第5話
ルミナーラ安藤を皮切りに、姫子と俺のスピリチュアルカウンセラー潰しが始まった。
姫子の手口はこうだ。
まずは、相手に霊視(?)させる。それから、不自然な点、矛盾する点を突いていく。
よく突くポイントのひとつ目は、安藤の時のような中世ヨーロッパ史。
姫子が前世を見てもらうと、ほとんどのケースで中世ヨーロッパ国のお姫さまと言われた。
「小さな女の子なんだから、前世がヨーロッパのお姫さまだと言われるとうれしいでしょ?」という、奴らの浅はかな考えが透けて見えるようだ。
そこで、すかさず歴史的におかしな点を突く。
中世ヨーロッパの歴史は複雑だ。特に、イベリア半島、神聖ローマ帝国あたりが狙い目だった。ルネサンス前後のイタリアも。
そしてもう一つは、エネルギー関連。カウンセラーによっては、波動とも言う。
「姫子さんに癒しのエネルギーを送ります」からの「それって、どんなエネルギーですかぁ? 電磁波?」「いいえ、電磁波ではありません」「じゃあ、物理学上の“強い力”? “弱い力”? それとも磁力や重力?」
「どれでもありません」「そんなエネルギーじゃ、何かに作用を及ぼすなんてできないですよね」っていうのが、ひとつのパターン。
それ以外には、同じ質問からの「電磁波です」「波長は?」というパターン。可視光線レベル、つまりエネルギーが目に見えるというのは、ありえない。可視光線より波長が長いと、エネルギーが弱くて効果がない。一方で、波長が短くなるにつれ、人体に有害になっていく。X線やガンマ線がそうだ。中には強者、「波長は極めて短くて、プランク定数以下です」と言うカウンセラーもいた。その場合、「それは原子の構造を考えるとおかしいですよね?」と反撃してみるものの、論破まで持って行くことは難しい。
姫子は超天才というわけじゃない。ただ、ポイントを絞って、スピリチュアル系を論破するための理論武装を装備しているだけだ。それでも、小学生がこれだけのことを勉強するには、並々ならない努力があったことだろう。姫子の執念がそれを可能にした。
その日もスピリチュアルカウンセラーとの戦いを終えた俺たちは、帰路についていた。
「悠一、あそこに行ってみようよ」
姫子は前方の建物を指差した。
「どうして?」
「あれって、新興宗教の施設なんだって。ちょうどこの時間に集会をしてるみたい」
「……まさか殴り込み?」
「うんっ!」
彼女の視線は、真っ直ぐその建物に注がれている。
これまではカウンセリングだったから相手はひとりだったけど、集会となるとそうはいかない。
「なあ、さすがにそれはやめとこう」
俺の制止を無視して、姫子はズンズン歩いていった。
「ちょっと! おいおい……」
仕方なくついて行く。
「初めての方ですか?」
エントランスでおじいさんに声をかけられた。
「はいっ。お話を聞いてみようと思って。見学できますかぁ?」
出た。いつもの戦略的愛嬌。
「そうですか。それではご案内します。こちらへどうぞ」
おじいさんは嬉しそうに俺たちを先導した。
このご時世、宗教に興味を持つ若者は珍しいのだろう。
薄暗いホールに入ると、壇上で初老の女性が説教をしているところだった。
「皆さんが思いの籠もった波動を送ることで、大切な人の病気を治すことができます」
おじいさんに勧められて、一番後ろの席に座る。周りを見渡すと、みんな話に聞き入っていた。両手を合わせて拝んでいる人もいる。
「さあ! 皆さん、両手を頭の上に組んでください」
全員、言われるがままに手を組む。もちろん、俺と姫子以外。
「病気に苦しんでいる大切な人を想って、一緒に真言を唱えましょう」
厳かな雰囲気の中、真言が唱えられた。それは、まるでお経のようで、全く意味不明な言葉の羅列だった。
そして、5分程度で唱え終わると、ホールに沈黙が訪れた。
「——はいっ!」
沈黙を破ったのは姫子。右手をピンと伸ばした見事な挙手。全員の視線が一斉に俺たちに注がれる。
「見ない顔ですね。見学の方ですか? どうされました?」
壇上の女性が発言を促した。
「お話を聞いて思ったんですけど、皆さんが送っている波動って、どういうものですか? 電磁波ですか?」
論破パターンのひとつ、エネルギー・波動のジャンルだ。姫子のペースで議論が進む。
「電磁波なんて、難しい言葉を知っているのね。わたしたちの波動は、電磁波じゃないのよ」
「じゃあ、物理学上の“強い力”? “弱い力”? それとも磁力や重力ですか?」
「どれでもありませんよ」
「そうなんですね——。でも、そんな波動じゃ、人体に作用を及ぼすなんて、できないんじゃないですか?」
「…………わたしたちの波動は、そういう科学的に分析できるものじゃないの」
相手の表情が気色ばんできた。
「科学的に分析できないんだったら、再現性も無いってことですよね? つまり、病気が治ったとしても、単なる偶然と区別がつかない」
「…………あなた、一体何を言いたいの?」
姫子はすっくと立ち上がった。
「こんな波動なんて、まやかしだっていうことです!」
「——いいえ……、確かに波動によって、病気を治療することができます。現に、癌が完治したケースだって——」
女性の声は怒りに震えている。
「科学的に再現性が示せない以上、そんなものは効果の証明になりません! 病気を治したのは、医者や本人の治癒力であって、こんな所でお経を唱えても、何の意味もありません!」
「あ、あなたねぇ、一体どんな権利があってそんなことを言うんですか⁈ 真言によって神がわたしたちの祈りを聞き入ってくれるんです。罰当たりな子どもね——。保護者はどこにいるんですか⁈」
保護者はわたしです、と俺が名乗る前に姫子は宣言するだろう。「神は死んだ!」と——。
でも、そうはならなかった。
これまで黙って聞いていた聴衆が騒ぎ始めたからだ。
「先生! 波動で主人を治すことはできないんでしょうか⁈」
「このまま息子は助からないんでしょうか⁈」
ホールのそこら中から悲痛な叫びが上がった。すすり泣く声も聞こえて来る。
——しまった……。やっぱり来るんじゃなかった。これは想定外だ。どうして無理にでも止めなかったんだろう。
ここにいる人たちのほとんどは、誰か身近な人を助けたい一心で祈っている。姫子の言う通り、祈りが病気や怪我を治すことなんてないと思う。でも、そういう現実を突きつけて、彼らの希望を奪う権利が俺たちにあるだろうか……。
「…………姫子、謝ろう。姫子の言うことは間違ってないと思うけど、残酷で思いやりのない言葉だよ——」
姫子は————、まったく怯まなかった。
「甘ったれるな! 現実を受け止めろ! 神は死んだ!」
あたり一面を睨みつける。
「いい歳して現実逃避をするな! 強くなれ! 自分を持て! 頼るな!」
「おい、姫子、もう止めよう」
俺は姫子の身体を抱え込んだ。
「帰るんだ」
「嫌だ! わたしは負けない! 負けたくない!」
俺は全力抵抗する姫子を無理矢理抱き上げてホールを出た。後ろでは、まだ怒号が飛び交っている。
エントランスでは、あのおじいさんが悲しそうな目で俺たちを見送った。
「すみませんでした」という俺の声は、きっと小さ過ぎておじいさんの耳に届かなかったと思う。
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