第40話 ドキドキデート ティア編 その三

 


「本がない! アイツに持ってかれた!」


「っくそ! 盗っ人か今の!」


 本が貴重なこの町なら、本が盗みの対象に選ばれるのも納得だ。

 一冊十銀貨もするのだから、狙われても文句は言えまい。


 しかも城下町の街道で、あからさまな貴族の格好をしている僕らだ。

 護衛が付いている貴族に比べたら、自ら狙ってくださいと言っているようなもの。

 僕ら自身が力を持っているとはいえ、狙われやすくなるのは自明の理だった。


 本屋を出て、僕ら二人が完全に気を抜いた瞬間を狙ったということは、きっと服屋から尾行してきたに違いない。


 人混みに上手く紛れた犯人を捜すが、目視では誰が誰だか分からない。

 人通りはお昼時だからか、朝よりは少ないけれど走り抜ける後ろ姿さえ見えない。


「って、て、ティア!?」


「先行くよ!!」


 電雷を纏うティアは、自身がワンピースである事も気にせず飛び出した。

 電気と強化魔術により極限まで底上げされた身体能力は一息で、数十メートルの跳躍を可能にする。


「や、やばい……あんなティア初めて見た。このままじゃ犯人殺されかねないぞ……!」


 あれでは怒る獣だ。

 整備された道を砕き割って跳躍し、屋根へと張り付くティアは、獲物を探し目をギラつかせている。

 少なくとも僕がティアを見失う事だけは避けなくてはならない。

 その時は最悪、死者が出てしまうかも。


「────いたっ!」


 雷の尾を引きながら、ティアは高速で路地裏へと入っていった。

 僕も人混みを掻き分けながら後を追う。


「ダメだよ! ティア、殺すのだけは勘弁……してやって……?」


 もう手遅れになっているかもと焦り飛び出した僕の眼前にはおかしな光景が広がっていた。


 唸り声を上げながら追い詰めるティア。

 本を取られまいと後ろに隠す犯人。

 そして挟み込むようにしてティアの反対側に立つ、一人の男。

 薄暗いが間違いない。

 アレは正しく──


「く、くそ! テメェら汚ねぇぞ!」


 挟み込まれた犯人は逃げ場を無くし、ティアと男に視線を行ったり来たり。

 ティアは手伝ってくれた男の事など善良な市民程度に考え、気にしていない様子だったが。


「あれ……君は……」


 協力者の姿を、しっかとその目に収める事で、いつものティアへと戻る。


 当たり前だ。

 ティアと協力して犯人を挟み込むその男の服は、純白の制服。

 勇者学園の印であり、その瞳と髪色は紛れもなく──鼠色。



「天が呼び、地が呼び、人が呼ぶッッ!!」



 豪快に叫ぶ姿は薄暗い路地裏でも煌々とその存在感を放っている。

 腕を組み、仁王立つ鼠色の髪と瞳を持つ少年。

 ギリリと吊り上がる目に自信満々の表情。

 全身から溢れ出す気迫はまだ春だと言うのに熱さを感じる程。


 皆が注目する中、指を伸ばし天へと突き上げた。


「お前が足らぬと皆が呼ぶ! ならば、私はその期待に応えよう! 熱烈に熱血に情熱に! 鋼人ヴァルムトとは、この私のことだァッ!!」


 背後で爆発でもしそうな、自己紹介をするのは六王族セクターの一人。

 この鉄山皇国を統べる王子、ヴァルムト・アイアンドットだった。


 僕とティアが唖然に取られる中、泥棒だけは忌々しげに歯を鳴らす。


「またテメェか……毎度のことしつこいったらありゃしねぇぜ!」


「ハハハッ! それはこちらの台詞だよ、ボッツくん。毎度のこと盗みを働くとは……悪い子だ☆」


 旧知の仲なのか、親しげな会話を交わす二人。

 ヴァルムトなんかはウインクまでする始末だ。

 泥棒の苦い表情から見て、友人の間柄ではないのは確かだった。


「名前までご丁寧に覚えやがって! こちとら毎日毎日飢えそうなんだ……本の一冊くらい盗んで何が悪い!」


「ハハハッ。飢えそうなのは君が働かないから、だろ? 真面目に働き、真面目に生活し、清く正しく美しくあれば、人は何の迷いもなく生活出来るはずさ! 熱血万歳!」


