 (来た?え、どういうこと。つまり自殺したってこと?)ヒウはポカンとした顔をしている。ヒウの考えていることはまさに正しく、ヒニチは自分より強いやつを探して自殺してここまで来たのだった。


 ヒニチが現世にいたころ宗教の勧誘のために一人の女性がヒニチを訪ねたことがあった。痩せこけ、肌が荒れており目の下には酷いクマの明らかにやばい女性だった。彼女はヒニチがドアを閉めようとしていたところを強引に話し始めた。話はとても長かった。しかし、ヒニチはその中の一つの言葉が頭に残った。それは死後の世界という言葉だった。退屈な日々を生きるヒニチにとってそれはあまりに甘い言葉で、何日もヒニチの頭に残り続けた。そして、ヒニチはその言葉から連想して考え付く。死後の世界には自分を楽しませるやつがいるのではと・・・。退屈さは人を死に追いやる。現に100憶年生きられるといわれて生きたいと考える人は少ないのではないか。


 そして、敵を見るヒニチはパシッと自身の手のひらに拳をぶつけ、足で地面をめり込むほどに蹴って男に向かっていった。ヒニチの姿はヒウが瞬きをした直後にはもう男にアッパーを食らわせていた。


 「こんなんで、倒れてくれんなよ」


 ヒニチは口角をあげ、つぶやいた。そして、ヒニチの猛攻は一切途切れることなくここからつづく。最初のほうは男はヒニチの攻撃に対してよけることができていた。しかし、それはギリギリである。意図してそうなるのと意図せずそうなってしまうのとでは天と地ほどの差がある。もちろん、男がしている回避は後者であった。そして、間一髪の回避がそう続くことなく男に一発あたった。そこからは、男が一方的にヒニチに蹂躙されていく。自分を殺そうとしたやつがぼこぼこにされる、その光景からヒウは目を閉じ逃げたくなった。それほどまでにヒニチの強さは圧倒的だったのだ。ヒニチの口角も最初は上がっていたが次第に下がってきた。そして、口角が下がりきった後ヒニチは


 「まあ、ここもこんなもんか」


と口にして舌打ちをした。そして、とどめとばかりに男に回し蹴りをくらわせた。男はたまらず口から血をだし、飛ばされ奥の木にぶつかった。ぶつかった木はギ―ーーっと音を立て倒れ、その周辺にいた鳥がいっせいにとんだ。男はぶつかった木の根っこにもたれて力なく座っている。パラパラと男の髪が耳から外れる。


 「現世よりは楽しめたよ。」


 ヒニチは敗者へと声をかけ、ヒウのほうを向きいう。


 「ヒウ、ここのこともっと教えてくれよ。」


 ヒウはビクっとして、はいと返事をした。ヒニチとヒウはともに場所を移すことにした。

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