シホちゃんのお手紙・3
悩みながら帰宅した。途中でスーパーに寄っていたので少し遅くなり、朝陽のほうが早かった。煙草を咥えて難しい顔をし、食卓に載せたパソコンを覗き込んでいた。
私の姿を認めると、パソコンを閉じてから手招きで呼び付けてきた。大人しく隣に座り、買い物袋をぶら下げたままぐりぐりと頭を押し付ける。
「今日はなんだよ」
朝陽は目敏い。私がわかりやすいのかもしれないが、困っていると一目見てわかったようだ。
宥めるように背中を叩かれ、実は、とシホの手紙について説明した。
「なるほどな……」
ひょいと買い物袋を取り上げられる。キッチンまで歩いていくのでついていき、並んで食材を取り出しながら、更に説明を加えた。
「車の中やら家の中は探したらしいんです。そのあと、遊園地やら、途中で停まったサービスエリアにも連絡を入れて、そういう落し物や忘れ物がなかったか聞いたみたいやけど、該当のものはあらへんかったって」
朝陽は咥えたままだった煙草を一口吸ってから消す。
「……、シホは手紙をずっと持ってたのか?」
頷きつつ冷蔵庫に食材を放り込む。シホは小さな鞄をぶら下げていたのだが、そこに手紙を入れっぱなしにしていたようだ。恥ずかしいので別れる手前に渡そうと考え、園内や車内ではおくびにも出さなかったらしい。サービスエリアで一度あるかどうかを確かめたようだが、そのあとは遊園地が楽しくて見ていないと聞いた。
朝陽は根菜類を野菜室に入れてから、
「お前は手紙の実物を見たか?」
と更に問い掛けてくる。
「いえ、手紙そのものを見てはないです。せやけど便箋は見せてもらいました。手紙を書くって決めてから買うたみたいで、可愛らしい黄緑色のレターセットでしたよ」
「特徴的な装飾はあったか?」
「うーん……どうやろ。全体が黄緑色で……ところどころに濃い緑色の四葉のマークがあしらってあったけど、そのくらいです」
「よく覚えてんな」
聞いてきたくせにそんなことを言う。何か言い返そうかと思ったが、閉じた野菜室前にしゃがみこんだまま何かを考えているので一旦声はかけずに背中を見つめた。
そのうちに立ち上がり、私の腕をとった。引っ張ってパソコンの前まで連れて行かれる。困惑していると朝陽はパソコンを開き、マウスを動かしてファイルを開いた。
「データだけもらったんだよ、ついさっき」
言いながら見せてきたものは遊園地で撮影した写真だった。すべてのデータを一括で受け取ったらしく、膨大な量である。六割くらいはシホと健太郎だったが、二人に次いで映っているのは私のようだった。何度かざっと確認し直したが、やっぱり自分の写真が多かった。
「俺の写真多ないですか?」
「大体は俺が撮ってたんだから当たり前だろ。結衣さんにもお前を撮っていいか先に確認して了解して貰ってた」
え、と間抜けな声が出る。確かに朝陽は結衣に何かを耳打ちしていた、と思い返しながらじわじわ恥ずかしくなってくる。
私の狼狽に気付いているだろうに、朝陽は特に触れず画像一覧をスクロールし始める。
「上から時間順になってるんだ。サービスエリアなんかで結衣さんが撮ってた写真は省くから、ここからだな」
遊園地の入場口をバックにした写真の上にポインターが止まる。シホと健太郎と結衣さんが三人並んで映っていた。三人とも笑顔だ。シホは赤色のポシェットをななめにかけている。
朝陽は写真を表示して拡大した。ポシェットが大写しになり、大体の構造がわかるようになる。ファスナーなどがついていない大味な作りで、よく見れば黄緑色の手紙の端っこが覗いていた。
「この時はあったってことだな」
頷いて、一覧表示に戻った画面を見つめる。こうやってひとつずつ拡大すれば案外簡単に見つかるのではないだろうか。私の期待とは裏腹に、朝陽はひとつ舌打ちを落とした。
「……全身っていう全身ばっかりなわけじゃねえし、遠すぎると鞄自体が解像度の低さでよく見えない。砂浜でコンタクトレンズ探すほうが早いか、この探し方だと」
口調が若干苛立っている。腕を伸ばして背中を撫でると黒目だけが私を見た。パソコンの光が映りこんで反射している。
頬を撫でられた。どきりとしていると朝陽は急に笑みを浮かべた。それから身を乗り出して、マウスを掴み直し下に向けてスクロールし始めた。
なんやってん、と少し残念に思う。不満を感じつつ今度はなんの作業をするのかと画面に視線をやれば、珍しく朝陽の映っている写真が表示されていた。そういえばこの人はジェットコースターだけ一緒に乗りに来たなと思い出す。怖いから嫌いなわけではないと言ったことも。
