シホちゃんのお手紙・4(了)


 伝えてもいいと言われていたので、保健室にやってきたシホに手紙を今日取りに言ってくると伝えた。シホが非常に喜んでくれてほっとする。お礼をしてくれるというので何かと思えば、髪を豪華に結い上げられた。ほどけなくてそのまま帰宅すると、朝陽に盛大に笑われた。

「彼氏お兄さんとデートやゆうたので、してくれたんでしょうね……」

「それは言わなくてもいいだろ」

 朝陽は苦笑しつつ珍しく鞄を持つ。並んで家を出て駅に向かう途中、車をそのうち買うかという話をした。

「智里さんが買うてくれるんやないですか?」

「ババアの名前を気安く呼ぶな」

 相変わらず地雷らしい。偶に連絡をするのだが、朝陽は面白くないようだ。

 電車を乗り継いで遊園地に向かった。外はすっかり暗い。終電がないのではないかと心配するが、なくてもいいか、と改めた。隣に座る朝陽との距離をそれとなく詰めると、窓の外を向いていた目が私に移った。

 伸びた手がぐるりと巻き上げられている私の髪を遠慮がちに触る。ほどけないのでそのまま来た。ちらほら視線を受けるのだが、朝陽があまり気にしていないため、私も気にしていない。

 遊園地には一時間ほどでついた。朝陽は真っ直ぐ入園口に歩いていき、閉園間際だと口にしたスタッフに事情を話した。連絡は受けていたらしく、スタッフはつけていた小型マイクでどこかに話し掛け、お待ちくださいと丁寧な口調で言った。

 そう時間が経たないうちに、手紙を持った別のスタッフが現れた。遊園地の照明の元、黄緑色の手紙は煌いている。少しくたびれていたが決定的な損傷はなさそうだった。安心した。

「発車口の真下辺りでしたか?」

 朝陽は手紙を受け取りながら質問する。スタッフはちょっと驚いたような顔をしてから、そうです、と頷いた。

 スタッフに礼を伝えて入場口に背を向ける。手紙は折れないように鞄へとしまいこみ、暗いから構わないだろうと思いつつ、さっと朝陽の手をとった。

「朝陽さん、ようわかりましたね」

 声をかけると朝陽は手を握り直しながら緩く首肯する。

「なんとなくだったけどな。お前の顔っつうか、心配そうな目の中覗いて、思い出した。そういやシホはスタッフに荷物渡してなかったな、って」

 重たいものが滑るような轟音が響く。朝陽は音の方向に目をやりながらひとつ溜息を吐いた。

「ジェットコースターの真下って、普通に危ねえからスタッフもそう入らない上に、手紙も保護色だったからな。コースター下の植木にまぎれてもわからなかったんだろ」

 手紙は私たちも乗ったジェットコースターの下に落ちていた。閉園後、朝陽の電話を受けて探したスタッフが見つけてくれたのだった。


 遊園地近くの繁華街で夕飯を食べた。私の早食いと大食いについて朝陽はすっかり慣れたようだったが、早食いだけはやめろと怒られる。ゆっくり食べても俺は怒らない、と言い聞かせるように何度か話されて、加奈子に急かされて早食い癖がついていたのだなとやっとわかった。

 食事のあとは繁華街の店をいくつか覗いた。髪を結われているので、アクセサリー屋の店員さんに簪のようなものを薦められた。朝陽が笑いを堪えていたので買わなかったが、シホへのお土産にしても良かったと後から思った。

 それからのんびりと駅に向かった。自宅の最寄り駅まではやはり終電がなくなっていた。朝陽は織り込み済みだったようで、遊園地と自宅の中ほどにある駅で降りると、ホテルを予約したと言ってきた。

 駅付近はまだ人の姿が多い。時間は日付が変わるまであと一、二時間というところだ。朝陽に従って歩き、ホテルの部屋に入ってから、存分にいちゃついた。そこでやっと朝陽は私の髪を解いて、下ろしているほうが好きだなと言い出した。

「ちょくちょく切れって言うやないですか」

「夏場は暑苦しい」

 朝陽はそう言いながらも私の髪を弄っていた。加奈子には伸ばしていること自体を何度か罵倒された、と、思う。段々ともやがかかっていくように、加奈子のことを忘れていく。

 良いことなのだと今は思う。多分、朝陽との思い出を覚えておくのに必死で、加奈子と過ごした閉鎖的な時間を、少しずつ追い出しているのだ。

 ホテルの部屋はツインタイプだったが、朝陽と同じベッドでねむった。翌朝早めに起き、このまま出勤はともかく服をどうしようか考えていると、朝陽が持ってきていた鞄から着替えを出してくれた。

「手紙はお前が持っていけよ、シホに渡せ」

「わかってます。シホ、喜ぶやろなあ……」

 朝陽はふっと息を吐いて笑った。ホテルを出て、お互い学校の最寄になる駅で降りることにし、電車の中で別れた。

「また夜にな」

 と言いながら電車を降りた朝陽は、すぐに他の乗客に混ざって見えなくなったが、私は影を探してしばらく人混みを見つめていた。



 シホは手紙を渡すとその場で跳ねながら喜んでくれた。彼氏お兄さんもありがとう、と嬉しそうに笑っている。放課後になるとシホと健太郎が連れ立ってやってきて、手紙を読んだらしい健太郎にも感謝を伝えられた。

「清瀬先生、朝陽さんって、かっこよくて頭も良くて、おれ、すごく好きです」

 健太郎の言葉にちょっと焦ったというか、朝陽さんはあかんよと言いたくなった。でもそれは渡したくないという嫉妬ではなく、なんというか、あの人はサディスト暴力教師やからと慌てて否定したくなるような類の感情だった。純粋な小学生の憧れになってしまうと、なんだか、私のほうが困ってしまった。

 しかし生徒や後輩に好かれる面も彼は同時に持ち合わせている。瑕疵が人格や人間性のすべてではないのだ。現に私だって朝陽に助けてもらって、今もどうにか生きている。

 シホと健太郎は仲良く二人で帰っていった。寂しがっていたシホも、健太郎がこれからも遊んでくれると知れば、ほっとしたらしい。私も安堵している。シホが寂しがったり落ち込んだりするのは、悲しい。

 帰り支度をして、帰路につきながら朝陽に電話をかけた。すぐ帰るし、彼と住んでいるのだから、意味のない電話だ。

 でもなんだか、朝に別れたばかりなのに声が聞きたかった。不機嫌そうに電話をとる朝陽の姿を思い浮かべながらコール音を聞き、ゆっくり歩いた。

 帰ったら、一緒に遊園地の写真を見たいと伝えたかった。

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