第6話 六つの武器

 アイラの国は、領地を十二に分けている。そのひとつひとつは「室」と呼ばれていた。室と室の境目は結晶製の壁で区切られ、時々虹色の光を放つ。


 美しいだけでなく、この素材はいかなる武器でも傷つけることはできなかった。しかも、どんな建物よりも背が高い。新兵達が壁上の警備を命じられた際、まず膝をやられるほど長い階段が待ち受けているのだ。


 自然、室を移動したい時には合計二カ所しかない門を通ることになる。門扉はまだ開かれていたが、その前には鋭い目つきの兵が立っていた。彼らの向こうに、アイラの目指すべき白石造りの王宮が見える。


 門兵には父から「アイラを通すな」と伝達がいっているだろう。アイラはそれを見越して、長い髪と顔を衣服で隠していた。


 神殿の下働きに化け、急病人のために物資を持ってきた体にしてもらったのだ。脅し混じりに頼みこまれた神官は、「絶対に自分の名前を出さない」ことを条件に、衣装の貸し出しに同意した。


 本物の衣装のおかげで、さして怪しまれることもなかった。アイラは兵の前を通り、街に入ろうとした。その直前、横手から声をかけられる。


「行くのか、王女様」


 声音に聞き覚えがあった。アイラの幼なじみで、ここを守る部隊の小隊長にまで出世した男だ。アイラは前を向いたまま答える。


「よく分かったわね」

「その程度の変装が見破れない無能が、小隊長じゃ困るだろ」

「ははは。賢い賢い。じゃあ、止めても無駄ってことはわかるよね」

「さっさと行け。俺は何も見なかった。……ただ、色々あったからな。元気そうで安心した」


 一瞬、アイラの息が詰まった。それを押し隠して、無理に笑顔を作る。


「言いたかったのはそれだけだ」

「……うん。ありがとう」


 アイラは気を取り直して礼を言う。自然にこぼれた笑みとともに、街に足を踏み入れた。


 王宮やその周辺で生活していると慣れてしまうが、やはりこの室は他の追随を許さない。アイラは真っ先にそう感じた。


 柔らかな色の石材の中でも、最も高級な白に近い色合いのものばかりで作られた家々が見える。しかしそれは道から見るとわずかに屋根をさらしているだけだ。


 その前に広がる、美しく整えられた庭園が様々な花や樹木の見事さを競いあっている。門から伸びる大通りからは格子状に岐道が伸びていた。


 いつもなら、そこを車が行き交っている。王宮のある一室は貴族の中でも特に位の高い族しか住めないため、出歩いているのは大抵が使用人か兵だ。それでも一室の住人という事実が、彼らの背筋を美しく伸ばしている。


 しかし今日は、車が全く見えなかった。アイラが直進する間に会ったのは、行き交う兵だけだ。彼らは手に道具袋を持っていて、各所に有る水路の門を次々に閉じて回っている。「泥」の出現が近い証拠だ。


 水がなくなった水路は、月の光を受けている。四角に組まれた石の上にわずかに残った水が虹の光を放っているが、赤い鎧姿の兵士たちによってきっちりと拭き取られていった。


 水路に従って進めば、自然と王宮が見えてくる。しかし神官が厳戒態勢の中、王宮に近づくのは不自然だ。アイラは通りの陰に入ると、そこで神官衣を脱ぎ捨てた。下に着ていた神殿兵装備があらわになる。目立つ髪を無理矢理布で覆って荷物のように抱え、アイラは平然と歩き出した。


 そろいの鎧をまとうと、兵士たちはひどく無機質に見える。彼らの注目を集めないよう、アイラは涼しい顔で王宮前の広場へ向かった。いつもは水を噴き上げている飾り付きの噴水が止まり、大きな時計だけが真面目に時を刻んでいる。さらに奥へ進むと、ようやく王宮が見えてきた。


 アイラの頭が自然と持ち上がる。首を軽く動かした程度では、王宮の全貌をとらえることはできない。一室は東に向かってなだらかに昇っていく地形になっており、その最後部に王宮が建っている。


 高台に据えられた王宮には丸屋根がついた塔が並び立ち、複数の建物が寄せ集まってひとつの集落を作っている。周りには広い庭園が配置されており、茂った木々は緑でこれに稀に花の色が混じる。夏には高温になるこの国であっても、常に潤沢な水と緑に囲まれた空間をこの世の天国に例える者もいた。


 この規模に比べると、いかな大貴族の屋敷でも小さく見えた。法で、王宮の半分以上の建物を作れないよう規制しているから当然の結果だが。そして他所では使えない純白の石を組み合わせた円屋根が、アイラの侵入をとがめるように高みからこちらを見下ろしている。それは、王宮を護る守護神のようだった。


 アイラは王宮の横を抜け、湖に向かって進んだ。その湖に向かって立つ門がある。頭上に時計、腹に運命を回す車輪の装飾。両側に宝石を散りばめた塔を従え、門は虹色の水面と相対していた。外から来る者を迎えるためなのか、中の者が出て行くためのものなのか──古からある建造物に意味を持たせようと人々は骨を折ったが、それに明確な答えは出なかった。


 季節は春。水面は穏やかで、今昇りかけた太陽の光を受けてきらめく。門の周りに、選別を受けるために集まった者たちがひしめいていたが、快適な状況に馴染み余裕の表情で談笑していた。


 濡れ鼠の姿でそこに現れたアイラは、当然皆の失笑を買った。あまりにも沢山の笑い声があがったため、アイラは水面に波が立ったように感じる。下を向くと負けた気がするため、両足に力を入れて思い切り大地を踏みしめた。


「何、あれ。みっともない」


 中にはあからさまに口に出す者もいたが、息を切らしていたアイラは言い返しはしなかった。──後で覚えてろよ、と心の中でつぶやく。


「アイラ様」


 選別を担当する祭司が近づいてくる。彼は位が高いことを示す金糸入りの衣装をまとっていたが、アイラはひるまなかった。


「間に合ったわよ。参加させて」

「お父上から止められたはずでしょう」

「親父殿は『ダメ』とは言いませんでした。『手配する』と言われたので、参加できるはずです」

「今更、そのように言われましても……」

「さっさと武器を出せ」

「いけません」

「じゃあ、その辺の弱そうなのから取るわ」


 アイラはそう言って背後を見やった。選抜会場にいるのは二百を超える乙女たち。彼女らは全員、女性の正装である丈が短い上着と足元まである下巻を身につけている。


 衣装は選抜の結果には全く関係ないのだが、各々の家が見栄を張ろうと頑張った結果、目にもまぶしい装飾が狭い範囲にひしめいていた。そして彼女たちは全員、優雅な衣装に見合わぬ武器を手にしている。


 剣。

 槍。

 長斧。

 弓。

 魔法書。

 機械銃。


 六種のものものしい得物が揃う。これは選別のために生み出された特別なもので、かわりの武器を買ってきてなんとかするというわけにはいかない。

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