朝陽は待機列に並ぶ私、シホ、朝陽の後ろ姿を撮った写真を眺めていた。そのまま何かを考え込んでいる。
「……絶叫系が苦手なんと、俺を殴りまくっとったことって、なんの関連があったんや?」
無視されるかと思いつつ問えば短い返事が来た。
「愉しい」
朝陽らしい言い草だ。でもそれなら、絶叫系が好きということではないのか。そのまま伝えれば強い力で頭を掴まれた。
「このまま机に叩き付けられたくなかったらちょっと黙ってろ、考えてる」
頷いて大人しくした。私が言うことを聞くのは珍しい、と自分で思ったが口にすると叩き付けられるので黙ったまま朝陽の作業を見つめた。後半の写真を何枚か開き、眠るシホとシホを抱きながらベンチに座っている結衣さんの写真が開かれたところで朝陽の手は止まった。覚えのない写真だったがすぐにわかった、私たちがお化け屋敷でいちゃついていたときのものだ。
ポシェットがわかりやすい位置に映っている。寝てしまったシホの代わりに結衣さんが引っ掛けており、ベンチに横たわる形であった。座る結衣さんと健太郎は健太郎のほうが背が高くなるらしい。角度が斜め上からだった。
朝陽はポシェットを拡大した。手紙らしきものははみ出していない。ではこのときにはなかった、と考えてもいいだろう。蓋然性は高い。
私が思い付けるのだから朝陽も思い付いただろう。彼は私の頭を離し、煙草を咥えて火をつけた。もう喋ってもいいのか。じっと横顔を眺めていると、喋っても良いという合図のように顎で示された。
「遊園地内で落とした、ってことやろ?」
朝陽は頷き、煙を吐いてからスマートフォンを出す。何か操作を始めたが構わず続ける。
「せやけど、遊園地にそれらしい落し物は届いてへんかった。ほな考えられるんは、拾った誰かが捨ててもうたとか、ものがものやし気付かれず踏み付けられて、ゴミやと思われて処分されたとか、後ろ向きの方向性やないんですか?」
「お前、基本的にネガティブだな。陰湿ストーカー野郎だからか?」
急に罵倒された。
「罵詈雑言サディストに言われたないわ!」
「一応、多少は理にかなった前向きな想像がある。ちょっと待ってろ」
朝陽は煙草の灰を落としてからどこかに電話をかけた。相手は遊園地のようだ。もう閉園時間を過ぎていたが、朝陽には好都合らしかった。彼は落し物をした旨と、やってほしいことを相手に伝える。あ、と思わず声が出た。朝陽は通話を切り、そのうち折り返しがあるだろうと言ってから、私の腰を急に抱く。凭れ掛かるようにしながら首筋を噛んでくるのでつい身じろいだ。頭を使うと甘えたくなる習性でもあるのだろうか、などと考えつつも煙草を取り上げて消し、朝陽の背中に手を回す。
電話を受けたスタッフは朝陽の言った通りに動いてくれた。ソファーに倒され相当いちゃついているときに折り返しが来て、朝陽はさっさと体を離して着信を受けた。
時間潰しに使われたようでまったく釈然としない。喋る朝陽の背中を何度か叩いて抗議してから乱れた服を直した。一緒に住むようになってもう一年なのだから、道具扱いはやめてほしい。恋人や旦那だろうと言ったくせに根本が不能だからか朝陽は冷たい、というか、合理的、というか、そういうところは永遠に大嫌いである。
むくれていると朝陽はスマホを離しつつ、
「あったらしいぞ」
と冷静そのものの声で言った。驚いて大きめの声が出て、朝陽は勝手に明日伺いますと遊園地側に伝えて、電話を切った。
「え、あったんですか、ほんまに?」
「あった。良かったな、前向きな方向性で見つかって」
「シホ、いや良二くんか結衣さんに連絡せな」
朝陽は何故か溜息を吐き、うろたえたままの私をソファーにまた押し倒す。
「明日定時で帰って来い。俺もそうする、一緒に取りに行くぞ」
「……? 俺らが行くん?」
「言外っていうのを覚えろよ、ついでにデートしたいからさっさと帰って来いってことだ」
思わず口を閉じた。朝陽は構う様子もなく服を脱がしにかかってくる。キスの合間で夕飯がまだだと伝えれば無粋だと怒られた。理不尽だったが、朝陽に来られて拒否することはまずないので、そのまま及んだ。
夕飯は作る時間と体力がなくなって、残り物と溶かすだけの味噌汁で済ませた。何故急に抱かれたのか不明で問えば、写真に映って笑っている私が良かった、とわけのわからないことを言われたが、ちょっと嬉しかった。
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