第15話 思わぬ慕情
風呂や厨房を通り過ぎ、階段を昇り切るとまた違う広間に出る。今度の部屋は吹き抜けになっていて天井が高く、きらびやかな装飾がふんだんに施されていた。柱や壁は全て金張りで、細かな植物の絵が彫り込まれている。
上方には中二階があり、そこから広間が一望できるようになっている。天井には四季の星空が描かれ、中央には無数の結晶を組み合わせた照明が鎮座していた。
「この部屋は客人をもてなすためのものだ」
「目がくらみます」
リディが言うと、忙しなくまばたきしながら、トリシャが答えた。
「確かに一番気合いが入っているな」
「外交にもはったりが大事ってね。やってきた相手に『こんなに財力があるのなら勝てないかも』って思わせとくのが大事なのよ」
リディが苦笑し、アイラが混ぜ返す。
「ここでは舞踏会もよく行われるから、四隅にある小部屋で着替えができるようになっている。お前もそのうち誘われるだろうから、覚えておくといい」
「でも、踊りなんてとても……」
「大丈夫、男に任せとけば。相手の足さえ踏まなきゃなんとかなるって」
踊りというのは、主導する男性の力量があれば見られるものになる。女性はそれがあるか見極める目が大事だ。そこまで考えて、アイラはふと山盛りになった釣書を思い出した。
アイラには、十二の頃から縁談が来ている。王族の女なら身を固めなさい、もう若くないのよと母にうるさく言われてもいた。カイラが結婚していないことを理由に逃げ回っているが、それもいつまでもつかわからない。いつかはきっぱり、自分は結婚も出産もしないと言わねばならないだろうが──
ここまで考えたアイラは、面白いことに思い当たった。
「ところでお姉様」
「なんだ、気持ち悪い」
「そろそろ結婚しないの?」
アイラがそう口にした瞬間、リディが耳まで真っ赤になった。
「ななななにを言う」
「だって、お姉様はもう二十三でしょう」
王の第三子のアイラだってやってくる縁談をさばくのに苦労しているのだ。リディなら、それこそよりどりみどりだったに違いない。これは皮肉ではなく、純粋な疑問だった。
「それは、なんだ。その。色々ある」
「ほう。具体的には」
「色々だっ」
普段は知らないことなどないと言いたげな長女が、やけに歯切れが悪い。さっきの意地悪な質問のお返しとばかりに、アイラは彼女の顔に己のそれを近づけて、からかった。
「──今日はずいぶん賑やかだと思ったら、リディじゃないか」
アイラたちの上方、広間の中二階から声が響いてきた。顔を上げそちらを見ると、若い男たちが立っていた。年はアイラより少し上、リディならば同年代といったところか。
片方は騎士だ。微妙に色合いが違う金属を縒って作った鎖帷子の上に、真っ黒な金属板を組み合わせた鎧をまとっている。背はアイラより頭ふたつは高いだろう。黒髪にやや日焼けした肌なのはわかったが、顔のほとんどが仮面で隠れていて、表情が全く分からない。
なぜだか彼を見る度、人間離れしたものの気配がする。しつこく見ていると、背中を駆けた。顔以上に、その感覚の得体が知れなくてアイラは困った。昔、人ならざるものに取り憑かれた女を見た時に感じたものと似ている。戦闘能力を重んじるレーガートゥスなら意図的にやっているのかもしれないので、アイラは言及を避けた。
もう一人は、目元涼しい絵に描いたような美男だった。彼も騎士と同じ鎧姿だが、立ち姿に品があり、貴族の出だとすぐに分かる。男性ではあまり見かけない肩まで伸ばした銀髪も褐色の肌によく映えて、全く嫌味ではなかった。こちらには何も嫌な気配は感じず、アイラは堂々と美形の癒やし効果を堪能する。
面白いことに、銀髪の男が顔を見せた途端にリディがそわそわし出す。──困惑しているが決して嫌がってはいない。いつもぴんと伸びた彼女の背筋が、行き場をなくしたようにたわんだ。
さっきの押し問答に答えを見つけたぞと、アイラはほくそ笑む。真面目な優等生は、男も王道の美男子がお好みのようだ。
「はじめましてー」
「君は……ああ、アイラ様。上からで大変失礼」
アイラは男たちに向かって、大きく手を振る。その身振りに気付いて、美男子が柔和な笑みを浮かべた。彼は礼をしてその場に膝をつく。従者もそれにならった。
「やめてよ、大げさね」
「僕はクリシュナ・アラケル・レーガートゥス。よろしくどうぞ」
彼の名を聞いたアイラは顔をしかめた。さっき火星に選ばれた女と、同じ姓を持っている。確かに褐色の肌に銀髪がよく似ている。穏やかそうに見えるが、彼も怒ると怖いのだろうか。
「知ってると思うけど。『火星』の役目をもらったテルグの遠縁だよ」
「そう。この人とはどういう関係?」
アイラは固まっているリディを指さす。相変わらず面白い顔をしている、と思った。許しを得て立ち上がったクリシュナたちも、その様子を見て笑っていた。
「リディは、僕と訓練所が一緒だったんだ。軍学校でも会ったしね」
貴族の子弟は文武両道が当たり前とされている。特別な事情がなければ、小さな頃から武術訓練所に送られて基礎をたたきこまれるのだ。そこで適性ありと判断されれば、軍学校に進むことになる。合わなければ、神学校や研究者たちの学校があるので鞍替えするのだ。
「へえ。じゃあ、幼なじみか」
「そういうこと。彼女の方が年上だったし卒業が早かったから、そんなに長くは一緒じゃなかったけどね」
リディを見ながら話すクリシュナの顔には、何の色も浮かんでいない。本当にただの友達だと思っている様子だ。アイラはそれを確認してから口を開いた。
「へえ。じゃあ、腕は確かね。一回手合わせしてほしいもんだわ」
「いつでもどうぞ、『太陽』の姫」
無茶な申し出にも、クリシュナは笑顔で応える。思っていたよりノリのいい男だ。アイラは楽しくなってきた。さっそく約束をとりつけようとして、上に向かって愛想を振りまいた。
「じゃあこれからどう? しばらく出撃はないし」
「そうだなあ……」
「ダメだ」
腕組みしたクリシュナに向かって、傍らの騎士が冷たく言う。クリシュナは何か言いかけたが、騎士の圧力がそれを許さなかった。
「これから会食の予定がある」
「……それまでには終わるよ」
クリシュナは口を尖らせる。彼の言い分からすると、アイラにならそんなに手こずらず勝てる、と考えているのか。見た目に似合わず自信家だ。流石、テルグの親戚だとアイラは感心した。
「ダメだ。着替えの時間や移動の手間も考えろ」
騎士に言われて、クリシュナは目を伏せた。
「ごめん。やっぱりイシャンの言う通りにするよ」
「ずいぶん態度のでかい護衛ね」
「長く仕えてくれてるから。うちの両親は僕の言うことより、こいつを信用するよ」
クリシュナが真面目な顔で言うので、アイラは吹きだした。もっと色々二人の関係について聞いてみたかったが、護衛の騎士が足踏みをし出したのでやめる。要らぬ恨みを買う必要は無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます