第9話
土曜昼過ぎ、俺と姫子はカフェでスピリチュアルカウンセラーが現れるのを待っていた。
今日のカウンセラーはヴェントレス浅地。
「わたしスピリチュアルカウンセラーになるんなら、プリンセス姫子って名乗ろうかな。可愛いくない?」
「まさか、スピリチュアルカウンセラーやりたいのか?」
「ううん、絶対やりたくない。でも、名前を考えるのは楽しいでしょ?」
「プリンセスって日本語で姫だから、同じ意味になるぞ。姫姫子とかプリンセスプリンセスとか」
「何ソレ、めっちゃ可愛い」
俺もよく知らないけど、昔プリンセスプリンセスってバンドがあったらしいぞ——と言いかけたところで、待ち人が現れた。
例によって、見た目は普通の中年女性だ。
料金を渡して、早速話を始める。
「ヴェントレスさん、ブログで『守護霊からメッセージを受け取ってる』って書いてましたよね? わたしも最近聞こえるようになったんです。それで、何かアドバイスとかもらえたらと思って——」
「あら、そうなの?」
ヴェントレスは親指と中指でストローの先を摘むと、おちょぼ口でカフェラテを吸った。
多くの場合、カウンセラーの所作は上品なのだが、どこかわざとらしさを感じてしまい、正直言って鼻につく。
「どういった声が聞こえるのかしら?」
「男の人で、声が……、うーん、声というより、意味が直接頭に届く感じです。でも、男の人ってわかるんです。ちょっと説明が難しくて……ごめんなさい」
「こういう仕事をしているから、守護霊——人によってはガイドとも言うわね——と繋がってる人はたくさん知っているのだけど、あなたみたいな若い人は聞いたことがないわ」
「そうですか……」
「気を落とさないで。小さい頃から精神的な世界と接点を持つのは、素晴らしいことよ」
「わたしは、これからどうすればいいですか?」
「その守護霊とよく対話するのがいいと思うわ」
それを聞いて姫子は「あっ!」と手を叩いた。
「そういえば、わたし、自分から話しかけたことがないです」
姫子は居住まいを正してそっと目を閉じた。守護霊に語りかけているのだろう。時折、うんうん、と相槌を打つような素振りをする。——しばらくして、姫子は目蓋を開いた。
「何だって?」と思わず口を挟む。
「うん——。とりあえず、ご挨拶して、それから名前を聞いてみた。ヨハンさんっていうんだって」
「他には?」
「『スピリチュアルは嫌いだから出て行ってください』ってお願いしたら、『お前を導くのが使命だから無理』って言われちゃった」
二人の会話を聞いていたヴェントレスは苦笑いした。
「世の中には、守護霊と交信したいと思っている人がたくさんいて、あなたはとても幸運なのよ?」
「そうなんですか? わたしにとっては、交通事故にでも遭ったようなものです」
「せっかくコンタクトできるんだから、快く受け入れた方がいいわ」
「…………はい、そうするしかなさそうですね」
「——とはいえ、色々と不安があるでしょう。あなたには、わたしのような相談できる先輩が必要かもしれませんね。よかったら、毎週この時間に会うのはどうかしら?」
「……でも、わたし、お金がなくて……。親には内緒にしておきたいんです」
「そうなの……、それはとても残念ね——」
いやいや、先輩風吹かせておいて、小学生からお金取るつもりだったのかよ。どうしてスピリチュアル系はこんなにがめついんだろう? …………ったく、仕方ないな——。
「料金は俺が払います」
「え?」と姫子が驚いて顔を上げる。
「ダメだよ、悠一」
「子どもが遠慮するな」
「でも、悪いよ」
「週に一回だろ? 大したことないよ」
「…………もしかして、将来、わたしの身体で返済させる気?」
「は? アホか! 冗談でも人前でそんなこと言うな! 誤解されるだろうが! どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ⁈」
「え? 将来じゃなくて今?」
「いい加減怒るぞ!」
「ごめんごめん。でも、本当に払ってもらうわけにはいかないよ」
俺と姫子のやり取りを聞いていたヴェントレスが痺れを切らした。
