朝陽大輝の誕生日

 夏休み中なのに出勤したくねえな暑すぎるだろ書類整理くらいリモートでやらせろよと思いながら帰宅すると笑顔の清瀬に箱を渡された。とりあえず受け取ったが先に飯を食うかと箱は適当なところに置き、食卓に向かうとそこそこ豪勢な夕飯が用意されていて食費大丈夫か? とつい聞いた。清瀬は驚いた顔をしてから悩むような顔をして、免許証見せてくださいと真顔で言った。百面相はちょっと面白かったが不可解だった。

「なんでだよ」

「ええからはよ見せてください」

 こういう時のこいつは面倒な上に俺の話をまるで聞かないので渋々免許証を取り出して差し出した。清瀬は映りの悪い俺の顔写真を見て寝不足の時の顔ですねと感想を述べたが別に写真が見たかったわけではないらしい。清瀬の指は生年月日を指した。七月二十八日。今日だ。

 ……今日だな?

「俺の誕生日って今日なのか」

「えっ、なんで知らんのですか」

「クソババアが祝うような親に見えるか?」

「見えませんが、時々お金くれるやないですか」

「それは俺じゃなくてお前にばら撒いてんだよ……じゃなくて」

 清瀬の指に挟まれたままの免許証をひったくる。

「お前はなんで俺の誕生日を知ってるんだ」

 免許証はさっさと片付け、食卓について箸を持つ。清瀬は正面に座ってきて、朝陽さんがソファーでうたた寝しとった時に免許証見ましたと言ってくる。口に入れたところの刺身を噴きそうになる。そういやこいつストーカー気質のクソ野郎だった、一緒に住んでいるとストーカーもクソもないがそういう手癖は出るのかよとかなり引く。

 俺のドン引きが伝わったらしく、清瀬はええやないですか! とまず怒る。

「何も良くねえんだよ、勝手に人の鞄を漁るな」

「せやけど朝陽さん、朝陽さんに直接聞いたこともあるんですけど」

「あったか……?」

「あるんです! そんでやな、その時に知らねえって言われたんですよ。自分の誕生日知らん言われた俺の気持ちがわかりますか?」

「わかんねえな」

「ほな免許証見せてもらお、です」

「粘着質なポジティブだなお前」

 しかしまあそこそこの付き合いになってきたので知っている性格だ。まだ何か話しそうな清瀬に食わせろよと言って黙らせ、今度こそ鰤の刺身を放り込む。

 食事を続けながら、机に適当に置いた箱を横目で見る。誕生日ということはあれはプレゼントなのだろう。小ぶりだから腕時計とかネクタイピンとかの類か。むしろ何かをもらうと何かを返さないといけないことになり、それが面倒で誕生日自体を忘却していた部分もある。

 だが相手は清瀬隆だ。特別扱いではないが、こいつの持ち家に住んで飯を作らせている事実がある上に肉体関係も余裕である。あと単純に、こう、あれだ。

「清瀬」

「はい?」

「加奈子に誕生日祝われたりしたか?」

「あ、それはしてくれましたよ。高い店に食事に行きました」

「金はお前が出したな?」

「出しました」

 これだ。こいつ絶妙に哀れなんだよなと自分を棚上げして清瀬を眺める。相変わらず豪快に飯を食っている。ハムスターかよというほど口にものを詰め込む癖はもう見慣れた。

 清瀬の誕生日を聞いてみる。清瀬はお茶で口の中のものを無理やり流し込んでから、

「何月っぽいですか?」

 などと聞いてくる。

「一月か二月」

「えっ、な、なんでですか」

「冬生まれに見える」

「朝陽さんは夏生まれっぽいですよ」

「それは何月か知ってるから出る感想だろ。んで、何月何日だ?」

 清瀬はなぜか躊躇って、一月二十日です、と言いにくそうに告げた。何躊躇ってんだよと一瞬思うが、プレゼントのお返しを要求するみたいで嫌だと続けられたので納得した。人の部屋の合鍵を勝手に作ったり免許証を勝手に見たりと無茶苦茶なことをやるくせに、妙なところで謙遜するやつだ。

 食事が終わり、皿を洗ってからプレゼントの箱を開けた。予想通りにネクタイピンだった。清瀬がそわそわした様子でまとわりついてくる。邪魔だ。夏なので暑苦しい。というか縛ってあるにしても長髪が見ていて暑い。

 などとごちゃごちゃ考えるが俺は俺でどうすればいいかくらいはわかっている。

「……あー、清瀬」

「はい! あ、いえ、はい」

「元気だな……」

「そら、朝陽さんの誕生日やし」

「ああ、まあ……ありがとう」

 と、なんとか感謝を伝えた瞬間に抱き着いて来られて死ぬほど暑かった。すぐに引き剥がしたが、ずいぶんにこにこしているのでこいつピン使わねえと怒りそうだし使ってると喜んでまとわりついてきそうだし死ぬほどめんどくせえなとつい溜め息が出かけた。

 面倒なのはむしろ一月か。なにかしら返さなければいけないし、流石にこいつに金を出させてどこかに食事に行くような真似もできない。

 悩みつつ、まだ笑顔の清瀬と並んでソファーに座った。まあ時間はいくらでもある。今はもういいと一旦放棄し、清瀬の腰を引き寄せた。


 実際に一月二十日が訪れた時、ちょうど近所で不審者目撃情報があって治安が心配だったため、誕生日プレゼント代わりに効率のいい攻撃の加え方と脳震盪の起こさせ方を教えたのだが一番治安悪いの朝陽さんやないですか! と怒られた。

 それはまた別の話だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る