第11話
東堂と姫子はカフェで会うことになった。もちろん俺も同席する。
「姫子ちゃん可愛い! お人形みたい!」
姫子を一目見るなり東堂は歓声を上げた。
「あ、ありがとうございます……」
姫子は褒められることに慣れていないらしく、顔を真っ赤にして照れている。
「ねえ、姫子ちゃん、わたしを霊視してみてよ」
「霊視——というより、守護霊に聞いてみるだけですけど……」
「うんうん、やってみて!」
姫子は目を閉じて集中した。それを東堂は興味津々に観察している。
程なくして、姫子が目を開いた。
「東堂さんは完璧主義の人だと言っています。その性格が良い方にも悪い方にも働いているって」
横で聞いていて、確かに、と思った。
東堂は仕事の精度が高いものの、スピードがない。急ぎの場面では、やきもきさせられることもしょっちゅうある。
「特に恋愛については、完璧を求めすぎると、相手が見つからないそうです」と姫子は続けた。
「すごい、当たってる! 姫子ちゃん、本物だね!」
東堂は姫子の手を握った。
「それで、わたしはどうすればいい?」
「——えっと……」
姫子は顔はそのまま、視線だけ左上の方に向けた。もしかしたらヨハンさんの声は左上から聞こえるのかもしれない。
「『相手のダメなところを探すんじゃなくて、良いところを見るようにしなさい』って言ってます。あと、『直感を信じなさい』って」
「うーん、それは自分でもわかってるんだけどねえ……。他には何かないかな?」
「他に、ですか? ちょっと、待ってください」
姫子はさっきと同じように視線を左上にやった。
「他にアドバイスはないみたいです」
「そっか——」
東堂は残念そうにため息をついた。
「——すみません」
「いいの、いいの。わたしが勝手に期待しただけだから、気にしないで」と両手を胸の前で振る。
「期待って、何を期待したんだ?」
「守護霊さんが完璧な人を見つけてくれないかな、っていう期待です」
東堂はカフェラテをくるくるストローでかき混ぜた。
「ふーん、ちなみに完璧ってどんな人なんだ?」
東堂はよくぞ聞いてくれました、とばかりに力説した。
「顔はジャニーズ系で、スタイルが良くて、オシャレで、優しくて、わたしのことだけ愛してくれて、スポーツ万能で、実家がお金持ちかつ本人の稼ぎもよくて——あと、大事なポイントは長男じゃないこと、かな」
いくら何でも全部盛り過ぎるだろ。
もし俺が「好きなタイプは、可愛くて、スタイルが良くて、優しくて、尽くしてくれて、料理の上手な人です」とでも言おうものなら、周りの女性からめちゃくちゃ非難されるに違いない。やっぱり、世の中、男女平等ってのは嘘だ。
「スポーツ万能って必要か?」
「大切なことですよ。運動神経って遺伝するみたいですから」
東堂が胸を張って答える。
「姫子ちゃんもそういう人がいいでしょ?」
今度は姫子に水を向けた。
「えっと、長男じゃないって、どういうことですか?」
「それはちょっと……大人の事情かな。で、姫子ちゃんどう?」
「うーん、まだ彼氏とかよくわからないですけど、一緒にいて楽しい人がいいです」
「えー、それだけ? 姫子ちゃん可愛いから、将来は彼氏を選び放題だよ?」
「それじゃ、加えて、話が合う人がいいです」
「もう! ちゃんと考えておかないと、変な男に捕まっちゃうよ!」
女の人は本質的に恋愛話が好きなんだな、と思った。相手が小学生でも好みのタイプとか聞いちゃうんだから。
「わたしなら大丈夫です。大人になったら悠一と結婚しますから」
さらりととんでもないことを言う。好かれているのは嬉しいけど、姫子はまだまだ子ども。変に傷つけたくもないし、俺はどういうリアクションをすればいいのだろう……。悶々と考えを巡らせていると、東堂がキッと俺を睨みつけた。
「相沢さん! ロリコンは犯罪ですよ!」
否定しようとしたところで、すかさず姫子が東堂をなだめる。
「理沙さん誤解しないでください。悠一はロリコンじゃないです。ちゃんと大人になってからお付き合いしますから大丈夫です。わたしのことより、理沙さんの話をしましょう」
