第39話 ドキドキデートティア編 その二

 僕達は町の風景に溶け込む為、服を新調しに服屋へ来ていた。


 しっかりとした服屋など入るのは初めてで驚く。

 服などは大抵、村の年上のお古を貰うか、商人から直接買っていたから、展示されている服を眺めて選んで買うという習慣が僕にはなかった。


 飾られる絢爛豪華な服はどう見ても庶民向けでは無い洋服ばかりだったが、ティアがいいと言うのなら僕に選ぶ権利はない。

 大して知識もないのだ。

 少々お値段が高く、目立つ格好で、例え似合わなかったとしても、経験するのは悪いことじゃあないと思う。

 そうやって心を騙す。


 お金は問題ない。

 勇者学園に入った候補生は参考書などを買うように、1ヶ月に1回金銭が支給されている。

 その金額は三十金貨。


 銅貨千枚で銀貨一枚。

 銀貨千枚で金貨一枚。

 大体、果実を買うのに銅貨二、三百枚程。

 一日で平民が暮らす為に必要な金額が大体、銀貨一枚程が相場だ。

 金貨三十枚がどれだけ破格かは分かって貰えると思う。


 金貨と言えど貴族や王族からすれば端金はしたがねかもしれないが、三十金貨もあれば家一件は余裕で買えてしまう。

 初めて手に持つ大金の重さに一人唾を飲みながら、服を購入する。


 僕に服装のセンスなどない。

 だから店員のおすすめ通りの物を購入した。

 無駄にデカい襟がついた尾長のコートに、白いズボンと如何にも貴族御用達ごようたしのような格好。

 低身長のせいで尾の長さを調節されたのが少しだけ心を抉ったが、仕方ない。

 悶々としながらティアの着替えを待った。


 そうして試着室から出て来たティアの姿に見蕩れたのは、言うまでもない話。


「こういうの少し憧れてたんです! あの、似合ってますか……?」


 白いワンピースというシンプルなチョイス。

 しかしそれがいい。

 彼女の華奢で幼さ残る身体が、ワンピースの上品さと可憐さに相乗効果をもたらしている。

 頭には花の冠がほどこされた、つば広の純白ハットを被る事で金髪を隠している。

 そして最後に四角大きめのサングラスをつける事で金瞳も隠した。

 これでティアが六王族セクターの一人と民衆にバレる事は無くなった。


 お忍びの令嬢。

 そういう雰囲気が滲み出る服装だった。


「うん……良く似合ってる」


「えへへ……そういうエイトくんは少しだけ背伸びしてる感あるかもしれませんね」


「し、仕方ないよ。僕だって身長は欲しかったんだ」


「でも、似合ってますよ」


 ニヤリと悪戯顔で微笑むティア。

 だからそういうのは苦手なんだって……。

 僕は一人、火照る顔を逸らした。



 それからの町の移動は非常に混雑し、窮屈な物だったが、ティアは少し嬉しそうにしていた。

 王族の暮らしこそ非常に窮屈で退屈なもの。

 だから忙しげな日常が憧れだったのだそうな。


「そういえば寒くない? まだ春になったばかりだし肌寒いんじゃあ……」


「ふふ。最近の服には付与魔術エンチャントが掛けられていて、肌寒くも暑くもならないんですよ?」


「はぇ……そりゃ便利だ」


 なんて、彼女から雑学を教わりつつ。

 そんな王女の小さな手を握り目的地へと向かう。

 彼女が来たがっていたのは、本屋であった。


「今日はリフレッシュという名目でしたけど、実はぼくの私用も挟んでいたんです。ごめんなさい」


「いいよいいよ。元々ティアが誘ってくれたんだ。今日はティアの行きたいところに行こう」


 そもそも王族をエスコート出来るだけの優雅さもデートプランも僕は持ち合わせていない。

 下手へたに調べてボロが出るくらいなら、ここはティアの行きたいところに行くのが得策だ。


「それでえっと……小説の新刊を買いに来たんだっけ?」


 押し扉を開けて入店する。

 本屋の内装は少し手狭に感じられた。

 店内に入るや否や目の前にはずらりと並ぶ本棚達。

 ぎっしり部屋に詰め込むよう並列に並んだ本棚の間は、人一人がやっと通れる程の通路しかなかった。

 つまり一人客が本を眺めていれば、その通路は通るのが困難になるわけで。

 客と通路でおしくらまんじゅうをしながら目的の小説を探し回る。


 休日だからか、本を吟味する客も多かった。

 本棚の隅から隅までをしらみ潰しにしてようやく、ティアは目的の本を探し出した。


「見つけました! やっぱり売り切れ寸前です……早めに来てよかった」


 大事そうに抱える本の表紙には六人の人間が描かれている。

 どうやら冒険譚、の類の本のようだが。


「これが……ティアが欲しかった本なの?」


「はい! 大人気でなんとこれで十巻目な

 んです。こんなに長く続いている小説はこの、“六つの宝石”シリーズだけなんですよ!」


 “六つの宝石”シリーズ。

 ティアは知らない僕の為に、細かく説明してくれた。


 それは僕らが魔術を使えるようになった起源のお話。

