第2話

「名前を聞いてもいいかな?」

西日が照らすアスファルトの上を彼女と並んで歩いた。聞けば、家はウチのマンションからかなり近いらしい。

「綾瀬姫子。あなたは?」

「相沢悠一」

「——そう」

姫子は興味なさそうに呟いた。

「もし良かったらだけど……」

「——何?」

「ツインソウルってどういう意味?」

また怒り狂ったらどうしよう、と思って恐る恐る聞いたが、そんなことにはならなかった。

「何度生まれ変わっても最後には必ず結ばれる運命の相手、みたいな感じ」

「へえ、姫子ちゃん詳しいんだね」

「姫子でいい」

「……なんであんなに怒ったの?」

「嫌いなの、そういうの信じてる人たちが」

「どうして?」

「——言いたくない」

「そっか、ごめんな」

それから少し歩いて姫子の家に着いた。

「じゃあ、俺はこれで——」

「お礼にお茶とお菓子をご馳走するから。上がって」

姫子はガチャリと鍵を回した。

「大したことじゃないよ。子どもが気を使うもんじゃない」

「いいから、上がって」

「いやいや、遠慮するよ」

「上がって。でないと、わたし悠一の家までついて行くからね」

強情な子だ。それに、いつの間にか呼び捨てにされている。

「——わかった。じゃあ、お邪魔するよ」

「ただいまー」と言う姫子の言葉に、家の中から返事は聞こえてこない。

「家に誰もいないの?」

「うん。お父さん会社」

「お母さんは?」と訊こうとして、慌てて口をつぐんだ。家庭の事情があるのかも知れない。

——にしても、マズくないか?

女子小学生ひとりの家に上がり込むのはさすがに良くない。

「俺、やっぱり帰るよ」

「ウチに誰もいないのを気にしてるの?」

「そりゃあね」

「もしかして、悠一、ロリコン?」

「違うわ。ってか、よくそんな言葉知ってるな」

「みんな知ってるよ。お父さんがロリコンは家に入れるな、って。ロリコンじゃないなら大丈夫。上がって」

「それじゃまぁ……、オジャマシマス」

キレイに片付いたリビングに通され、勧められるがまま、ソファーに腰掛けた。

「——どうぞ」

姫子がお盆にコーヒーと羊羹を乗せてキッチンから出てくる。

「ありがとう。いただきます」

——美味い。インスタントじゃない、ちゃんとドリップしたコーヒーだ。ちょっと酸味がある。コロンビアかな?

「美味しい?」

「美味しい。コーヒー淹れるの上手だね」

「いつもお父さんに淹れてあげるの」

「そりゃ、お父さんも喜ぶだろう」

ふふっ、と姫子は気分良さそうに微笑んだ。

「ねぇ、ちょっと見て」

彼女はテレビを点けもうひとつの小さいリモコンを手に取ると、YouTubeを起動させた。

「悠一、ツインソウルとか、そういうのに興味があるんなら、見てほしい動画があるの」

そう言って、リストからひとつの動画を選んだ。

 それは何かのセミナーのようだった。講師が聴衆の一人を前に立たせてインタビューを始める。

『あなたはどこの星から来ましたか?』

ドコノホシカラキマシタカ?

『プレアデス星から来ました。地球のエネルギーが汚染されていないか調査するために』

男が大真面目な顔で答える。

『それで、どうですか? 地球のエネルギーは汚染されていましたか?』

『以前より汚染レベルが低下しているようです。ディープステートの力が弱まっていることと無関係ではないでしょう』

『それ以上、日本語で話すのは危険ですね』

『そうですね。宇宙語で話しますか?』

『お願いします』

『ブキムソエヲキホネンモヒユホトーモヌツ、ホネワ——……』

『ザカタロテビノツホテントコウリテネテノテユメソテヨテソウ——……』

画面の二人は訳の分からない言葉で話続けた。

「——どう?」

姫子は一旦動画をストップした。

「どう、って……。奇妙な人たちだね——」

「そんな控えめな言い方じゃなくて、もっと正直に言って」

「頭おかしいな、コイツら」

「でしょ?」

姫子は満足そうに笑った。

「スピリチュアル系の人も色々なの。守護霊の声が聞こえるってレベルは大人しい方。ひどいのは今の人たちみたいに宇宙語を喋ったり、『大統領とか世界のエライ人たちはレプタリアンっていうトカゲ人間だ』って信じてたりするの」

「へえ、そうなんだ——」

21世紀、令和の世の中にあって、そんな人たちが存在するなんて、ちょっと信じられない。

「この動画も見て」

次もセミナーの様子が映し出されていた。愛や自分らしさについて講義している。

「——どう?」

「ん、まあ……、いいこと言ってると思うけど——」

「スピリチュアルって、教えとか考え方自体は変じゃない部分が多いの。わたしも『そうだね』って思う。でも、現実じゃないこと、ツインソウルとか、そういうのを信じているところが嫌」

「なるほどねー」

公園の様子からは想像できないくらい、姫子は“すぴりちゅある”というのを冷静に評価しているようだ。

「あと、スピリチュアル系の人が嫌。なんか偉そう。それに、お互いにマウンティングしている感じ」

小学生が“マウンティング”なんて言葉を使いこなすのか——。世も末だな。

「次の動画は——」

「いやいや、もう十分。よくわかったよ」

「ダメ! ちゃんと見て勉強して。わたし、あのおばさんたちみたいな人、この世にたとえ一人でも増やしたくないの!」

なるほど、俺を無理矢理家に上げたのは、動画を見せるためだったようだ。

「見てくれないと、悠一に乱暴されたって警察に言うから!」

…………嵌められた。やっぱり帰っておいた方がよかった。

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