第41話 ドキドキデート ティア編 その四

 


「いやはや! まさかこの町で他の六王族セクターにあったのは初めてだ。しかも、早々盗難の被害に遭うとは災難だったなぁ。ハーハッハッハ!」


 煌びやかな内装。

 目の前のテーブルいっぱいに並ぶ豪華な食事。

 丸々焼いた鳥一羽に黄金に輝くスープ、見たことのない“けーき”なるデザート。


 初めて目にする新世界に思わず僕はゴクリと生唾を飲んだ。


 ティアは横で得意の笑顔を貼り付けてちょこんと座っている。

 ナイトメアダークサイドとの邂逅の時に比べれば、機嫌は悪くない。

 だが彼女があまり楽しくなさそうなのは単純に、目の前の男に苦手意識を感じているからだろう。


 ヴァルムト・アイアンドット。

 鉄山皇国ただ一人の王子であり、土魔術の申し子だ。

 陽光を浴びれば銀に輝く髪に、感情の読めない鼠色の瞳。

 しかし彼の一挙手一投足から溢れる気迫で、感情は大体読めてしまう。


 そんな彼は六王族セクターの中でも有名な人物だ。

 彼が武器生産工場火災の事件時、単身火の海に飛び込み、作業員を全員を救出した話は記憶に新しい。


 今僕らは、先の事件のお詫びとして、ヴァルムトオススメの店で奢られている最中だった。


「笑い事じゃ無い気もしますが……あの、ああいう事は頻繁にあるんですか?」


 奢られている、とは言ってもテーブルに並べられた料理の殆どはヴァルムトが食している。

 運ばれた料理を片っ端から口へと突っ込んでいく。

 どこかで見たような光景だった。


 僕の素朴な疑問に、ヴァルムトは一瞬固まり、


「はふはふ……っくん! ふー。まぁ、率直に言うならば、よくある」


 口の中の物を全て飲み込んで、頷いた。


「何せ武器製造を生業とする国の中心だ。城下町の中心こそ、栄えていれど、その周りでは治安が悪くなる一方だ。

 毎日のように国で盗難が発生しては武器が消える。今日君達が出逢ったのは、ただの……という言い方はあまり好まないが、貧民だ。働かざる者食うべからずとは言うが、賃金の問題はこの国一番の壁だ。


「大変なんですね……」


「大変なのはどこの国も同じだ。私なんかより、父上の方が忙しいであろうし、今も汗を流しながら働いている。私だけ何もしないわけにはいかないのでな。こうして、毎日町を見回っている」


「毎日……? では授業は……」


「ああ出ていないぞ。出る必要がないからな」


 再び食べ始めたヴァルムト。

 とりあえずの山は越したのか、運ばれてきた肉にナイフを通し、王族らしい振る舞いで肉を口へと運ぶ。


「王族に勉学は不要だ。そもそも我らは幼少期より教育を施されている。魔術学はもちろん、帝王学までだ。今更頭に入れる必要もない」


「そう……なんですね」


 確かに、王族は僕らとは違う生活を送ってきた。

 その想像は僕らが簡単に思い浮かぶものではない。


「今は魔王軍がなりを潜めている。はぐれ魔物を勇者候補生が討伐した事で魔物の脅威からはなんとか逃れている。少しでも私が町を見回り、人民を救わねばな」


 ヴァルムトは白い歯をニッと見せて笑う。

 彼らからすれば、勇者学園だから学べるもの、というのは数える程に少ないのだろう。

 だから人によって、

 例えばアヤメならば世界の剣術使いと毎日模擬戦をしている。

 ティアはその小さな身体に、色々な先生の授業を受ける事で、古今東西様々な知識を詰め込んでいる。


 ヴァルムトはその必要を感じず、なによりも町が大切だった。

 それだけの話なのだ。


「だからこそ、今回私の国の事件に巻き込んでしまった責任は大いに取らせて貰うぞ! ブライトハイライトとも再開するのは久しぶりだしな! どうだ、我が国の若鳥の腿だ。美味いぞ?」


