第37話 三次試験発表

 それはあまりにも唐突な発表だった。


『皆さん、こんばんは。私、エンエム教頭の秘書兼校内の修繕……そ、そして各授業に於ける補助教師を担当している、ろ、ロア・ソイルドットと申します』


 自室の机前に投影された映像には、いつか話をしたロア教師が映っていた。

 純粋な鼠色の髪は珍しく、彼女のソイルドット姓も六王族セクターであるアイアンドットの血を受け継ぐ者として有名だ。

 土魔術の適性が最も高いアイアンドット。

 だから校内の修繕も行っているのかもしれない。


 そんな彼女はエンエムの秘書という関心を集める役職でありながら、表舞台にあまり出てこない人間だ。

 前回の発表と違い、ロア教師が発表しているのは何かあったのだろうか、と少しだけ勘ぐる。


 彼女のアイデンティティとも言える臆病な話し方は、画面越しだからか少しだけ改善されている。

 人前でなければ緊張もしにくいのかもしれない。


『今回、第三次試験について……正式に決定しましたので、ご連絡した次第です。

 今試験は一ヶ月後──スカイディア全域を使用しての、試験となります』


 ロア教師が告げると同時、スカイディアの見取り図が映像に投影される。

 半透明な青線で描かれたスカイディアはその内部構造を曝け出していた。


『訓練場、教室と、生徒に解放されている部屋であれば全てが戦闘箇所になります。

 し、しかし、未だ解放していない区画や、教師の部屋は当日は封鎖致しますので、そこも考慮し戦闘に励んでください』


 つまり逃げ込む場所を制限されるわけだ。

 学園内をどれだけ把握しているかが重要になるのは間違いない。

 とはいえ三十二階存在し、一フロアが町程広さがある天空の城だ。

 候補生の誰も全体把握などしていない。


『そして今回、最も重要なルールの説明、です。

 制限時間内で、生き延びてください。

 制限時間は試験当日発表。

 一人殺した場合は、二百ポイント入ります。

 一人を無力化した場合は、五百ポイント入ります。

 じょ、上記の方法は間接的にでも加算されます。例えば、催眠魔法で他人を完全に支配して……第三者を倒した場合、さ、催眠魔法の使い手に全ポイントが付与されます。

 他人を強化魔術などでサポートしての勝利であれば、ポイントは分配されますのでご注意を』


 今まで一度も明確なポイントを提示してこなかったこの学園が、初めてポイントを数字として出した。

 評価基準はほぼ不明、授業も二次試験でのポイントも、全て入った、という事実しかわからない仕様だった。


 何故、今試験のみポイントを明確にしたのか、意味があるはず。

 さすがに、すぐは判断出来ないが。

 一番の異常な点は間違いない。


『と……説明したように、今回はチームメイトは関係ありませんので、助けるも見捨てるも、自分達の判断で決めてください。今試験は生き延びる事を目的としています、ので』


 生き延びるを強調しているのは、今回の試験の肝がそこにあるのか。

 周りは全員敵で、油断は出来ない、という示唆か。

 それにしては随分と、漠然とした物言いだが。


『今回の、は、発表はエンエムさんが六王族セクターとの会合で席を外されている為、私、ロアが担当いたしました。それでは、候補生の皆さん、次の試験まで研鑽に励み、力を高めてください……それでは』


 プツンっと映像が消える。

 重要度の高い発表が終わり、緊張が抜けた。

 椅子から思い切りベッドへ背中から飛び込んだ。


「ふぅー……また今度もか」


 非常に簡単な話だ。

 ポイントや生き延びろというメッセージに気を取られ、見失いがちだがつまりはまた殺し合えということ。

 しかも今度は約三千人が一斉に殺し合う。

 一次試験とは打って変わり、何人死ぬか想像がつかない。


 勇者学園。

 勇者というただ一つの椅子を奪い合う学園。

 確かに僕はこの学園に入り強くなった。

 強敵ライバルと命懸けで競い合い、優秀な教師達に鞭撻べんたつを受け、仲間達に支えられる。

 こういう環境が僕らを勇者へと近づけているのは揺るぎない事実だ。


 だがこの場に殺し合いという要素は、果たして必要不可欠であったのだろうか。

 殺し合いを含まなければ成立しない程、勇者とは産まれ得ない物なのだろうか。


 勇者とは人を救う者。

 かつて、人が魔族との戦いで窮地に立たされた時、戦えない全ての人間を救った救世主。


 確かに勇者は多くの魔族を屠った。

 同時に比例するだけ人を救った。

 だから勇者と呼ばれるようになった。


 それではまるで──勇者という存在そのものが矛盾しているようではないか。


「もう……何がなんだか分からないや」


 学園内では不穏な動きも見えている。


 十字を描いた布を貼る集団、魔術正教。

 レイが言っていたバブルスを筆頭とした殺人魔法集団。


 二次試験までは勇者学園に入学した事に浮かれていた事もあり、パックに騙されるまで実感が乏しかった勇者の椅子の奪い合い。

 ここに来て、皆が本格的に動き出した。


 転がる死体。

 鼻腔に残った鉄錆めいた鮮血の匂いと、無惨に散らばる肉の光景が染み付いて離れない。

 だから気分も良くなる気配はない。

 訓練にも身が入らなかったし、どうにかして気分転換を……。


「ん……?」


 その時、不意に生徒手帳がメールの着信を知らせた。

 タイミングがタイミングだ。

 三次試験発表でチームメイトの誰かが相談のメールでも送って来たに違いない。


 メールボックスを開くと送り主はティア。

 内容は元気に話すティアの姿が浮かぶような文面だった。


『エイトくん! 聞きましたか! 三次試験、またしても大変な試験になりそうですね。最近は訓練も順調じゃないみたいですし、リフレッシュがてら今度の休みにでも城下町に行ってみませんか! ぼく、行きたい場所があるんです!』


 これはつまり、


「デートのお誘い……か?」

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