第11話 さっそく作ろう素敵なコネ

 祭司はアイラを見て一瞬渋い顔になった。


「……貴殿の参加の経緯は褒められたものではないが、戦果は確かなものだった」

「もっと褒めて」


 アイラが小声で言った要望は、まるでなかったかのように祭司の耳を素通りしていった。


「凶星とはいえ、現王もかつてこの星の力を借りて戦った。その名に恥じぬよう、使命を果たしなさい」

「そうね。私が王になるんだから、沢山経験しとかないとね」


 アイラが言い返す。もはやリディで決まった、と大半の人間が思っていたところに、この尊大な発言。だらけきった大人たちには刺激が強かったようで、従僕や兵士たちが目を見開いた。


「その発言は……」

「次の王は私よ」


 アイラが言い返すと、祭司は首をふった。言っても無駄、と早々に悟ってくれたようである。彼は間違いなく自分の仕事をこなすことに専念し始め、重い祈祷書を胸まで引き上げた。その奥には、紅い宝石がふんだんに埋め込まれた剣の鞘が見える。あれが、アイラの父が使い──そして自分が受け継ぐ「太陽」だ。


 父の後を継ぐのは自分。自らの運命は決まった。アイラは、残りの人生全てを賭けてそう信じ続ける。それを口に出す代わりに、自分が扱うべき剣を見つめた。本当はおそるおそるなのを悟られないように、手を伸ばして一気にそれをつかみとる。


「だから他のみんな。生まれた時代が悪かったと思って、諦めてね」


 アイラは宣言する。その瞬間、頭上の太陽から黄金の光が降り注いだ。きん、と金属が鳴動するときのような心地よい音がする。


 尊大な発言を聞いた周囲のざわめきが徐々に大きくなっていく。アイラは光と音の両方をあびながら、広間中央に立っていた。



☆☆☆



「さて、儀式で一発かました効果はいかがかね」


 アイラは上機嫌で、儀式の間を後にした。他の娘たちは、堂々とした宣告にさぞかし感銘をうけたことだろう。特にリディは、自分をさしおいた発言に動揺しているはずだ。滑り出しは順調。この勢いのまま、有力な娘を自分の味方につけるのだ。


「お、発見」


 アイラの視界の隅を、リディが歩いている。背筋が伸びたその姿は、とても気落ちしているように見えない。その上抜け目なく、トリシャを伴っていた。アイラは腹立ちまぎれに、手で自分の太ももを叩いた。


 行動が速い。動揺するどころか、先手を打たれている。アイラは柱の陰から、姉たちの会話を盗み聞きし始めた。


「地方行政については、トリシャの方がよく知っていよう」

「はい。各室はいくつかの区に分かれています。そこで一定の条件を満たした十五歳以上の国民が、投票によって各区評議会の人員を選び、さらに別の投票で各区の管理者が決まります。この二つが、地方政治における権力者となる」

「管理者と評議会の関係は?」

「管理者が政策を議会に提示し、評議会がそれを審議するのが通常の関係です。ただし、評議会は管理者が不適と判断した場合、『とっとと辞めろ』と辞職をすすめる能力を持ちます。ただし管理者は評議会を解散させ再選挙を行う権限を持ちます。『お前たちも失職するかもしれんが、それでも俺を告発するのか』ということですね。ゆえに、対立することもできる関係であるといえます」


 すらすらと言った後、トリシャは恥じたように口をおさえた。


「どうした」

「時々聞き苦しい発言がありました、お詫びいたします」

「構うな、異母姉妹にもっとひどいのがいる。続けてくれ」


 ひどいの扱いされたアイラは、黙って舌を出してやった。


「……地方の最高官である各室長だけは王の直接任命となり、特定の室が国の方針に背いていないか判断する責を負い、地方行政を最終的に調整しています。こんなところでよろしいでしょうか」

「ああ。ただ、国政になると少々勝手が違う。国民が投票できるのは新月院の議院のみとなる。満月院は……」

 

 そこからずらずら長い話が続くのは読めたため、アイラは思わずあくびをした。


「隠れているのは知っているぞ」


 いきなり声をかけられて、アイラの体が痙攣した。仁王立ちになったリディが腰に手を当てて、厳しい目つきでこっちをにらんでいる。アイラは太い柱の影から、そろそろと半身を出した。遠くで見るより、リディの顔がいっそう厳しく見える。


「やあ、お姉様」

「柱の陰でこそこそと何をしている、妹よ。油断したところで、寝首をかくつもりでは?」


 リディがぼそっと言った。姉に痛いところをつかれて、アイラの心拍が跳ね上がる。掌に嫌な汗をかき、舌がもつれた。


「ちちち違うもん」

「ああ言っているが、どう思うトリシャ」

「……そういうことにしておいては」


 長女と七女はそう言いながらうなずきあう。敵の親交を深めるだけの結果に終わった浅知恵を恥じながら、咳払いをする。アイラは苦し紛れに話題を変えた。


「ところで、何を話していたの?」

「政治機構について、トリシャに聞かれていたので答えた。そうだな、トリシャ」

「私の認識では、不十分なこともあるかと思いまして」


 トリシャ自身は王座を狙っていないと言っていたが、それにしては貪欲である。ある程度、うまくやりたいという気持ちは持っているようだ。


「私はトリシャに宮殿を案内する。来たければ同行しても良いが、邪魔はするなよ」

「そっちはセーラムじゃないの」


 宮殿は大きく二つに分かれている。男性が活動する左側のセーラムと、右側にある女性たちのハレムだ。互いの行き来は制限されており、王の娘でも例外はない。


「父上から許可はもらってある。くれぐれもよろしく頼むと、逆に感謝されたぞ」

「へええ」


 アイラの嫌味は、あっけなく撃ち返された。真面目ちゃんに根回しで勝てるわけがなかったと、アイラは肩を落とす。大きな首飾りが、笑うように鳴った。


 その間にもリディとトリシャは、廊下の向こうに消えていく。アイラは悪態をつきながら、二人の後を追う。リディ抹殺でなく、後学のためだ。


 この数年、アイラは宮殿の左半分にほとんど足を踏み入れなかった。そのため、記憶はぼんやりしている。自分は知らないのに、リディは把握している。それは気位の高いアイラにとって、我慢できないことだった。吐き気をこらえて長い廊下を進む。


 儀式の間の前を早足で通り過ぎると、大広間に出た。ここからは男たちの仕事場、セーラムの始まりだ。宮殿の左側に入った途端、内装が赤から青に切り替わる。壁の細工も絵画も絨毯も、全てだ。


 男所帯だからといって地味だということはなく、数百人は楽に入れる広さの空間に、天井から下がった結晶きらめく装飾照明が華を添えている。壁際には椅子が並び、時折その間に扉が顔を見せていた。


「ここから先の小部屋は文官たちの仕事場。議員、官ともに利用している」


 ちょうどリディがさっきの説明の続きをしているところだった。



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