 小さく切り分けた鳥の腿を皿に乗せ、ティアに差し出すがティアは小さく首を振った。


「ぼくはいらないです。二人で食べて。今はあまり食欲がないから……」


「食欲がない……まさか! どこか、身体を打ったとか」


 僕が身を乗り出して心配すると、ティアは首をブンブン振って、


「い、いや、違います違います! エイトくんに守って貰ったから身体はこの通り元気です!」


「じゃあなぜ……」


「なんだか……気乗りしなくて」


 へへ、と笑うティアは確かに調子が良さそうには見えなかった。

 自身が体調悪いのを無理に隠している感じ。

 放って置けないと声を掛けようとするが、


「ふむ。では、ブライトハイライト。実は少し話がある。エイト君もあまり食欲が無いようだし、ここで切り上げて話をば、させて貰ってもいいかな?」


「え……でもぼく今、エイト君とお出かけ中なんだけど……」


「まぁまぁ、時間も取らせない。それにコレは、王族・・の話だ」


 わざと強調したヴァルムトの言葉に、ティアは目を見開いた。

 王族の話。

 その内容を聞かずとも、重要度の高さは理解出来る。


 テーブルに残った食事を無言で食す、居心地悪い空間を堪能した後、僕一人店から出る事となった。


「ごめんなさい、エイトくん! すぐに話済ませるので、最初の噴水辺りで待って貰っててもいいですか?」


 ティアは本当に申し訳なさそうに、店の玄関でペコペコと頭を下げ続けていた。

 僕が見えなくなるまで、ずっとだ。


 王族の話、の言葉での説得は効果的だ。

 僕はもちろん、ティアも抗うことは出来ない。


 しかし、僕の想像していた以上に六王族セクター同士は不仲ではないらしい。

 現世界のたった六人の王族だ。

 もっと確執や因縁めいたものがあると考えていたけれど、それは現王の親達だけなのかもしれない。


 考えてみればレイもティアに対しては友好的、に見えた。

 ティア側は心底嫌そうではあったけれど。

 ともかく、僕はティア達の話が終わるまで噴水広場で待つこととなった。



 ---



「それで……一体何の話ですか?」


 店に戻り、奥の個室へと案内されたティア。

 二人っきりの空間。

 内装を観察すると、術式が刻まれ、盗み聞きされる心配がない部屋だった。

 ヴァルムトが街で急を要した会話などは、常時ここで済ませているのだろう。

 それほど店員の手際も良かった。


 壁に寄りかかるヴァルムト。

 彼が深刻そうな面持ちで口を開く。


「アクアドルフィンが退学した」


「……アクアドルフィンが?」


「魔臓もしっかり抜いてな。まぁ、幾らでも六王族セクターの力が関与出来る話だ、問題はそこじゃない」


 勇者学園では、候補生の資格がなくなった者は須く魔臓を抜かれる。

 そういう契約を皆交わしている筈だが、六王族セクターだけはその限りではない。

 対人戦、魔物との戦闘で戦死するならばいざ知らず、契約関係で縛られる事は権力でもぎ消せる。


 世界最高権力の六王族セクターは飾りではないのだ。


「あのお天端破天荒娘、気になることを言って出て行った」


「気になる事ですか」


「ああ。“変な物を食わされた、最近この学校気持ち悪いから帰る”と顔を真っ赤にしていたぞ」


「変な……物」


 その時、ティアの脳裏に浮かぶのはレイから手渡された白い飴だ。

 口に含めばたちまち自意識は消え去る驚異の飴。

 レイの同胞を洗脳した、飴。


「水属性魔術と言えば、その他の魔を中和する力を持つ。魔的な物であれ、そうでないであれ、オセアン海国は治療技術に特化している。自国に治療しに帰ったのだろうさ」


 それを、果たしてヴァルムトに言っていいものか。

 別段ティアはヴァルムトを嫌っているわけではないが、信頼しているわけでもない。

 ティアは貴族王族から疎まれる存在であるが故に、ティアも心から信頼出来る相手など片手で数える程しかいない。


 それでも、これ以上の情報を得る為には、使える物は使っていかなければいけない。

 ティアは決心し、ヴァルムトと向かい合う。


「どうした? そんなに目をキリッとさせて」


「ぼく、心当たりがあるかもしれません」


「……ハハッ。これは僥倖。ブライトハイライトに話す決断は間違っていなかったというわけだ」


 どうやらヴァルムトの方も情報共有するか、一考していたようだ。

 エイトが考えていたほど険悪な仲でもないが、互いに腹を探り合うような警戒する間柄ではあった。


「それで、アクアドルフィンが退学する原因とは何だ」


「飴です。白い飴」


「……飴?」


「そう。ぼくも、少し前にレイ・ナイトメアダークサイドから話を聞いていたんです。自分の同胞が洗脳されてしまった、恐ろしい飴だと……、もしかしたらマリナ・アクアドルフィンもそれを食べたのでは?」


「であれば私も食したな。つい先日」


「そう、君もつい先日……ってえぇっ!?」


 衝撃の告白にティアは声を張り上げる。

 何より驚きなのは、飴を食べて尚健康体でいるヴァルムトだったが。


「か、身体に異常は無いんですか……?」


「あぁ。寧ろ心地良いくらいだ! 最近は善行をすればする程、何だか気持ち良くてなぁ。だから先程君達を助けた時も、私は幸福度MAXであったのだ!! アーハッハッハッハ!!」


 確実に影響が出ている事は間違い無いなさそうだが、少なくとも悪影響は及ぼしていないようだった事にホッとする。

 王族とはいえ、ヴァルムトも人の子だ。

 何をきっかけに事故が起きるか分かりやしない。


「あの因みに……誰から貰ったんですか?」


 もしここで犯人を突き止めることが出来れば、自軍のチームに有益な情報をもたらすことが出来る。

 これから始まる三次試験で立ちはだかるだろう障害を、いち早く突き止められるので有れば、これほど有益な情報は、


「──魔術正教だ」


 ないと、思った。

 確かに、有益な情報ではあったけれど。

 同時に信じられない情報でもあった。


「布に十字を刻んだ集団だ。魔術正教の過激派がする物だろう? であればアレは確かに、魔術正教の……っおい、どうした?」


「ごめんなさい! 失礼します!」


 ティアはたまらず個室から飛び出した。


 魔術正教の総本山はユスティティア帝国にある。

 ユスティティア帝国を統べるブライトハイライトであるティアには自ずと、自国の集団が起こそうとしている惨事を収束する義務がある。

 だから彼女は走り出した。

 魔術正教の真意を知る為に、魔術正教を止める為に。


(今すぐ自国に帰って話を聞かないと!)


 生徒手帳を取り出して、メールボックスを開く。

 今もまだ噴水広場で待たせているエイトに向けてメールを出す為に。


 速攻でメールを作成して、エイトに謝罪のメールを送る。


 ふと、新着メールが目についた。

 その数は十件。

 送信相手は、レイ・ナイトメアダークサイドだった。

 しかし、メールを開かず、生徒手帳をしまった。


 レイから幾らメールが届いても、ティアが開くことはない。

 その確信を持って、ティアは走る。

 勇者学園に、外出届を出す為に。

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