「姫子さん、この方のお言葉に甘えてはどうかしら? その方があなたのためになると思うわ」
「ほら、この人もこう言ってることだし」
「う〜ん……、ちょっと待ってね」
姫子は腕組みして考え込んだ。
しばらくの間そうしていたが、次に彼女の口をついて出た言葉は、まったく思いがけないものだった。
「——ヴェントレスさんって、本当に守護霊の声が聞こえてます?」
「——え?」
ヴェントレスの表情が一瞬で強張った。
「ヨハンさんが、あなたにそんな力はない、って言うんです」
「ちょっと姫子。いくら何でも、それは失礼だろうよ」
「悠一にお金を出してもらうなら、尚のこと確かめておきたいんです。どうなんですか?」
「もちろん……、聞こえているわよ」
「本当に?」
「本当よ。どうやって証明したらいいか、わからないけど」
「それじゃあ——、何か悠一のことを言い当ててみてください」
ヴェントレスの拳にギュッと力が入る。頭に血が上った証拠だった。
「冗談じゃないわ! わたしをテストするって言うの?」
「そうです。サービスとしてお金を稼いでいる以上、能力を示す義務があるはずです」
姫子の口調は冷静だった。ヴェントレスの目をジッと見据えている。
「はあ⁈ やってらんない! わたし、帰るから!」
バンッと音を立てて席を立つ。
その調子から察するに、姫子の言う通り、守護霊と交信できない線が濃厚だ。俺はすっかり本物だと思い込んでいた。
「途中で放棄するなら、お金は置いて行ってください」
「嫌よ! ここまで出向いてきたんだし、タダにするわけにはいかないわ!」
「ちょっと、あなた!」と今度は俺に視線を向ける。
「『あんたの娘は頭がおかしい』って親に言っといて頂戴! そもそもねぇ、付き添いのあなたがちゃんと面倒を——……」
「ふざけるなあっ!!」
姫子の怒号はヴェントレスのセリフをかき消した。大人を圧倒する女子小学生、綾瀬姫子。店中の視線が俺たちに突き刺さる。
「頭がおかしいのはお前だ! 人を騙して、金を巻き上げて、それで満足か⁈」
姫子に気圧されていたヴェントレスだったが、すぐに勢いを取り戻す。
「うるさいわね! あなたに何がわかるって言うの⁈」
「わかる! 全部わかるもん!」
「はあ⁈ 何出まかせ言ってんの⁈」
「旦那さんが家を出て行って、お金を稼がないといけなくなったんでしょ⁈」
「——っ‼︎」
ヴェントレスが言葉を失った。
「でもね、後ろめたい方法でお金を手に入れても、絶対幸せになんかなれないからね!」
「——それでも、お金がないと生活できないでしょ……。これまで働いたことがなかったから、他に何をしたらいいのかわからないのよ……。そもそもこの年じゃ、就職するのも大変で……」
「日本でそう簡単に野垂れ死になんかしない! お金がないと不安になっちゃう心を変えるの!」
「そんなの理想よ……」
「変えるの! そうしないと、ずっと追いかけ回されるような感覚でいることになっちゃうよ?」
「——そんなこと、わたしには無理。……もう、嫌。あなたとは関わりたくないわ。お金、置いて行くから」
そう言って、ヴェントレスは店を出て行った。
「散々だったな……」
俺は、姫子の正面——ヴェントレスの座っていた席に移った。
「…………うん」
「ヴェントレスの家庭の事情も、ヨハンさんが教えてくれたのか?」
「そう。『諭してあげなさい』って」
「そうか——。マジですごいなヨハンさん」
「せっかく教えてもらったのに…………、わたし、あの人を変えることができなかった」
俺は姫子の頭をワシャワシャと撫で回した。
「ちょっと! 悠一、やめてよ!」
「生意気を言うな。子どもに諭されて改心する大人なんか、そうそういるもんじゃねーよ」
姫子は「むうっ」と膨れた。
「来週、他のカウンセラーに会ってみよう。今度は本物の能力者を見つけないとな。俺も色々調べてみるよ」
「悠一、ありがとう。頼りにしてるね」
それは、今日一番の微笑みだった。
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