後日談直後の年越し

 自由にならない腕を首からぶら下げつつ台所で何やら始めた姿に制止をかけたが、俺よりも二歳年上の長髪不能野郎はあからさまにむくれ、どうせお節やら年越し蕎麦やら食べへん生活やったんやろ、と決め付けた口調で言ってきた上に図星だったので今度は俺があからさまにキレかけたがどうにか飲み込んで一先ず台所からは引きずり出した。

 そもそも家を出て独り暮らしを始めてから、どころではなく、実家でも年末年始らしい催しは殆ど行わなかった。そんな両親ではない。今となればどうでもいい。

 まだ不満そうにする清瀬をソファーに座らせる。宥めるか、キレるか、まあ宥める方がいいなと決め、隣に座りながら話を聞け、と前置きする。

「お節やら年越し蕎麦やら雑煮やらは確かに殆ど食べたことがないが、片腕が使えねえやつに作れとも言わない」

「……せやけど朝陽さん、和食好きやないですか」

 次は寂しそうな声を出してくる。思わず口角がひくつくが、

「それとこれとは特に関係ないだろ」

 と話を横に置かせた。

 いつの間にここまで好かれたのかわからない。清瀬は納得しかねるという顔をするが、どうせ言うことは聞かないため肉体で宥める方向にシフトし腰を引き寄せると、おとなしく凭れかかってきた。

 長い髪はまとめられていない。一束を指先で巻き取りつつ、見上げてきた清瀬と視線を合わせる。こいつを殴り続けていた頃を思えば意味不明な距離だ。今もボコボコにしてやろうかと考える瞬間がある、一生考え続けるとも思う。清瀬にだけは、どう足掻いてもそうなる。

「……蕎麦くらいなら、食いに行けばいいだろ」

 提案すると、ややあって首が縦に揺れた。

「一緒に住めるってわかってたんやったら、お節も注文してました」

「それはおかしい」

「なんでですか、せやったら」

「一緒に住めるってわかっていようが、俺に腕を折られるとはわかりようがねえんだから、その場合一緒に住めるってわかってたならお節を作る準備をしていた、じゃねえのか」

 清瀬は二回瞬きを落とした。それから急に笑みを浮かべて、俺の肩にぐりぐりと額を擦り付けてきた。

「ほんまですね、朝陽さん、俺の腕をへし折ったから一緒に住んでくれとるんやし、そうなるな」

「……へし折ってなかった場合のことはわからないけどな」

 包帯に包まれた片腕は痛々しい。俺が折ったのだが、折ろうとしたわけではないために、多少の罪悪感があることは否めない。

 顔を上げた清瀬の頭をぽんぽんと二度叩く。スマホを開いて近場の店を調べれば、そう遠くない場所に蕎麦を食えそうな和食処が見つかった。傾けて画面を見せれば、清瀬も頷いた。

「お節だか雑煮だかは来年食わせてくれ、しばらく腕に支障が出るようなことはするな」

「せやけど」

「心配してんだよ、言わないとわから……ねえのか、お前は」

 清瀬はきょとんとしていたが、心配している、の部分をじわじわ理解したらしく、嬉しそうに頬を緩ませた。

「加奈子は俺が風邪ひいとっても、大丈夫?って心配しながら家事はやってくれへんかったんです。……というのが、おかしかったんやって、今はわかりますよ」

「わかってねえ時も多いが、まあ、一緒に住むからには責任は取る」

「ふふ、嬉しいです」

 にこにこしている清瀬を促して立たせ、外出の準備をする。外は暗いが晴れてはいた。白い満月が水滴のように浮かび、冷えた空気は年末特有の厳粛さが滲んでいる。清瀬は何度かくしゃみをした。見れば腕や包帯が邪魔なのか、マフラーも手袋もしていなかった。

 仕方なく自分のマフラーを清瀬に与えた。ぐるぐると巻いて、後ろできつく縛る。巻き込まれた長髪がたわんではみ出していた。

 清瀬は白い息を漏らしながら、

「朝陽さんはずるいんですよ」

 と拗ねたように呟いた。

「何の話だ」

「そのまんまの意味や」

「マフラーくらい巻いて来いよ、寒いだろ」

 清瀬は首を振って、目尻を溶かしながら柔らかく笑った。

「もう寒ないよ、朝陽さんのせいです、なにもかも」

 言い種に思わず眉をひそめたが、追及せずに歩き出す。

 歩きながら、年末年始をまともに過ごすのは初めてだなと思ったが、言おうかと思った瞬間に除夜の鐘が聞こえて清瀬がそわつきはじめたので、ついでに寺にも寄るかという台詞に変化した。そんなことばかりだ。これからも多分、こんなことばかりなのだろう。

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