間章 その三 レイの憤懣 後編
幻術を扱う女、明らかパワー系の巨人に、全てが未知数の白金の男。
彼らも彼らで、勇者学園の厳正な審査を勝ち抜いた、選ばれし一万人の勇者候補生だ。
例えレイが他者と比べ圧倒的な力を有しているとはいえ、三対一は不利な状況。
「俺の求める答えか。では
「
「……救った?」
「そうよぉ。私達がするのはあくまで救済。生に於ける全ての悩みを、私達の力を使って消し去ってあげるのよぉ。貴方のお友達も、ちょっと悩んでたからぁ、手を差し伸ばしてあげただけよぉ?」
隣の女が会話に
女らしい、肉がついた身体を艶美なまでにしならせて。
神に使える人間が肉欲を誘うなど元来許されない行為だ。
誘っているつもりなのだろうか。
だとすればあまりに愚かしい。
それは内に湧く怒りを、確かなものに変えるだけの愚行だと言うのに。
だがその怒りも、次ぐ衝撃にかき消された。
「それを可能にするのが、ドグマ・キャンディだ」
「────っ!」
白銀の男が取り出したのは白い飴玉だ。
以前、ティアとエイトに見せた危険な飴玉。
切り札として敢えて晒す事はしなかったレイだが、これで犯人は明らかとなった。
疑いようもなく、彼らが友人を
そもそも、白状しているのだから疑う余地もないが、確証を得られた事は喜ばしい。
握る拳に、迷いが欠片も乗る事はない。
「その飴を舐めた者を洗脳し、先導していると? 随分と独りよがりな救済だ」
「だから洗脳ではないのだ。自発的に彼らは、我々の元に来ている」
「……なんだと?」
「この飴に洗脳の効果はない。ただ舐めた人間の脳髄に接続され、宿主の行動によってとある物質を生成させるだけだ」
言葉だけを見れば、洗脳能力と変わりない力だが、あたかもそれが普通と
「
それは意外にも聴き慣れた言葉だった。
しかし
脳内に発生した際の効果など、研究者ではないレイが知る由もない。
「本来、魔臓で生み出される筈の
「でも
悪意に満ちた微笑が口角に浮かぶ。
「私達、魔術正教の手助け、とかねぇ」
その言葉で一瞬、レイは三人を眼力で殺しそうになった。
空間全体の重力が変動し、空気が重くなる。
全身が力まねば立っていられぬ程に。
「あのポンコツ王子とは格が違うな……」
殺意と共に押し寄せる圧力に三人は気圧され、白金は冷や汗を垂らした。
しかし、今にも殺しそうな勢いで睨み付けているレイはそれ以上手を出してこない。
圧力が増すばかりで一向に白金らを殺さないのには、もちろん理由があった。
レイは友人の催眠を解く為にここにやって来たのだ。
このまま情報を引き出さずに殺してしまえば元の木阿弥。
飴の詳細を知れたのだ。
何とかして敵の術中から逃れる術を聞き出さなくてはならない。
「まさか、ドグマ・キャンディから逃れる術を訊きたいのか?」
そのレイの心を読んだように、白金は冷ややかな嘲笑を浮かべた。
「残念ながら、ドグマ・キャンディはそこらの薬物より依存性が高い代物でな。上質な
醜悪な高笑いが礼拝堂に木霊する。
女も堪らずクスクス笑い、巨人も腹を抱えて笑っている。
礼拝堂は余すところなく音を反射し、全方向から邪気篭る笑い声をレイに届けた。
異常な空間。
神に祈祷を捧げる筈の場所で、経験なる信徒が他者を蔑めて笑っている。
「もう──な」
「はい?」
酷く静かな怒りだった。
感情のまま吐き散らす事もなければ、身体を熱が支配する事もない。
寧ろ逆。
頭頂部から爪先に至るまで冷え切っている。
感情も、体温も、意識も。
何もかもが冴え渡る。
敵は友人を薬物紛いの力で
その上、罪など無いと明言している。友人自ら望んだ結末であり、その責任は自分たちには無い。
寧ろ感謝して欲しいくらいだと言わんばかりに舞い上がっている。
正当なのは自分らであり、間違いは他者であると人の話を聞きもしない。
だが彼らの態度など、最早どうでもよかった。
「もう口を開くなと──言ったのだ! 戯け!」
「「「!?」」」
その身に蓄えた激情を遂に解放した。
怒りは力へと変換され、王以外の全てに敵対する。
レイの叫びと同時、彼を中心に力の磁場が発生。
円形に地形がひび割れ広がり、長椅子を、礼拝堂に存在する全てを押し潰していく。
それが三人の元まで到達した時、彼らはなす術もなく地に平伏した。
「ぐぁぁぁぁっっ!?」
否応なしに地面へと押し付ける力の奔流。
唐突に真上から滝にでも打たれたかのような重力に、抵抗など出来る筈もない。
