スピリチュアルなんて嫌いだ
@a5065478
第1話
コンビニからの帰り道。早く家に戻ってゲームの続きをするつもりだったのに……。
俺は異様な光景に足を止めた。
公園では、中年女性、つまりはおばさんたちが、小さな女の子を取り囲んで怒鳴り声を浴びせている。
見てしまったものは、助けないといけないよな……。
足早に公園に入ると、俺はおばさんたちの輪に割って入った。
「ちょっと、どうしたんですか? 大の大人が小さな子どもに寄ってたかって」
「な、何よ、あなた。いきなり、どういうつもり?」
声をかけてはじめて俺の存在に気がついたのか、すぐ右のおばさんが目を丸くした。
「それは、こっちのセリフです。大人が子どもをいじめてどうするんですか」
「そんな、いじめなんかじゃないのよ。ちょっと、この子に注意をしてただけで……」
“いじめ”という言葉に、マズイと思ったのだろう。別のおばさんがしおらしく弁解した。
「そんなふうには見えませんでしたよ」
「ええ……、まあ、そうね。ちょっと興奮しちゃたかも、美咲さんが……」
「え、わたし⁈」
右のおばさんが自分を指差した。
「だって、こうなったのは、美咲さんのことが原因じゃないの」
「でも、優子さんたちだって、一緒にこの子に注意してたでしょう?」
「それはそうだけど……」
何やらおばさんたちは責任のなすりつけ合いを始めたようだ。
「——君、大丈夫?」
俺はしゃがみ込んで女の子に目線を合わせた。
「大丈夫、別に叩かれたわけじゃないし。なんとも思ってない」
小学校の中学年から高学年くらいだろうか。長い黒髪と赤いワンピースが似合う、綺麗な顔立ちの子だ。大人たちに囲まれて、全く気後した様子がない。
「そう、それは良かった」
とりあえず、怖い思いはしていないようで一安心した。
「元はと言えば、この子が生意気だから悪いのよ」
右のおばさんがおもむろに女の子を指差した。
まったく、気に入らないからって、子どもを指差すなんて。少し頭にきた。
「一体、この子が何をしたって言うんですか? とても悪い子には見えませんけど」
俺は語気を強めた。
「あのね、実はね、美咲さんの旦那さん、浮気しているらしいのよ」
「——は?」
俺の右手では、美咲さんらしき人がポカンと口を開けている。「見ず知らずの通行人に、デリケートな家庭の事情をはなすなんて」と驚いているのだろう。確かに。この優子さんなる人の無神経さには俺も驚きだ。
「でね。その話をしてたら、いきなりこの子が入ってきて『愛し合っていないなら離婚しなさい』なんて言うのよ」
「別に間違ったことは言ってない」
女の子はぶっきらぼうに言い放った。
「あなたねぇ、そんな簡単に離婚なんてできるわけないでしょう?」
「どうして?」
「どうして、って……。色々と大変なのよ。子どもにはわからないでしょうけど」
「すぐにそうやってはぐらかす。愛が無ければ夫婦でいる意味なんてない。余計なことなんて考える必要ない。簡単なことなのに」
「あのね」と美咲さんが口を開いた。
「そもそも、わたしたち夫婦はちゃんと愛し合っているの。浮気はただの出来心。でも、簡単には許せないから、悩んでいるのよ」
「そんなことある? 奥さんを愛してるのに浮気なんて。わたしには信じられない」
女の子は真っ直ぐ美咲さんの目を見て言った。嘘は見逃さない、と視線が語っているようだ。
しばらくの間、沈黙が流れた。おばさんたちは何も言わない。いや、たぶん言えないんだろう。この子の言っていることが間違っていないからだ。
やがて、美咲さんは彼女の視線に耐えきれず目を逸らした。——が、それでも一言を付け加えた。
「愛し合っているの。だって、わたしたち夫婦はツインソウルなんだから……」
ついんそうる?
聞いたことのない単語が耳に入った。
何それ?
ふと、女の子を見ると、力一杯の握り拳がワナワナと震えている。
「何、何、どうした?」
膝をかがめ、慌てて彼女の顔を覗き込む。
その目には激しい怒りが宿っていた。
「ツインソウルなんか存在しない! 死んだら生まれ変わるなんてまやかしだ!」
女の子は公園の外にまで聞こえるような大声で叫んだ。
突然の剣幕に、俺もおばさんたちも言葉を失った。
「神は死んだ! なのに、お前たちスピ系はっ! 恥を知れ! スピリチュアルなんて、形を変えたただの宗教だ!」
「ちょっと、どうした? 落ち着こう、な?」
俺は女の子の肩に手を置いた。
「新しい思想にかぶれているつもりか⁈ お前たちなんか、神の墓標を抱えて朽ち果ててしまえ! しきりに瞬きする凡暗どもめ!」
彼女はフーッフーッと肩で息をしている。まだ怒りが収まらないみたいだ。
公園の外では、何人かが「何事か?」とこちらを伺っていた。
おばさんたちは急にソワソワしだして、口々に「お夕飯の準備があるから」とその場を離れて行き、俺と女の子だけが取り残された。
どうしよう……。
でもまあ、放っておくわけにもいかない。
「——お家に帰ろうか。送って行くよ」
女の子は黙って頷いた。
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