第38話 ドキドキデート ティア編その一

 鉄山皇国城下町、朝の八時三十分。

 僕は噴水の水面に映る自分の姿を見て、髪型を弄りながら、待ち合わせをしていた。


 おしゃれと無縁の僕。

 平民で山奥にある村出身の僕は、持ち合わせの服は農作業用の物だったりととてもデートでは着られなかった。

 制服を選ばざるを得ない状況。

 誰か仲の良い男友達がいれば服装の相談も出来たものだが、生憎僕にはいない。

 最終的結論として、何の手入れもしないのは男の恥と見た目を気にしていた。


 とはいえ、今少し水をつけていじったところで何が変わるというわけでもないし。

 本当に恥と思うなら一人で服を選べば良かったと、後悔は後を絶たない。

 ここは堂々と胸を張り、待つ方が男らしいのかもしれない。


 辺りを見回す。

 立ち並ぶ家に、活気づいた声で人を呼ぶ商人達。

 久々の町の風景や人々の往来は、懐かしさと新鮮さを同時に感じていた。

 町を始めて訪れたのは、書類審査を受ける為に村から出て行ったその時のみだ。


 村に閉じこもり、ひたすらに鍛錬をしていた日々。

 その世界から初めて抜け出し、この目に収めた町は今以上に輝いて見えた。

 きっと周りからは田舎者が来たと馬鹿にされていただろうが、その時の僕には輝かしい町の景色と未来に広がる無限大の可能性しか見えていなかったのだ。


 それがまさか生死の瀬戸際で、勇者の座をかけて奪い合う、殺し合いの学園だとは考えてもいなかったけれど。


 それでもそんな学園に入り、一番の幸運は、


「お待たせしました! 少し遅れちゃいました……」


 ティアに出会えた事だと思う。


 ティア・ブライトハイライト。

 ユスティティア帝国の王女。

 王族の彼女が何故僕にここまで優しく、友人として接するのか分からない。

 チームメイトと言っても、他の王族や貴族と比べて、彼女は異質だ。


 それこそ、僕に近しい考えを持っている。


 王族として不自然な思考かもしれないけれど、僕が孤立せずここまで来れたのは彼女のおかげで間違いない。

 僕はそう、断言出来る。


 そして今日僕は、そんなティアとデートの約束をしていた。

 遠く人混みから、息を切らし走ってくるティア。

 彼女もまた白の制服だった。


「はぁ……はぁ……準備に手間取りました。沢山お待たせしちゃいましたか?」


「いやいや。僕もさっき来たところだよ」


 嘘である。

 実際は緊張して一時間も前から噴水前で棒立ちしていたとはとても言えない。

 にしてもこの自分のフレーズ、何処かで聞いた気がするが、物凄く便利だ。

 気を遣わせる事もなく、相手の罪悪感も払拭出来る。


 効果覿面こうかてきめんだったのか、ティアはホッとした顔で胸を撫で下ろした。


「良かったです〜、初めてのお出かけなのに、待たせてしまったらどうしようかと……」


「例え一、二時間でも僕は待ってるさ。はは」


「凄い信念を感じます……!」


 ティアが羨望の眼差しを送ってくるが、この緊張に前準備をするには単純に時間が必要なだけである。


 それにしても。

 今日のティアは普段の数倍可愛く見えるのは何故だろうか。


 コレが俗に言う化粧というやつか。

 貴族には顔をより良くする為の、魔法の粉やら液体やらが流行っているらしいけれど。

 髪はいつも以上に陽光に反射して煌めいて、もちもちな白い肌は一掴みしてみたくなる衝動を呼び起こす。

 艶めいた唇は見ているだけで──


「────何を考えてっ……!」


 意思に反して飛び出しそうになった言葉を、口と共に塞ぐ。

 女性に免疫がない男はコレだから困る。

 少し女の子が頑張っただけで、心臓が吹き飛びそうなくらいドキドキしてしまうのだから。


「あ、あのぅ……」


 僕がドキドキ胸を痛めている間になぜかティアまで頬を染めて、もじもじとしていた。

 どうしたというのだろう。


「今日のぼく、どうでしょうか……」


「え……!?」


 どうでしょうか、というのは感想を求めていると、今日のぼくは可愛いですかと聞いている意で間違いはないんだよな!?


 だが僕に女の子を正直に褒めるなんて真似はかなり厳しい。

 恥ずかしくて頭から立ち昇る蒸気で一本残らずハゲてしまう。


 ──でも。


 ティアも相当勇気を出して訊いたのだろう。

 真面目なティアが時間に遅れてきたのも、今回のデートを楽しみにしておめかしをしてくれたからだ。

 ならば、男である僕が答えないわけにはいかない……!


