第14話 両雄、にらみ合い
アイラは息を吸い、気にするな、と言う風にうなずく。それを見たトリシャはようやく、内に入れていた肩の緊張をといた。
「話くらいは聞いていよう」
「はい。ご尊顔を拝見するのは初めてですが。……しかし、その死の詳細までは」
「周りの大人が話をしなかったのか」
「皆ひどく憤慨していましたが、なにぶん庶民なもので推測が入っており言うことがバラバラでした。母も語りたがりませんでしたし。王宮に賊でも入ったのですか?」
「ううん、外に出た時」
アイラはリディから話を奪い、前に進み出た。リディが嫌そうな顔をしたが、積極的に制止する素振りは見せない。抗議したいが、遺族になんと言ったらいいのかわからない風情だ。
「昔ねえ……と言っても十年くらい前なんだけど。虹の水を流す用水路が、泥に壊されて使えなくなってね」
特に庶民が多い六・七室の損傷が激しく、短期での修復は不可能だった。水が来なくなった地域は、たちまち悲鳴をあげる。その時、貴族が彼らのためにどれだけの水を出せるかで議論が沸騰した。
食料としてほとんど虹の水に頼らない貴族でも、燃料や薬品としてなら山のような消費をしていた。誰だって、できることなら不便な目はしたくない。その態度を見た国民はますます怒り、国王や王妃たちが仲裁に走り回る結果となった。国内が混乱したその弱みにつけこむように、外国の息がかかった男たちが動き出した。
「この地の恵みを狙う国は多い。あることないこと吹き込んで、民を扇動するものがいるのだ、今も当時もな」
いくらでも湧いてきて、食料にも燃料にも薬にもなる水。おとぎ話のような存在を欲しがる者はいくらでもいた。
最も熱心なのが、ドラガヌシュから見て西に位置する大国タリヴァールである。距離は近く、ドラガヌシュの最高の船を使えば四日で着くほどだ。龍の頭にも似た横に長い本土を維持した上で、海を隔てて向かいあう国々を次々に傘下におさめている。そんな国が、この好機を見逃すはずがなかった。
「……残念なことに、それは成功して小競り合いが始まった」
通路の修理を急ぐのは当然として、内戦になる前に、火種を消す必要があった。余計な仕事が増えたが、やらないわけにはいかない。幸い、役職や利得がからむ貴族の説得は順調だった。しかし、王族がいかに頼んでも態度を変えない庶民に対しては難航した状態が続いた。
「てことで、王は仲立ちになってくれる人を探したわけ」
幸い、適任者がいた。昔から禁欲生活を続ける行者たちがおり、そこの長に白羽の矢が立ったのだ。
「贅沢三昧の王族が和解を呼びかけるより、説得力があるだろうってね。彼らは既存の権力から距離をおいてたから、尊敬もされてたし」
アイラの言葉に、トリシャがうなずいた。
「ということで、王と第四妃は行者の待つ八室へ向かったわけ。他の住民に下手な疑いを与えないよう、こっそり少数でね」
「……どうして第四妃が同行を?」
「彼女は神官の家の出でね。行者とも面識があったから」
ここまでは順調だった。ところが、この展開を快く思わない者がすでに国内にいたのだ。
「外国?」
「ご名答。その邪魔は予想してたはずだった。囮もたてたし、情報も極力隠した」
しかし、計画が敵に漏れた。王たちが人気のないところにさしかかった瞬間を狙って、暗殺者が押し寄せてきたのだ。
「当人たちに考える余裕はなく、とにかく王の命を最優先に逃げた」
結果、王はわずかな手勢と共に脱出することができた。しかし、殿となった者は命を落としたのだ。
「それが第四妃?」
「そーね」
王家にとっては、最悪に近いといえる大失態だった。しかしこの事件をきっかけに国民同士のいざこざはぴったりなくなったのだから、不思議なものだ。
「彼女は神殿の出で慈善事業にも熱心だったから、顔を知っている国民も多かった」
「クセ者ぞろいの妃の中で、穏やかだわ美人だわ聡明だわで人気が高かったからね。亡くなったと知った時のみんなの落胆はすごかったわ」
昨日まであんなに揉めていたのが嘘のように、国内から戦の気配が消えた。焦ったのは仕掛けた方である。
「それは余計なことを」
「本当に」
もう引き返せなくなった敵は困った末に総攻撃を仕掛けてきたが、上がりに上がった士気の前には無力だった。
「そもそも正面から挑んで勝てないから、絡め手を選んだのに……殴り合いになっては意味がないのでは?」
「良い指摘だ、トリシャ。しかし、人は追い詰められると判断を誤る。結局、地獄を見たのは向こうだったとだけ言っておこう」
リディはトリシャの背中をたたいた。
「だからこそ、我々はどんな時にも余裕を残しておかねばならん。この通路のようにな……さ、行って見てこい」
「リディ様は?」
動く様子のない姉を見て、トリシャが首をかしげる。アイラは壁にもたれたまま、面白そうに長子と七子を観察していた。
「……ここで待っている」
リディは言葉を切り、無遠慮な視線を飛ばすアイラをにらんだ。トリシャはうなずき、唇をぐっと結ぶ。そして通路の中に消えていった。
「……二人とも通路に入ったら、お前が何をするか分からんからな」
「あら、信用ないのね。別にこっちを塞いだところで、街に抜けられるんだから死にませんけど」
アイラが答えると、リディが口元を歪めた。
「信用などなくて当たり前だろう。普段の行状の悪さ、忘れたとは言わさんぞ」
「忘れた」
そうアイラがのたまった次の瞬間、リディがため息をついた。通路のどこかから吹き込んできた風と混じって、怒りの感情が室内に充満していく。
「どうして、王を目指す。自由にしていたいなら適当なところに嫁に行け」
「ちょっと皆さんにはどいていただいて。ひたすら人に働いてもらいながら、楽で贅沢な生活がしたい」
「適当なことを言うな」
リディの黒い瞳が、アイラをとらえる。勘が鋭くて結構ですこと、とアイラは心の中から悪口を飛ばす。余計なことを言えば尻尾をつかまれるのは確実なので、かさの高い髪を指で梳いてため息をついた。
「もう一度聞く。何のために王を目指す?」
リディが踏み込んだ。アイラは言葉を返す。
「さあね。あんたの母親に聞いてみたら?」
狙って放った嫌味の破壊力は、予想したより大きかった。リディはただただ直立し、アイラは壁に背をあずけて薄笑いを浮かべながらそれを見ている。二人の間に沈黙が流れた。しかし、それはわずかな間だけだった。
「戻りました」
突然トリシャが姿を現す。急いで戻ってきたのだろう、彼女の頬は赤く染まっていた。リディの前に立つと、トリシャは素早く手ぐしで髪を整える。
「よくやった。街のどこに出るかも理解したか?」
「はい」
「ならいい。行くぞ」
リディは最後にアイラを見たが、それ以上何も言わなかった。
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