第8話 いずこからの支援

 彼女の発破のもと、灰色の鎧の騎士たちがたち動いている。役立たずを下がらせて現場を整理するリディの統率力とはまた違う、完全に攻めにかかった軍事寄りの指揮だ。


 テルグ・インクルシオ・レーガートゥス。その名前が、アイラの脳裏に浮かんだ。武家の名門、レーガートゥス家出身の第五妃が生んだ子だ。


 レーガートゥスといえば、生まれてすぐの赤子を虎のうろつく森に放置したとか、海底洞窟に潜らせたとか……とにかく物騒な噂が絶えない家である。ここで育ったというか試練をくぐり抜けた連中はどいつもこいつも気が荒く、刃向かう者には容赦なくその鍛え上げた武術をくらわせる死神たちだ。


 そんな逸話を知らない鮫たちが、彼女に近づいていく。体をくねらせ、体重ののった痛打を与えようとした。


「おっと!」


 しかしそんな甘い動きは読まれている。テルグは長斧で攻撃を弾いた。


「わざわざ寄ってきてくれて、ありがとうな!」


 彼女の放った斧先が、鮫の首元にひっかかる。均衡を保てなくなった個体が、せめてもの抵抗として鰭をばたつかせるが、テルグは力尽くでそれを押さえ込む。哀れな鮫は結局、周りの個体まで巻きこんで斜めに倒れた。


「今だ、撃て!」


 敵の動きが止まったところで、狙いをつけていた砲手が砲弾を発射する。地を揺るがす音で撃った、と分かった次の瞬間には、アイラの目の前で爆炎があがっていた。とっさに耳をふさぐ。砲撃は数分にわたって続き、発射されたのは十数発にもなった。アイラが顔を上げた時には、小型の鮫たちはすでに砕け散っていた。


「……ちっ、やっぱり効率悪いな」


 ほとんど犠牲なく敵を倒しても、テルグは浮かない顔だった。砲弾を浪費したのが気にくわないらしい。その不機嫌な表情のまま、テルグが傍らに立っていた栗色の髪の女に声をかけた。


「おいユクタ姉、お前も気張れ」

「あら、どうしましょう」


 振り向いた女の顔は、まるで神が完璧に作ろうと心を砕いたかのように整っている。ここに集まった乙女たちはそろってなかなか良い面なのだが、その中でも群を抜いて華のある顔立ちだ。発した声まで心地よい響きを伴っており、叫んでもいないのにアイラの耳に飛び込んでくる。その正体は、王の第二妃の子、ユクタ・レギーナ・ステルラであった。


 粗暴なテルグに呆れたのか、ユクタは煮え切らない返事をした。


「ダメです! ここは僕たちが……」

「ユクタ様は必ずお守りしますから」


 流石絶世の美女。いつの間にかユクタの周りには、鼻の下を伸ばした取り巻きたちがひしめいていた。選別者でもないのに、いったいどこから湧いて出たのだろうか。しかし、殺気のこもったテルグの視線をうけると、男たちは全員が海老のように腰を折ったまま後ろに下がる。


 その間に、ユクタの側にあった砂地が大きな音をたててえぐられる。二人とも跳びすさったが、舞い上がった土煙が大量でまるで火事の後のようだ。それをもろにあびたテルグが、もう一度口を開いた。


「……ユクタ姉。やるのかやらねえのか、どっちだ」

「では、ふつつか者ながら参加いたしますわ」


 テルグににらまれ、ユクタは槍をとった。その端正な顔には、怯えも恐れも浮かんでいない。中に無数の金針石が入った水晶が槍先についていて、ようやく上がってきた日の光を浴びてきらめく。


「ごめんなさい」


 横からやってきた敵に、そのままユクタは一発突きを食らわす。その速さに、アイラは自分の目を疑った。


 突きは迷いがなく、槍は一直線に進んだ。寸分違わず、鮫の目をとらえている。かん高い声をあげながらのたうち回る鮫に対し、ユクタはぐいと距離をつめた。膿臭い体液が彼女にかかるのを見た取り巻きから、一斉に悲鳴があがる。


 しかしユクタはそれにひるまず、槍を抜いて再度突いた。今度は鮫の喉に槍先を突き刺して、確実に息の根を止めた。彼女がにっこり微笑むと同時に、風が吹いてきて化け物の臭気をぬぐい去って行く。


「やりゃできんじゃねえか」


 迅速な動きに、テルグも文句をつけなかった。アイラが逆に苛々と唇をかむ。ユクタの母は有名な商業貴族の出であり、芸術を愛する歌姫だ。荒事には弱いだろうと思ってアイラは軽く見ていたのだが──その見立ては甘かったようだ。今までユクタが黙っていたのはできないわけではなく、「やりたくなかった」だけなのだろう。


 彼女も警戒しておく必要がある。アイラは二人の存在を心に刻み、その場を離れた。鮫の背中を蹴ると、背中に対角線の切れ込みを入れる。よろめいた相手を、そのまま斬った。ぬかるみを避けて地面に着地し、呼吸を整える。ほどけてきた長い髪を、再度しっかりくくった。


「しかし、なかなか暴れるねえ」


 テルグ、ユクタ、誘導をやめたリディ──実力者たちが戦いに加わっているが、鮫はまだ数十体も残っている。武器使用者の選別試験も兼ねているため、一般兵が「泥」を遠巻きにしているせいだ。


 この中で一番強い個体を潰して士気を削げば目立つ。アイラはそう思って、群れを見た。積極的に攻めている個体もいれば、後ろでこそこそしている奴もいる。さて、どれが主だろうか。見た目だけでは区別がつかない。記憶をたどったが、欲しい情報はさっぱり浮かんでこなかった。こういう時だけ、己の不真面目さを悔いたくなる。


「あの……」


 悩んでいたアイラの横で、気の弱そうな声がした。


「ん?」

「ゴメンナサイ」


 ただ振り向いただけなのに、少女がひとり怯えた表情で遠ざかっていく。なんだコノヤロウ、と言いかけてアイラは本能的に思いとどまった。


「あんたは……」


 自分の母と同じくらいの小柄な体に、特徴的な白髪と気弱そうな目。胸には大きな魔法書を抱え、生まれたての毛獣のように四肢を震わせている。間違いない。アイラは少女を呼び止めた。


「ラニ、言いたいことがあったんじゃないの?」

「う、うん……」


 ラニ・セナートル・スタクルム。高名な研究者であった第六妃の娘。さっきから目を付けた相手が王の娘……すなわち異母姉妹ばっかりだ。通りで父親が、自分の参戦を嫌がるわけである。


「言いなさいよ。信用するから」

「聞いてくれるの?」

「あんた、最初の襲撃も警告してたでしょ。誰も気付かないうちに」


 アイラが指摘すると、ラニの顔がわずかに紅潮する。彼女は分厚い本を開きながら言った。


「あのね……鮫は相手の力と体格を重視する。だから、一番体の大きい奴が大将格だよ。さっさとやっつけてくれないかなあ」

「ははん」


 アイラはうなずく。ラニは昔から相当な怖がりだ。誰でもいいから、さっさと戦闘自体を終わらせて欲しいのだろう。数いる乙女の中からアイラを選ぶとは、なかなか見る目があるではないか。


「ありがと。これだけの候補の中から、私を選んだのは正しかったわよ。すぐ片付けてあげる」

「選んだというより、一番ヒマそうだったから」

「…………おい」


 低い声をあげると、ラニはアイラが反応する前に逃げてしまった。追いかける手間も惜しいので、アイラは駆け出す。


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