 新しい宗教を設立しそうな勢いの説得だった。

 その清く正しく美しい生活を続ける事がどれだけ苦痛を伴うのか、ヴァルムトには理解出来ないのだろう。

 だから泥棒はその顔を更に憎しみに歪ませて、


「熱烈に熱血に、情熱……に……毎度のことウザったいったらねぇんだ!!」


 右腕を路地裏の壁に押し付けた。


岩人の腕ゴーレム・ハンド!」


 力ある言葉が世界に作用し、神秘を実現する。

 路地裏の壁が一人でにベリベリと剥がれ落ち、岩片が鎧の様に右腕に取り付く。

 自身の身体と同等まで膨れ上がった岩の腕は強力な武器だ。

 強化魔術も加えて殴れば人など簡単に全身の骨が砕け散る。


「ハッハ。抵抗は無駄だと言うのに。前回はすぐに観念したじゃあ、ないか」


「すぐに取り押さえられちまっただけの話だ! ほら、テメェも見せろよ? ご自慢の……土属性魔術をよ!」


「そうもいかない。我ら六王族セクターはその強力な魔力適性故に、魔術の使用は控えるようにしている。少なくとも、少しおいたが過ぎた民草に使うものじゃあない」


「──なら、そのまま死ね!!」


 首を振り、余裕な態度のヴァルムトに興奮している泥棒が苛立たないわけがない。

 重さを感じさせない軽やかな跳躍で、必殺の岩腕を振り下ろす。

 しかし、ヴァルムトは仁王立ったままその場を動きはしない。

 ただジッと、敵の攻撃を待つだけだ。


 そして、岩の拳がヴァルムトの顔面を穿つその瞬間、


「──魔術は使わないが、魔法は使うぞ?」


「くっ────!?」


 銀一色に変化したヴァルムトの肌は岩の拳をいとも簡単に受け止めた。

 その場から後退りすらしていない。

 完璧に無傷で岩の拳を真っ向から迎え撃った。


 アレは皮膚の鉄化、いや鋼鉄化。

 皮膚を鋼鉄の強度に変換させることで、岩の打撃を防いで見せたのだ。

 しかも、解言かいごんせずに。


 鋼鉄と化した皮膚に攻撃を仕掛けたのだ。

 自然、岩の腕は崩壊して泥棒は地面に膝から崩れ落ちた。


「君の攻撃は、一切効かない。その証明になったかな?」


「……っくしょぉ」


 砕け散った岩の拳。

 戦う手段は消えてしまった。


 敵の心を折るには充分な力量差。

 しかし──


「こんなところで……負けてたまるかヨォッ!!」


 泥棒の闘志は消えていなかった。


「おや……、コレは驚きの展開」


 なんて言うヴァルムトの呑気な言葉を聞いた後に、僕は頭の血の気が引いてすぐにティアの腕を掴み引き寄せた。


「ティアこっち!!」

「え、エイトくん!?」


 周りも見ずにただ路地裏から脱出する事だけを考えて街道へと飛び出す。

 ティアを内側に抱え込み、硬い地面に肩をぶつけながら、ゴロゴロと転倒するが外傷はない。

 住民は僕らの飛び出しに驚愕の声を上げるが、次いで僕らの尾を引いてやってきた土埃に更なる悲鳴を上げた。


「みなさん! 落ち着いてください! 危ないですよー、さぁ離れてくださーい!」


 その土埃から現れる銀ピカに光るヴァルムトは冷静に避難誘導を始めた。

 が、


「うそっ! ヴァルムト様よ!」

「本当だわ! なら安心ね」

「ヴァルムト様ー! この街の守護神ヴァルムト様ー!」


 皆近寄りこそしないものの、逃げる事はなく遠くから黄色い声援を浴びせ続けている。

 僕らの数十メートル範囲内からは人が消えたが、ヴァルムトの避難誘導の甲斐なく、囲むようにして街道の逃げ口が封じられてしまった。


「いいから離れてくださーい。危ないですよー」


 それでもヴァルムトは声掛けをやめなかった。

 民衆からの声援にも笑顔で手を振り返している。


 彼はこの街で親しまれ、信頼されているのだろう。

 それが窺える光景だった。


「オマエみたいな王族ガァ、俺たち貧民の気持ちなんざわかるかァッ!!」


 満を辞して、土煙から現れたのは巨大な影。

