第5話 いざ選抜会場へ
アイラはすぐに、いい返事をして部屋を出た。折り合いよく、父がハレムの広間でくつろいでいるのを見つける。常人より一回り大きな体と、自分にそっくりの黄みの強い金髪は見間違いようもない。
彼は王らしくもない弛緩しきった表情で、玉と黄金で彩られた椅子に座っていた。議会で、相当絞られたものとみえる。今なら疲れているから、攻めるにはうってつけだ。
飛び跳ねながらやってきた娘を、腰掛けた父が怪訝な目で見つめた。
「お父様、惑星武器の試験を受けさせやがれ」
「それで『うん』って言う父親はいないと思うけどね」
父は長いため息を吐きながら、頭上に広がる装飾を見上げた。白地に赤い宝石と硝子が散りばめられた大輪の花型照明も、彼の憂鬱を取り去ってはくれない。アイラに逃がす気がないからだ。
「ねえねえー」
アイラはこれ以上ないほど父に媚びた。どうせだからと、鍛えて丸太のようになった腕にしがみついてやる。やや不快な加齢臭がしたが、構うものか。没交渉の父なら、これだけ甘えれば十分なはず、とアイラの頭の中で計算機が鳴っている。
「ねえん」
「……分かったよ。参加できるよう手配しよう」
しばし粘ると、父は困り果てた様子で両手を上に上げる。やはり父は自分には甘かった。慣れないしなまで作って、無理した甲斐があったとアイラは心の中で快哉を叫ぶ。
「試験会場の近くまでいく船があるから、それに乗れるよう手配しておくよ。他の参加者も一緒にいるから、喧嘩しないように」
「はあーい」
アイラは弾む足取りで、休憩室を出て行った。その時、父が意味深にこぼしたため息の意味には気付かずに。
☆☆☆
アイラが暮らす国では、領土中に運河が行き交っている。庶民は屋根のない月型船で移動するのが普通だが、今回アイラのために用意されているのは大きな竜をかたどった飾り船だ。竜は大きな珠を抱いており、そこが船室になっている。
まだ夜で、空に白い月が出ていた。星たちは遠慮するように、その周りで控えめに輝いている。
夜明け前の風が通り抜ける。張り切りすぎて眠れなかったアイラは目をしばたきながら伸ばされた橋を渡って船室内に入る。ぎしっときしんだ音が耳をひっかき嫌な予感がしたが、自分を奮い立たせて乗り込んだ。
船室は濃い青の壁と床に、白い家具が配置された落ち着いた空間になっていた。乗客の男女が、ばらばらに座ってくつろいでいる。乗ってしまえば外の音はほとんど聞こえない。安普請の船ではないようだ。
乗客たちもその静けさを楽しんでいるのか、話し声はなく、室内は静かなものだった。この中の誰かも、選抜に参加するのだろうか。
今回の選抜に参加できるのは、アイラと同じ年頃の女だけのはず。緊張感を持って周囲に目を走らせていると、船が動き出す。候補になりそうな者が数名混じっていることを確認し、目線が船室の端まで届いたとき、ふとアイラの胸に奇妙な感覚がよぎった。
鎧姿に大斧、顔に傷を持った戦士風の者。
不思議な馬がうつった水晶球を抱え、本を読む者。
うとうとと眠りかけているように見えて、手に持った銃を決して離そうとしない者。
肌の色も年齢もばらばらな中、怪しげな面子はいくらでもいた──しかしアイラはその面々を無視し、隅で弓の手入れをしている黒髪の若者に近づいていった。そしてぶしつけに話しかける。
「ねえ、あんた」
「はい?」
「いつ頼まれたの? 私の見張り」
アイラが切り込むと、若い男だけでなく室内全ての人間が不自然な動き方をした。ここで自分の予測に確信を持ったアイラは、拳に息をかけながらじりじり若者との距離をつめていく。
「あ……あの」
「うんうん、事情は分かってるよ。王に頼まれたら、嫌とは言えないもんねえ」
アイラは口の片方をつり上げて笑う。身内から「気持ちが悪い」と絶賛されている、怒ったとき特有の笑い方だ。
「だったらさ、今度は王女のお願いも聞いて欲しいなあ。いいよね?」
「い、いえ……私には何のことだか」
「いいでしょ?」
「こ、困ります。手を離してください」
「いいって言え」
最後は無理矢理だったが、ようやくアイラは若者の口を割ることができた。彼はアイラの母が管理する、神殿兵の一人だった。
「……わかりましたよ。しかし、どうして気付かれてしまったのかな。ここ数年、御身の側にも寄っていない身分なのですが」
「その数年前が印象的でね。貴重な本を読みに入ったところをあんたに捕まって怒られた。だから印象に残ってたの」
アイラは、一度会った人間の顔と行動は苦労しながらも覚えるようにしている。特に、自分と対立していた場合は死んでも忘れたくない。
「気にしなくてもいいよ。覚えてるだけで恨んではないから。さ、さっさと吐け」
「揺すらないでください」
若者は眉をひそめてから、ようやく本当のことを話し出した。
「王から頼まれまして。アイラ様を選抜が終わるまで休暇に連れ出してほしい、しかし本人にはバレないようにしてくれと」
「ほおん。他には?」
「いえ、他意はないでしょう……娘を失いたくないという親心からなさったことかと。分かってさしあげてください」
「知らん。本当の選抜場所を教えろ。嘘ついたら呪う」
哀れな若者から場所を聞くやいなや、アイラは窓を開けて運河に飛び込んだ。いつもまとまらない黄金の髪が、水中で生き物のようにうねる。獅子のたてがみ、と言われたこともある。量もあって一旦くせがついてしまうと頑固だから、いつも侍女を半泣きにさせている髪だ。
「その髪は、太陽の色ね。お父様と同じ」
しかし昔、そんな風に言ってくれた女性もいた。
水面から顔を出した。大きく息を吐き、裏通りによじ登る。怪訝な目で見てくる身なりの良い住民を振り切ってアイラは歩いた。石畳が高級で、いくつかの色石を組み合わせて様々な模様を作っている。
数分歩けば大通りに出た。そこの交差点に刺さっている金属柱に、通りの名前が記載されている。住民なら、それを見れば自分がこの国のどの辺りにいるかすぐわかる。「アダマス」という四文字の単語を、アイラは脳裏に刻みつけた。
道の名前と町並みに見覚えがある。まだ、本当の選別場所である王宮から遠くへは来ていない。出発場所だと思っていたのがまさかの目的地だった。選抜は王宮のそばで行われる。今まで完全に、アイラは父に裏をかかれていた。
もうすぐ一般民の避難が完了する。必要な物資は近くの神殿に駆け込めば、なんとかなるはずだ。アイラは大きく腕を動かし、歩き出した。
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