第20話 壮麗と野蛮

「ははは、うちでもうまくやっていけそうなお嬢さんですな」

「その割に木星土星と、一緒に連れ立って動いてたらしいしな。何考えてんのかわかんねえよ、あいつは」


 レーガートゥスはいろいろなところに子飼いの兵を出しているため、各人が隠しているつもりでも結構情報は筒抜けになっているのだ。今後も何をするか読めないアイラの動向は、重点的に追っていくつもりだった。


「切り替えが早いのでしょう。いや、実に興味深い」

「てめえはどっちの味方だよ」

「失敬。昔から、馬鹿な子ほど可愛いと言いますでしょう」

「け、勝手に言ってろ」


 そこまで言って、ドゥルーヴは急に声を低くした。


「……テルグ様。どの陣営も、レーガートゥスをおろそかにはしませんでしょう。武力はどこにあっても必要とされますから」

「当然だ」

「しかし、自分たちの上に立ってほしいとは決して思わない。便利に使えればそれでよし、と思っているのです。そこは、間違いませんように」

「ああ、分かってるよ。都合良く扱えると思ってるようなら、そいつを首から食いちぎるだけだ」


 テルグがそう言ってそっぽを向いた時、新たに食堂から人がやってきた。


「ああ、お帰りテルグ」


 クリシュナだった。酒の杯を持っていてもいつもの優男ぶりは変わりない。その後ろに、イシャンがぴたりと影のようについているのも相変わらずだ。


「『太陽』だっけ? 今日、会ったよ」

「詳しく聞かせろ」

「別に。普通に話しただけだよ。……それでも、我が強そうだなってのはわかったけどね」

「大きな子供だ」

「そうだね。でも、意図して子供でいようとしてる気がしたな」


 クリシュナが核心に踏み込んだ。


「馬鹿にみられたがってるというのかな。相手が自分を舐めてかかったところで、足をすくおうって感じなんだろうね。戦術としてはありだと思うけど、問題なのはそれが故意だってすぐわかるところだね」

「感情が全部顔に出てたからな」

「ははは、イシャンもそう思ったか。手合わせすればもっと詳しく分かっただろうけど、時間がなくてね。面白い子だなあ」

「……クリシュナ、気をつけろよ。女の恨みは怖いからな」

「え? 何が?」


 イシャンが冷たく言っても、クリシュナは何が悪かったのかわからない様子だ。戸惑う彼をよそに、イシャンはテルグたちに視線を送ってくる。


「あー、アレか」

「アレだ」

「アレですか」

「……ねえ、教えてよ。なんのこと?」


 クリシュナ以外全員が、なにが起きたかを読み取った。この男、顔面と武力と知力の釣り合いが大変よろしく、昔から女に取り巻かれなかった日がない。なのに当人に色恋に対する関心があまりなく、「なんだか人がいっぱいいるなあ」程度にしか感じないから余計に揉めるのだ。


「太陽と」

「木星」

「大変たのし……いえ、由々しき事態になりそうですねえ」


 うきうきと乙女のように胸元で手を組むドゥルーヴをよそに、テルグの思考は回っていた。昔からリディがクリシュナ狙いなのはわかっていたが、まさかそこにアイラも噛んでくるとは。


 まあ、アイラはあの性格だから本気で惚れたというよりリディへの嫌がらせだろうが──交渉材料のひとつには使えそうだ。揺さぶりをかけて、互いに醜態でもさらしてくれれば儲けものである。


 レーガートゥスの立場は、ドゥルーヴが言った通り非常に微妙なものだ。役職、商売、信仰──そういった、継続して富をもたらすものを、テルグの実家はほとんど持っていない。今までの立場は全て、武勲によって築き上げられたものだ。それを恥じることも間違っていると言うこともしないが、常に理不尽さは感じている。


 何故、前線で身体を張って戦い続ける兵たちが、後ろでのんびりしている貴族よりも少ない報酬に甘んじなければならないのか。彼らにもっと恵みを与えるために、王としてできることがあるのではないか。テルグたちは義務を果たしつつ何度もそう訴えてきたが、貴族たちの横槍で今までそれが実現したことはない。


 残念だと思うが、絶望はしない。人など当てにしても仕方ない、欲しいものは自分でもぎ取るのがテルグの流儀である。自分が、貴族を蹴散らして王になればいいのだ。今日の選抜は、その第一歩となるだろう。


 そう思って顔を上げると、ドゥルーヴと目が合った。彼は全て分かっているような顔で微笑む。頼りになる男だが、こういうスカしたところは昔から嫌いだったなとテルグは思った。




☆☆☆




 無事、試練の日々が終わった。重い使命を与えられた七人の娘は、それぞれの部屋へ戻る。大きな儀式を終えたことで、娘たちの顔には満足感がにじみ出ていた。──ただ一人を、除いては。


「お帰りなさいませ、リディ様」

「おめでとうございます」

「一同、嬉しく思っておりますよ」

「……ありがとう」


 壮麗、という言葉がそのまま当てはまる部屋だった。王の妃たちの中でも、正妃である第一妃には特に広い居空間が与えられている。


 華美を戒める家風のため、真紅に近い落ち着いた赤が全体的に使われている。しかし壁には目が痛くなるほどの細かさで、さまざまな姿の鳥たちが刻まれていた。決して安普請ではないと来客を威圧しているようだ、といつもリディは思う。


 リディが到着すると同時に、次々と出てくる使用人。揃いの不死鳥紋が刻まれた服に、同じ紋章が入った腕章。


 服と腕章はその者の所属を示す大事なものであり、家格の高い紋章を宿すことはこの上ない名誉とされている。貴族でも最高位のフェリクス家ともなると、タダでもいいから紋章服を着て仕事をさせてくれと言う者がいるくらいだ。


 その服をまとい喜びと誇りを持って仕えてくれている彼らに、リディはあいさつを返す。作り笑いを浮かべながら。大きすぎる期待は、リディにとっては時に困惑の対象となっていた。どうすれば、使命を全うできるのかと思考が袋小路にはまっていく。


 七人の中に残る、という確信はあった。しかし一番の大吉星、木星に決まるとは予想外だ。きっとそれにふさわしい活躍を求められるのだろう。自分にそれができるだろうか。家の名を取ってしまえば平凡な器量しかない己は、それに耐えられるだろうか。心の中から水のように湧いてくる困惑と不安は消えない。


「リディ、よく戻りました」

「只今、母上」


 音もなく母親が現れた。リディはため息を我慢してよかった、と心底思いながら頭を下げる。今までざわついていた廊下が、水を打ったように静まりかえった。


「詳しい話は奥で聞きましょう、おいでなさい。それと」


 母──王の第一妃、ヴリティカが振り返る。彼女の目が、動物のようにきらっと光った。


「この花を生けたのは誰?」

「……わ、私です」


 おずおずと、若い下女が口を開く。黙っていたところで、母は全ての下女の動きを頭に入れているから、立場が悪くなるだけだからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る