三人の中で一番力のある巨人でさえ身体を起こす事が出来ないのだ。
白金も、女も、
挑発したのは侮っていたからではない。
例え攻撃を受けても勝てる算段があったから、あそこまでレイに情報を与えた。
それが
もし、レイ・ナイトメアダークサイドと接敵してしまった場合、その対処として全ての情報を開示せよという伝達。
完璧なまでに遂行した。
したというのに、今眼前に迫るのは圧倒的暴威だ。
「解除法はない、か。だが、魔法の使い手を殺せばその時点で全ての魔法効果は消える! この学園で人を手にかける事は憚っていたが、致し方ない……潔く消えろ」
カツリ、カツリと音が鳴る。
死を齎す
身体は震える事もない。
怯えに声を出す事さえない。
抗えない絶対的な力の奔流に叩き潰されたまま、敵の顔も見ずに死んでいく。
それが、彼ら三人の定め。
もうレイは
それこそ後一歩踏み出せば、白金の頭蓋が踏み割れる位置まで。
レイはゆっくりと片足を上げる。
足影が白金を隠し、陰影が色濃くなった瞬間、死を悟り、
『
次いだ声に白金は安堵を覚えた。
「────ぬ!?」
礼拝堂に見知らぬ声が響く。
レイが白金の頭蓋を踏み潰す刹那、空間から突如出現した鎖がレイの身体を束縛する。
真後ろへと引き寄せられ、全方位から巻きつく鎖はその行動を制限する。
次いで天井に召喚される金の楔が、鎖の間に打ち込まれ、レイの束縛を完璧なものにした。
「身体が……魔法も魔術も使えぬか!」
『彼らは我にとって最愛の信徒……この場で亡くすにはあまりに惜しい人材だァ。王の凱旋を堰き止めるのは心苦しいが、理解して貰おう』
「貴様っ! 何者!」
レイの問いに、天から響く声は低く笑った。
『分からぬならばそれも良し。我だけが王を知っているのは些か不公平かもしれぬが、そこは我慢してくれィ。コレも、勇者の座を目指す者同士の戦い故に……』
「神に仕える教徒が勇者を目指すか! 傲慢甚だしい!」
『残念。我らは目指さない。我らはただ
重力の呪縛から解き放たれた三人は、鎖に繋がれる獣を再び嘲笑うように、蔑視する。
しかしそれを戒めるように天の声は告げた。
『不用意に近づくでないィ……油断したその時が命取りだ』
「す、すいません……教祖」
あれほど横柄だった白金も天の声の前では、萎縮し畏っていた。
姿勢を正し小さく礼をすると、天の声は続けて、
『君らは直ちにその場を離脱せィ。本来、数十分は束縛出来る鎖だがァ、レイ・ナイトメアダークサイド程の男であれば、ほんの数十秒止めるのが精一杯よォ……』
「「「はい、教祖様」」」
三人は再び軽く敬礼。
懐から小さな水晶体を取り出した。
それは小型の転移魔術が組み込まれた魔水晶である。
砕く事で術式が発動し、事前にセットしてあるポイントへ瞬間移動が可能となる優れもの。
「今回貴方の力を知れたのは良い機会だった。では、三次試験でまた会いましょう。闇の王よ」
「──く、貴様ら」
『そういう事だァ。では、君にまた邪魔をされては叶わぬゥ。暫くは身を潜めるとしよォ……』
三人は魔水晶を親指でへし折ると、眩い光に包まれ消えていく。
同時、体内で練り上げた
このような力技で魔法魔術を封印する鎖から抜け出すのは世界広しと言えどもレイだけだろう。
「くそっ……逃した。逃亡を許してしまった……!!」
しかし白金は逃してしまった。
もう天の声も聞こえない。
残ったのは友人を救えない事実と王たる勤めを果たせなかった敗北者の自身だけだ。
今一歩、届かなかった。
あの場にドグマキャンディの魔法主がいなくとも、今後の捜査で邪魔される事は少なくなったはずだ。
その全てのチャンスが揃っていたこの場で、チャンスを逃してしまった。
友人を救う機会を、みすみす逃したのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ────!!」
王の悲痛な叫びは真なる力を持って礼拝堂を揺らす。
その壁に、床に、天井に亀裂が走る。
荒れ狂う力の奔流に礼拝堂は耐え切れず崩壊していく。
王の人生に於ける初めての醜態を隠すように瓦礫が降り積もる。
静寂が戻る、夜の世界。
崩壊した礼拝堂を照らすのはやはり月光。
ただ一人膝をつき、涙を流す黒髪の少年を慰めるように月は輝いていた。
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