当事者である俺の意思が確認されないまま、元の話題に戻っていく。良かった。正直、口を開かずにすんで、ほっとした。
「ついさっきヨハンさん——わたしの守護霊が『理沙さんの言う完璧な人を見つけるのは無理だ』って言ってました」
「えーっ‼︎ そうなの⁈ 今までたくさんのスピリチュアルカウンセラーに見てもらったけど、そんなにはっきり言われたの初めて……」
東堂は少なからずショックを受けたようだった。
「ごめんなさい。でも、気を落とさないでください。完璧な人じゃなくても、理沙さんに合った人が見つかるそうです」と姫子がフォローする。
「でも、それって普通の人でしょ? そんな相手じゃ嫌なのよ……」
彼女にさっきまでの明るさはない。余程こたえたようだ。
「どうして、そんなに完璧な人にこだわるんですか? 自分が好きな人なら、それでいいと思うんですけど——」
「どうして、って……。普通の人と一緒になったところで、普通の生活が待っているだけだし。それじゃ満足できないと思うの……」
「でも、相手が好きな人なら、それって幸せな生活じゃないんですか?」
姫子が首を傾げる。
「姫子ちゃんは純粋だね。わたしも『好きな人と一緒になれるならそれでいい』って、前は思ってたけど……。今はなんか、普通が物足りないっていうか……。ごめんね、自分でもよくわからない」
「それじゃ、質問を変えますけど、理沙さんの想像する幸せって何ですか?」
「それは……、お金に余裕があって、大好きな旦那さんと子どもに囲まれて暮らすこと、……だと思う」
東堂は慎重に言葉を選んで答えているようだった。
「それなら、別に完璧な人じゃなくてもいいと思います」
「そうよね……。姫子ちゃんの言うことはよくわかるわ。でも、わたし今までたくさん努力してきたし、絶対にいい人が現れるって……、そうじゃないと報われないって思ってしまうの」
「努力って、どういう努力ですか? 花嫁修行とかですか?」
東堂は首を振った。
「違うわ。たくさんスピリチュアルカウンセラーにアドバイスをもらったり、恋愛に御利益のある神社まで行ったりすることよ」
俺の頭に“?”が浮かぶ。果たしてそれって努力っていうのか?
「……それだけですか?」
姫子も同じことを思ったようだ。
「それだけって言うけど、結構お金もかかるし、大変なのよ?」
「いや——でも、そんなことを続けてても、出会いが生まれるような気がしないんですけど……」
「お見合いパーティとかは嫌なの。売れ残りの男の人しかいないような気がするし……。何か、こう——特別な、運命的な出会いがほしいの。わたしを幸せな世界に連れて行ってくれるような……」
東堂は「はぁ……」と深いため息をついた。
「でも、姫子ちゃんの見立てじゃ、そんな人は現れないんだよね……。わたし、幸せになれないのかなぁ……」
場が重たい空気に包まれる。二人を会わせる前は、よもやこんな雰囲気になるとは思わなかった。
騒がしい店内で俺たちの周りだけ静まり返っていた——。暫しの間があって、ずずっとココアを飲み干した音。ふぅ、と一息ついて、姫子が口を開いた。
「そんな考え方をしている内は、幸せになんてなれないでしょうね」
東堂が驚いて目を丸くした。もちろん、俺もびっくりした。
「姫子ちゃん、いくら何でもそれは酷くない?」
東堂の声色には怒りが混じっている。
「だって、理沙さんは男の人に頼りっきり。しかも待ってるばかりで、自分の力で幸せになろうとしてないじゃないですか」
「あなたは子どもだからわからないと思うけど、女性がひとりの力で幸せになるのは難しいことなの。男性は経済的にも有利だし、恋愛も男性が主導権を握るものよ」
「かといって、行動を起こさないと何も変わりませんよ?」
「そんなことわかってる。だから何とかしてほしくて、あなたにアドバイスをもらいに来たのよ」
「ヨハンさんの言葉はちゃんと伝えました。『相手のダメなところを探すんじゃなくて、良いところを見るようにしなさい』『直感を信じなさい』。そしたら——」