 それは路地裏を形成していた、二つの家屋を分解吸収して作り上げられた岩巨人ゴーレムだった。

 家屋の中からは住んでいたのであろう人が泣きながら逃げていく。

 人がいるにも関わらず、泥棒は遠慮せずに街道に立つヴァルムトへと進軍する。


「ぶっ殺してやるよ……今までの鬱憤もまとめてお返ししてやラァ!」


 泥棒は岩巨人ゴーレムの頭部から目だけを出して威嚇する。

 それを見てヴァルムトは、


「家屋二軒崩壊……町に被害を齎し、民草に恐怖を与える……ハァ」


 冷静に何かを呟き、頭を抱えていた。


「ボッツくん。君は今まで盗みなどの軽犯罪であったから、すぐに牢から出る事が出来たんだ。コレはさすがに私でも容認はできん。次、この町の空気を吸うのは一年後だぞ」


「ハ。ならテメェをぶっ殺して、死刑になってやるよ!」


 岩巨人ゴーレムは家屋二軒を吸収した。

 故に十メートルは余裕で超える巨体となっている。

 繰り出される攻撃は先程の比ではないだろう。

 だが、息巻く泥棒を前にして、尚ヴァルムトは冷静だった。


「構わないがね。ならば全力で来なさい」


「はぁ? 何を言って……」


「分からないか? それでは足りぬと言っている」


 明らかな挑発。

 つまらなそうに言い放ったその言葉に、泥棒は停止する。

 ぶちりと何かが切れた音が聞こえてきそうな沈黙の後、泥棒の岩巨人ゴーレムが崩れ、彼の周りを旋回し始めた。

 怒りに怒りを蓄えた泥棒の憤怒は遂にその頂点を突破したのだ。


「ならお望みどおり……俺の最強の一撃で殺してやる」


 掲げる右腕に吸い付いていく岩片。

 十メートル以上の巨体を作り出した素材がたった一つの腕に集約されたならば、その破壊力は想像も出来ない。

 町を覆う影を作り出す程に巨大な腕。

 その圧巻とも言える光景を前に、ヴァルムトは一人、


「それほどの魔力適性を持ちながら……なぜ」


 嘆いていた。


「しらねぇ。才能がどれだけあっても、人の世には騙しや、潰しや、嘘や、悪意が満ちてんだ。俺がこうなったのはお前の国のせいだァッッッ!!!」


 泥棒の耳にもヴァルムトの嘆きは聞こえていた。

 今にも泣きそうな酷い表情で、泥棒は岩腕を振りかざす。

 撃ち下ろす腕は隕石の如き圧力を持ってヴァルムトへと降りかかる。


「そうか……じゃあ、私を恨め」


 それを、静かに悲しげに両の手のひらを突き出して迎え撃つ。


銀影反撃ミラージュ・カウンター!!」


 岩腕と銀の両腕が接触した瞬間、銀の光が瞬いた。

 世界を銀が埋め尽くした刹那、岩の腕は拳から粉々に、それこそ砂粒程にまで砕け散って消えていく。


「────へ?」


 泥棒は信じられない顔で落ちていた。

 空中から腕を振り下ろしていた彼は支えがなくなり、魔素マナも尽きたのかなすすべもなく落ちていく。

 その真下には、ヴァルムト。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!?」


「私を恨むのは構わないが……民草を巻き込むのは違うだろう」


 容赦なく突き上げる拳。

 腹を貫く衝撃で泥棒は白目を剥いて気絶した。

 泥棒を優しく下ろし、駆けつけた警官隊に身柄を引き渡すと、こちらにやってきたヴァルムトは大仰にお辞儀をした。


「さて、お嬢さん。盗まれた本はこれでよろしいですか……な……ぁっ!? ぶ、ぶ、ブライトハイライト!? なぜここにぃ!?」


 銀ピカのヴァルムトが丁寧にお辞儀をしたと思えば、旅芸人顔負けのリアクション振りで驚いていた。

 僕もヴァルムトの強さ、魔法の能力の謎に驚いていたが、どうやらティアには関係ないようで。


 ティアは驚いたポーズのままのヴァルムトから本をぶんどり頬擦りをする。

 とりあえず、一軒落着、だろうか。

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