 意を決して、息を吸う。

 緊張を捨て、恥を捨て、思った事をそのまま口に出せ。

 さすれば僕は、更に男として完成する。


「うん、今日は数百倍可愛いよ」


 なんて気の利かない台詞なんだ! と。

 自分でツッコミを入れながら崩れ落ちた。


 一世一代がかかった場面、驚く程センスのない自分の言葉で自殺しそうになる。

 頭を抱え、自虐の言葉で心を埋めるが、一向に彼女から反応が無いことに気付く。


 恐る恐る振り返るとティアは頬を染めるどころか真っ赤にして顔を伏せていた。

 初めてのありきたりな褒め言葉ではあったが、どうやらティア的には有りだったようだ。


「しょ、しょれでは、あ、あんにゃいしましゅね!」


 なんて。

 顔を真っ赤にして呂律の回ってないティアの姿もめちゃくちゃ可愛いな、と一人思う。


 --


 今回のデートはティアが提案してくれた企画である。

 その目的は再び始まる殺し合い三次試験に向けての、リフレッシュだった。

 僕は変わらず不殺を貫こうと考えているけれど、今回は一対一のタイマンとは違う。

 三千人が一斉に覇を競い合うのだ。

 挟み撃ち、騙し討ち、多対一、追い込み、罠に謀略策略。ヒット・アンド・アウェイや他人が弱らせた敵を倒す漁夫の利も今回は有効な作戦だ。


 対策を講じなければならない。

 その為にも僕が新たな技術を会得するのは必須条件だ。

 非物質を絵に変える、解言破棄による魔法の行使に“闇”が使っていた保存した絵の移動。

 これらが三次試験では大いに役立つだろう。


 だが僕は憂鬱な出来事が重なりすぎて少々体調を崩していた。

 それはもちろん、気分的な問題。

 第七十二訓練場に於ける集団決起。

 何の目的で彼ら魔術正教が暴れたのか、僕は知らないけれど、まずろくな目的では無い。

 神を信仰していても、それが虐殺に繋がるなどあってはならない狂気の沙汰だ。

 更に危険な飴の流出、殺人魔法を操る集団の結成……勇者学園で各陣営が動き出したのは確かだった。


 そして初めて見る大量の死体。

 頭半分ない死体が笑っていた。

 腕が引きちぎれた死体が横たわっていた。

 身体半分が爆散した死体が転がっていた。

 そのあまりの生々しさと、人を殺す行為に何も感情を覚えない人間がいることが苦しくて仕方ない。


 結果、訓練に身も入らずシュヘル先生にも叱られてしまった。

 当たり前の帰結といえばそれまでだが、同じ繰り返しをする訳にも行かない。

 早く意識を切り替えねばと、考えていた時タイミング良くティアからのお誘い。

 そのタイミングの良さから考えると、シュヘル先生から訓練の話を聞いたのかもしれない。


 嬉しかった。

 友人が僕の為に考えて行動を起こしてくれたことが。


 女の子と二人きりでのデートなど、ツツリとしかしたことがなかったがツツリはちょっと参考にならない。

 彼女は女の皮を被った剛力バカ食いお猿だからだ。

 何とか、僕を思ってデートに誘ってくれたティアを楽しませなければならない。


「にしても、凄い注目だね」


「へへ……すいません」


 賑わう大通りは僕らの登場により一層お祭り騒ぎへと昇華していた。

 中でもティアは、


「ティア様よ! 光の六王族セクター様!」

「どうかうちに寄ってってくだせぇ! サービスしますよォ!」

「きゃー! 握手握手を!!」


 特に脚光を浴びていた。

 こういう事には慣れているのか、ティアも輝く笑顔を振りまきながら小さく手を振っている。

 本来ならば人混みにもまれながら、進まなければならない道も海を割るように一本道が出来ている。


 しかも注目を浴びているのはティアだけでは僕もなのだ。

 人混みから飛び出す無数の手は、なんだか少しホラーチックだったが、不慣れながらもタッチしたり握手して対応していく。


 世界で一万人しか選ばれない勇者学園の生徒だ。

 手の届かない存在、勇者の卵達なわけだからそれこそ王族と同等程度の輝きがあるのだ。

 注目を集めるのも仕方ないことかもしれない。


 というか、勇者学園の生徒が城下町に来るのは珍しく無いことを考慮すると、制服で来てるような候補生は僕らだけなのかもしれない。


「ちょっと先に服を調達するか……」


「そうですね……」


 僕とティアは耳元で囁き合いながら、とりあえず今後の予定を決定した。


 最初のお店は服屋である。

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