「わたしの相手は特別で完璧な人じゃなきゃ嫌なの!」
東堂が姫子の言葉を遮った。
そろそろ仲裁しないと不味い——と思ったが、時すでに遅し。
「愛のない人が愛されるわけないでしょ‼︎」
姫子の右手は氷だけになったプラカップを握り潰していた。
「ちょ、何? 何を言っているのよ? 姫子ちゃん興奮しないで、ね?」
自分だって今しがた大声を上げていたのに、まるで姫子だけが、怒っているかのように言う。——けど、今はとりあえず姫子を大人しくさせるのが先決。
「姫子、まあ落ち着けって」
「だって、あの人が先に噛みついてきたから! 悠一はわたしの味方をしてくれないの⁈」
「敵とか味方とか、そういう問題じゃないって」
「そういう問題なの!」
「えぇ……、そうなの?」
姫子は頑として譲りそうにない。
「どっちの味方なの⁈」
「……じゃあ、姫子」
ここで東堂という選択肢はないだろう。場が余計にややこしくなる。
「ちょっと、相沢さん!」
「すまん東堂。——で、どうして東堂が愛のない人になるんだ?」
華麗に話題転換を図ってみる。
「悠一はそんなこともわからないの?」
「いやまあ、何となくはわかるけど……」
「相沢さん、どういうことですか?」
東堂は、自分に問題があるなんて釈然としない、といった様子だ。
俺は姫子に視線を投げかけた。
「いいよ。悠一が説明して」
許可(?)をもらって話を始める。
「東堂の場合、恋愛の対象となる男を利用しようとしているように聞こえるんだよね。どういうことかって言うと——特別じゃない自分だけど、特別な男に愛されたら特別になれる、みたいな」
「そんなつもりは……」
「『無い』って言い切れるか?」
「………………」
東堂は答えることが出来なかった。
「悠一、指摘するだけじゃダメ。ちゃんと対応も教えてあげないと」
姫子が俺を指導する。俺はいつから姫子の門下に入ったのだろう?
「そうだな……、えっと——、どうすればいいんだ?」
わからずに姫子に助け舟を求める。
「理沙さんはありのままの自分を認めて愛してあげるべきです。誰だって——理沙さんだって特別で、たくさん苦労してきているから、ちゃんと自分をケアしてください」
小学生とは思えないようなことを言う。それが、ヨハンさんからもたらされたものなのか、それとも、これまでスピリチュアルを仮想敵として勉強してたからなせる業なのか、俺にはわからない。
「子どもが偉そうなことを言わないで……」
「おい、これでも姫子は東堂のことを想って話してるんだから——」
「余計なお世話!」
彼女は財布から千円札を取り出すと、それをテーブルに叩きつけて席を立った。
「帰ります!」
「おい、スピリチュアルカウンセラーを紹介してくれるんじゃなかったのか?」
「そんなの、絶対に嫌!」
振り向き様に言い捨てて、彼女は店を出て行った。
俺は姫子の正面、東堂が座っていた席に移った。つい先日も同じようなことをした覚えがある。
「悠一、ごめんね」
姫子が潮らしく言う。
「何が?」
「会社で理沙さんと顔を合わすのに、今度から気まずくなっちゃうから……」
「ああ、確かに……」
明日のことを想像するとちょっと気が重い。
「でもまあ、姫子が悪いわけじゃないから、謝る必要なんてないよ。俺があいつを連れて来たわけだし」
「人ってなかなか考えを変えられないんだね……」
「そうだな……。指摘やアドバイスはできるけど、そこから先は本人次第ってことか」
「難しいね……」
時計を見た。時刻はまだ15時を過ぎたあたりだ。
「気晴らしにどこか遊びに行くか?」
「ん〜、映画が観たい」
「プリキュアか?」
「そんな子供っぽいのなんか観ないよ」
「何が上映してるか知らないし、とりあえず行ってみよう」
俺と姫子は努めて明るく話しながら、映画館に向かった。
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