 はるか昔、世界は魔法が使える特別な人間しかいない世界だった。

 世界に蔓延る亜人、獣人、巨人……その他の種族達との覇権争いに身体能力で劣る人間種は劣勢を強いられていた。

 魔法を扱える人間、魔法使いが特別視される中、ある魔法使いが六つの宝石を生み出した。

 その宝石には自然エネルギーが封入されており、それを解放出来る人間が現れた時世界全ての人に平等なる魔の力が行き渡るという大魔法であった。


「そしてその六つの宝石を解放したのが、今の六王族セクターというふうに言われているんです」


「つまりは英雄譚、伝説のお話を面白おかしく書いたのがこの、“六つの宝石”シリーズってことか」


「そうなんです! ぼくの国は本がとても多いので、様々な本を読む機会がありましたが、どの小説もイマイチと言った具合です。事実に勝る物語はないと、思いました。

 しかも史実に乗っ取られて作られているので、歴史も勉強出来るというおまけ付きです!」


 目を輝かせて興奮するティアの姿は初めて見た気がする。

 彼女も彼女で最近、あまり調子が良くないようだったから、今回のお買い物で調子を取り戻してくれたのなら、とても嬉しい限りだ。


「でも魔術って、七つ分類わけされてるけど……無属性はどこから来たんだ?」


「一応、魔術歴史学の授業では、宝石の封印を破った際の副産物だった、と習いました」


「副産物……ねぇ」


 正直、七つと明確な区分わけされている魔術が、実は最初は六つだったのですと言う話は少し違和感があるのだが。

 とはいえ魔術正教には、彼らにしか使えない特殊な武器が存在していたりする。

 現代で魔術以外の力が普及しているのだからおかしい事もないのかもしれない。


 鼻歌を歌いながら本を購入したティアはずっと本を抱きしめている。

 相当に楽しみにしていた事が察せられるが、店を出た途端にムッと顔をしかめっ面にして、


「にしても不親切な店舗です。大人気小説をあんな隅に追いやるなんて……。まぁ、読書自体高貴な身分でないと出来ない嗜みですし、人気の度合いも興味がなければ分からないのは当然かもしれませんが、それでも本屋の店主として頂けません!」


 即座に文句を吐き出した。

 確かに店内で、客に対して気を使われている印象はなかった。

 入荷した本を、似た系統の本近くにぶち込んでいるイメージ。


 だから小説、冒険譚、学術書、と巡りに巡って最後に辿り着いたのがまさかの歴史本近く。

 確かに史実をもとにしているとはいえ、分類は小説だ。

 店主の興味の無さが窺える。


 しかし、まだ一ヶ月の付き合いではあるが、彼女が頬を膨らませて怒るところなど初めて見た。

 本に捧げる情熱は相当なものらしい。


「そういえばさっき、ティアの国には本が沢山あるって言ってたけど、どのくらいなの? ほら、この鉄山皇国にはこの本屋しかないし」


「ふふふ。驚きますよ……、ユスティティア帝国は世界一の図書庫があるんです! その本の数、約十万以上!」


「じ、十万……? それは凄い……」


「各国から集めた学術書は勿論、聖典、小説まで網羅してあります。何を隠そう、その図書庫はぼくのお城にあったので幼少期から入り浸っていたのです」


 だからこんなに本の虫になっちゃいました。

 と、照れるティア。


「それに、鉄山皇国は武器製作に長けた国ですので、本の種類が少なかったり、興味が薄いのは仕方ないかもしれません……正直、“六つの宝石”シリーズも無いことを考慮してはいましたが……あって本当によかった」


 ティアの本を抱きしめる力が強まる。

 我が子を守る母のように、ティアは本を抱えている。

 彼女にとって、幼い頃から共に過ごしてきた本という存在はとても大きい物なのだろう。

 それこそ簡単には引き剥がせないほどに。


 本が大事なんて、勇者学園に初めて触れた僕には分からない感情だ。

 それに僕には、それだけ大切と思える“何か”は、無い。

 だから、ティアが本を抱き締めて大事そうにする様は少しだけ、羨ましかった。


「それでどうしましょう? 随分と歩いたのでもうお昼時ですし……どこかでランチを」


 と、ほんの一瞬ティアと僕が気を抜いた瞬間だった。

 間を割るようにして黒い影が飛び出し、僕らを押し除ける。


「わっ!」


「へへ、すまんね。お貴族さん」


 黒い影はそう告げるとさっさと人混みの中へと紛れ込んでしまった。

 ぶつかった拍子に倒れたティアに手を差し伸ばす。


「ティア大丈夫? にしてもなんだ……今のやつ」


「……ない!」


「……? どうした──」


 ティアの蒼白とした表情に声は止まった。

 見てわかる彼女の異変。

 先程まで大事そうに抱いていたその内側には──何もなかったのだから。

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