こいつ結構性欲強いよな…?
私の家で朝陽と同居を始めた。非常に嬉しく、折れた腕を気遣ってくれる姿は珍しく、長く色々なことがあったが落ち着くものだなと感慨深くなった。勘違いだった。落ち着いてはいるのだが、問題というものは常に少しずつ浮上した。
恋人というか家族というか、とにかく朝陽とはそのような関係だと思っていた。加奈子とは夫婦でありつつ、私側の問題で性交渉がなかったが、朝陽とであれば可能だ。むしろ今まで何度もしている。なので、性生活の方面にも期待があったのだ。
ところが朝陽は全くその気がなさそうだった。それとなく誘ってみたり、直球でセックスしましょうと誘ってみたり、避妊具を渡してみたり、精力剤などが必要か聞いてみたり、とにかく頑張ったが手刀で額の真ん中を強めに叩かれて断られた。
ショックだった。何が不満なのかよくわからなかった。
ソファーで煙草を吸いながら持ち帰り仕事をしている朝陽に、
「なんでセックスしないんですか?」
と思わず聞いたくらいわからなかった。
朝陽は物凄く面倒だ、という顔をしてから、咥えていた煙草を外した。
「……まあ、座れ」
ソファーをぽんぽんと叩かれたので、大人しく隣に座った。朝陽は深く溜め息を吐き、目頭を揉んでから、短くなっている煙草を一口吸った。
「清瀬、俺はそもそも、然程性欲はない」
「えっ、あんなに強姦してくれとったのにですか?」
太腿を拳で強く叩かれる。
「うるっせえな、あれはあれ、今は今の話だ。然程性欲がないのもそうだが、お前、忘れてるな?」
「何をですか?」
「これだよ」
朝陽は太腿に置きっぱなしの手で私の腕を掴んだ。ギプスがはまっており、きっちりと固定されている片腕だ。全治三ヶ月だったと思われる。
「これがどうかしましたか?」
「馬鹿か? 負傷者に無理強いする趣味はねえって話をしてんだ、わかれよ」
「えっ、今までボコボコに殴って蹴って髪の毛掴んで引き摺り回しては勃起して興奮してたのにですか?」
「ぶち殺すぞテメエ」
ぶち殺されても事実は事実である。あまり納得がいかず、朝陽大輝の癖に腕がちょっと折れているくらいで性行為を遠慮するとは何事かと言い募る。
朝陽は引いた顔で私を見つつ、いつの間にか尽きていた煙草を捨てた。それから腕を伸ばし、縛っている私の髪を無造作に掴んだ。頭皮がぎゅっと引っ張られ、思わず眉が寄った。
「いっ、朝陽さん、痛い……」
「確かにな、嫌そうな顔してもらってる方が、好きは好きだ」
「ほら、やっぱりそうやないですか……それなら俺は、別に、そういうプレイでも」
「しねえっつってんだろ」
朝陽は私の髪を離し、溜め息を吐きながらソファーに凭れ掛かる。身を乗り出して顔を覗くと腰を抱かれた。ちょっと驚くが、片腕でバランスの悪い私の体勢を支えているのだとわかった。
衝撃だった。あの朝陽が優しすぎるのではないだろうか。衝撃は顔に出ていたらしく、朝陽は白けた目で私を見下ろした。
「とにかく、ヤリたいんならさっさと腕治せ。殴るにしても万全のお前じゃねえとやる気にもなんねえよ、治るまで色々補助はするから、しばらくは諦めろ」
「せやけど……俺はともかく朝陽さん、なんぼ性欲があらへんかっても、射精はする方が健康のためになりますよ。しゃぶりましょうか? なんなら上にも乗れます」
「お前人の話を聞かないことに関しては才能の塊だな本当に」
偶には聞いていると思うが、朝陽は納得しない。確かに腕の怪我自体も朝陽の言うことを聞かなかった上での負傷だ。
それで、あ、とやっと思い至る。そうだこれは、言うなれば朝陽のために受けた傷だ。ならば当人が気にして、治るまで手を出さないと宣言するのは妥当だ。
理解できて、安堵の息がつい漏れた。腰を支えられたままなので腕に障りがない程度に寄っていく。朝陽は少し身を引き、腕を押さえつけないような体勢に変えた。考えの確信を得た瞬間だった、嬉しいからかなんなのか、びくりと背筋が震えてしまった。
「ん、腕に当たったか?」
朝陽は視線を落とし、私の腕の位置を確認する。もちろん無事だ。けれど、うまく言い表せない。感情は動いているのだが適当な言葉が見つからない。
無言のまま肩に頭を乗せると溜め息が聞こえた。朝陽の手がぽんぽんと背中を撫でてくる。優しい手つきだった。宥めるような、労うような、誰にも探られたことのない部分をしっかり支えてるような、安堵の込み上げる触れ方だった。
「朝陽さん……」
「なんだ?」
「腕、平気やから、セックスくらいいつでも……」
「…………」
朝陽は舌打ちをした。私が顔を上げる前に、背中を撫でていた腕でわしわしと髪を掻き回してくる。
「お前、ごねれば意見が通ると思ってるな?」
「そうやないけど朝陽さん、俺は」
「もういい、とにかくやるかやらねえかの話はこれで終わりだ。明日になっても納得行かねえんなら明日以降また考える、それでいいだろ」
これ以上は話が進まないようだ。仕方なく頷くと朝陽は髪から手を離し、欠伸を落としつつパソコンを閉じた。いつの間にか夜が深まっていた。
諦めてもう寝るしかないようだ。ソファーから降りようとしたが、後ろから引っ張られて体勢を崩した。うわ、と情けない声をつい上げる。伸びてきた両腕に抱きすくめられ、心臓がにわかに脈打った。耳元で吐かれた深い溜め息は微かに笑い声が混じっていた。
「あ、朝陽さん?」
「黙ってろよ。ちょっといちゃつくぐらいなら、俺の方もやろうとは思ってるんだ」
朝陽の声は真剣で、自分の口は大人しく閉じた。何も返せなかったのだ。あの朝陽大輝に、このように扱われる日が来るとは、なんというか恥ずかしい。
腰元に腕を巻き付けて抱き締めてくる朝陽の膂力は強くて、私はひたすら硬直するしかなかった。
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