第12話

 明日は土曜日。またまた姫子とスピリチュアルカウンセラーに会いに行く予定だ。

 仕事帰りにスーパーで調達したお惣菜をつまみに、だらだらとチューハイを飲みながら動画を視聴する週末の穏やかな時間——。

 携帯が鳴った。

 姫子が明日の予定の確認にかけてきたのかと思ったが、予想が外れて相手は母親だった。

「もしもし、どうしたの?」

『急に悠一の顔が見たくなって。お母さん明日そっちに行くね』

「そう……、わかった」

『どうしたの? もしかして何か予定でもあった?』

「いや、大丈夫。駅まで迎えに行くから、時間がわかったら教えて」

『そうするわね』

そう言って母は電話を切った。

 ——さて、明日のスケジュールを変更しないといけない。先ずは姫子に連絡だ。

 俺はいつものように綾瀬家の固定電話にかけた。

『はい、綾瀬です』

姫子の声だ。

「もしもし、悠一だけど。悪い。急な用事が入っちゃって、明日行けなくなった」

『そうなんだ……。わかった。じゃあ、また今度ね』

「来週の土曜日にしよう。カウンセラーには俺から連絡する」

『ありがとう。ちなみに……、急な用事って何?』

「明日、母親が遊びに来るんだよ」

『悠一のお母さん? ——じゃあ、わたしも会っておいた方がいい?』

「は、何で?」

『その……、将来のお嫁さんとしてご挨拶しておこうかな、って』

声色から電話の向こうで顔を真っ赤にしているのがわかる。

「………………」

『ちょっと! 悠一、何か言ってよ!』

「東堂と会った時も俺と結婚するって言ってたよな。本気なのか?」

『本気だよ。冗談でそんなこと言わないよ』

本気だったのか……。確かに姫子は可愛いがまだ子ども。一体どうやって断ったものか——。

「あのな、気持ちは嬉しいけど、俺は大人で姫子はまだ小学生だろ?」

『年の差なんて関係ないよ。芸能人だって、年の差カップルがたくさんいるでしょ?』

「それはまあ、そうだけど……」

『悠一はわたしのこと嫌い?』

「いや、好きだけど……。男女の愛とは違うというか——、さすがに姫子のことを女性として見れないよ」

『悠一はロリコンじゃないもんね。でも大丈夫。わたしが大人になればいいだけだもん』

「そうかもしれないけど……、姫子が大人になるまでに、たぶん俺は結婚してるよ?」

『ダメ。そんなこと許さない』

「ダメって、おまえ……。誰と結婚しようが、俺の自由だろ?」

『…………じゃあ、いいよ』

「いいのかよ……。何でいきなりダメがいいに変わるんだ?」

『だって、悠一とわたしはツインソウルだから。結局は結ばれる運命だもん』

ツインソウル、姫子と初めて会った時に出てきた言葉だ。

「おまえ、ツインソウルなんて信じてなかったじゃないか」

『そういえば、初めて会った時、わたしをおばさんたちから助けてくれたよね。悠一——』

姫子はあの時を思い出してうっとりしているようだ。

「おい、話を聞けよ」

『お節介な人だって思っただけだったけど、一緒に過ごしている内に悠一の優しさが身にしみたっていうか……。それに一緒にいるとすごく楽しいし……』

「話を聞けって」

『——何だっけ?』

姫子が会話に戻って来る。

「前はツインソウルなんて信じてなかっただろう?」

『うん、ヨハンさんの声が聞こえる今でも半信半疑だよ。でも、信じることに決めたの。その方が希望があるから』

あれほどスピリチュアルを拒絶していたのに、今では随分と考えが変わったようだ。

 節操がない、とか一貫性がない、という見方もできる。でも、俺はそう思わない。むしろ柔軟に考え方を変えられるのは良いことだ。以前に会ったスピリチュアルカウンセラーのヴェントレス浅地やこの前の東堂みたいに、考えが凝り固まってしまう方が問題がある。

 子どもだから柔軟でいられるのか、それとも姫子自身の個性なのか、それはわからない。

『——で、お母さんとはどれくらい振りに会うの?』

「そうだな……。先月も来たから一ヶ月振りかな」

『え、そうなの? わざわざわたしとの予定をキャンセルするくらいだから、数年振りに会うのかと思った。——っていうか、それなら、先に約束してたわたしの方を優先しないとおかしいよ』

「そうか?」

『そうだよ!』

「普通、親を優先するものだろ?」

『簡単に会えない間柄ならね。でも、そうじゃないんでしょ?』

「まあ、電車で一時間くらいだし。二、三ヶ月に一回は会ってるな」

『ほら!』

「まあでも親だし」

姫子は電話口でため息をついた。

『…………悠一はロリコンじゃなくてマザコンだったんだね』

「マザコン……かなぁ?」

『そうだよ。普通の男の人はそんなに頻繁に親に会ったりしないよ。わたしのお父さんもおじいちゃんやおばあちゃんに会うのは、夏休みかお正月のどちらかだけだよ』

「それはアレだろ? 田舎が遠いんだろ?」

「ううん。群馬」

さっき、マザコンだと言われてドキリとした。昔つき合った彼女にも言われたからだ。だから“違う”と強く否定することが出来なかった。

「実は、幼い時に父親が事故で亡くなって、ずっと母子家庭だったんだ。それで、他の人より母親に思い入れが強いのかもしれない」

『そうだったんだ……。それは大変だったね』

父子家庭に育つ姫子が俺を気遣う。

「姫子だって大変だろ?」

『うん、でも悠一も可哀想……』

なんだかしんみりとしてしまった。——が、それは一瞬のことだった。

『——でも、二、三ヶ月に一回は会い過ぎだよね』

「まだ言うか?」

『だってそう思うもん』

「別にいいだろ。姫子に迷惑かけるわけじゃないんだから」

『明日の予定がキャンセルになっちゃったんだから、迷惑かかってるよ』

「……ったく。しつこい奴だな」

『お母さんに頻繁に時間を取られて嫌じゃないの?』

「嫌じゃない……けど、煩わしく思うことはあるかな……」

『お母さんに言わないの? 『あまり構わないでほしい』って』

「そんなこと言えねーよ」

『どうして? 親子なら遠慮せずに言えるでしょ?』

「いや、だって、可哀想だろ」

『でもそれじゃ、悠一は、煩わしいのをずっと我慢しないといけなくなるよ?』

「それでいいよ。大した我慢じゃないし」

『でも——』

「もう遅いから小学生は寝る時間だぞ」

『明日は休みだから大丈夫だもん』

「ダメだ。成長期なんだからたっぷり寝ろよ。じゃあな」

『ちょっと、悠一——』

多少良心が痛んだが、姫子がまだ何か言おうとしているのを無視して電話を切った。あの調子じゃ、簡単に納得しそうにない。

 何をそんなにこだわってるんだろう? 母親に頻繁に会うことが、悪いことだとでも思っているのだろうか?

「よくわからん」

独り言を呟いて、一時停止しておいた動画を再生した、

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