第36話 その巨体乙女につき

 唐突な事態に、僕と先生は二人で呆然としていた。


 壊れた門から覗き込んだ先は巨体と複数人の候補生との戦いだった。

 候補生達は顔の前面に十字が描かれた布を貼り付けている。

 魔術正教の教徒が虐殺を実行したのは明白だった。


 布を貼り付けた候補生も、そうでない普通の生徒も共に斃死へいししている。


 そして返り討ちにしたのが、巨体なのだろう。

 筋肉質で大きな身体はデッドリームを彷彿とさせるが、その強さは比べるべくもなかった。


『城外で確認した死体が約五十ということを考えれば、この授業では少なくとも百人は参加していたと考えられる。基本的に授業での演習は平等な数で行う故。さすがにまだ数的不利の状況を想定した演習はしていないと思うが』


 それが本当ならば相当な数だ。

 敵対していた教徒の数も判然とはしないが、数十人が強襲したのだろう。

 迫り来る教徒を全て返り討ちにして見せたその実力は、確実に学園内でもトップクラス。


 その最たるものが──城壁の穴だ。


 空を切った筈の拳は、射程外の敵を一人残らず吹き飛ばした。

 更に殲滅するだけでは飽き足らず、二メートルはある分厚い城壁を撃ち破って穴を開けたのだ。

 魔術を使用したとは言っても、無属性魔術と分類される物は強化のみ。

 肉体の強化をする事で、攻撃や防御性能を格段に高める無属性魔術だが、飛ぶ拳圧など聞いた事もない。


 彼が武器を持ったならば、まさしく鬼に金棒。

 破壊の規模も想像がつかない。


彼女・・は……ブリジット・ロング・バッタリア君ですね。若干十八歳でAA級冒険者の資格を持ち、アイアンドット領内で魔物を退治していた凄腕無属性使いである。

 この学園唯一の魔法が使えない候補生だが、無属性適性は驚異の4.5! 魔法が使えない欠点を補って余りある才能である。これは世界的に見ても、かなりの強さであろうな……」


「凄い! 適性ゼロなんで、凄さの実感とかはあまり無いですけど………………ん? ちょっと待ってください。今、彼女……って言いましたか?」


「基本的に3も適性があれば属性を使いこなすのに充分だと定義されているのだ。

 六王族セクターのほとんどは4を超えているものばかりの事を考えると4.5は相当希有である事が分かるな」


「僕史上、最大の謎を置いてきぼりにしないでください!」


 もう気になって夜しか寝られないよ! とありきたりなツッコミを入れそうになる。


 学園指定の制服は内包する筋肉ではち切れんばかりに膨れ上がり、そこらの男よりたくましい。

 女の特徴の一つである胸は筋肉に支配され、柔肉の影も形も無い。

 極め付けが黒革のマスクだ。

 寧ろ、あれが本当のデッドリームですと紹介された方が納得出来る見た目をしている。


 だが、意外なところで女だと納得した。


「あっ! お、おい! 俺のポージング影からチラ見しやがって! ちっくしょー、は、恥ずかしいじゃねぇかよぉ……。マジかよ、知らずにずっとはしゃいじまったじゃんかよ……」


 門から覗く僕らに気付き、顔を両手で隠し縮こまるブリジット。

 確かに、ガッツポーズをしたあたりからポージングを眺めていたが、この照れ方で男だったらそれはそれで驚きだった。



 --



「よく攻撃しませんでしたね。正直目があった瞬間にまた飛ぶ拳で吹っ飛ばされるかと冷や冷やしたんですが」


 敵がいない事を確認して、僕と先生は状況確認の為、城へと侵入した。

 先生は死体の検分を行う為、城内の状況確認を一人行っている。


 ブリジットは疲れたのか城壁に寄り掛かりながら、面倒くさそうに答えた。


「あぁ? 残念ながら俺は戦闘狂ってわけじゃあないんだ。殺気でと同じか、そうじゃないかくらい、分かるっつぅーの」


 ブリジットは戦場だった広場に目線だけを向ける。

 城外よりも、遥か多くの死体が転がっている。


 候補生と教徒との戦いで生き残ったのがブリジットだけと言うのも驚きだ。

 皆、何千万という中から選ばれた一万人の精鋭なのに、教徒に負けてしまった。


 ブリジットに使っていた聖言せいごんという、魔術正教だけが使える攻撃法に惑わされたのかもしれない。

 しかしどうして教徒かれらはここにいて、なぜ候補生を襲ったのだろうか。

 謎は深まるばかりだ。


 一人調査をしていたスヒルデュレイ先生が、死体の検分を終えて帰ってくる。

 その手には教徒が使用していた十字架の装飾がなされた銀の剣が握られていた。


「これは銀杭ぎんくいと呼ばれる聖具である。魔術正教の教徒だけが扱える正真正銘の武装だ。

 しかし、この学園には部外者は入って来れない。訓練場の空間魔法を管理する者が許可した者のみがスカイディアには入れるのだ。つまり候補生と教師以外は空間魔法使いにより、侵入する間も無く弾かれるのだ。

 と、考えると矛盾が生まれる」


「彼らは……外部の人間では、ない!?」


 言葉を聞き、考える間も無く口から言葉が出ていた。

 先生は神妙な面持ちで頷いた。


「故に制服を調べたところ……」


 手に持つ剣の裏から出現するのは見覚えのある薄い水晶だ。

 それは僕も肌身離さず持ち歩いている、候補生の証たる制服と対をなす存在。

 生徒手帳。


「──全員元は候補生であるという事だ」


「はっ。どーりでおかしいと思ったぜ」


 核心をついた言葉に納得しながら、ブリジットは吐き捨てるように介入する。


「どういうかな?」


「……授業で攻城組、籠城組と分かれたんだけどよ。戦いが始まった瞬間すぐにヤツらが内側に湧きやがった。城のどっかに穴でも開いてたと思ってたが……なるほど、最初から両方とも敵だったってわけだ。良い攻城作戦じゃんか……仲間に敵を紛れ込ませるなんてな」


 ということはつまり、籠城どころか最初から最後まで中と外から迫る敵を相手にブリジットは戦い続けていたわけだ。

 だというのに、教徒が数秒で召された聖言せいごんを受けても耐え続け、剣傷が幾らつけられても抵抗し続けたのか。


 ──化け物め。


 教徒の一人が口にした言葉を思い出す。

 確かに、これだけの強さを前にすれば化け物と口にしたくなるのも理解出来る。

 少なくとも、僕ではこの窮地から脱する事は出来なかっただろう。


「じゃあブリジットさん以外、普通の候補生は味方でいなかったんですか?」


「いたぜ、もちろん。でもすぐ死んだよ。何せ数が数だったからな。囲まれて数分でグサリと…………あー、いや。そいえば一人居たな生き残り」


 気怠げに思い起こしたブリジットは視線を、近くの城内へと繋がる入り口に向けた。


「ほら、出て来いよ。もう隠れる必要もねぇじゃん」


 その言葉が決め手となったのか、通路の影からヌッと姿を現す男。

 赤身がかった金髪が特徴的で、その手には血に塗れた鉄棒を握っていた。

 彼も教徒を相手に城内で奮闘していたのだろうが……。


「どこかで見た事があるような……」


 見覚えがある顔だが、どこか記憶と違う。

 路地裏でぶいぶい言わせていそうな凶悪な顔付きをしているが、髪はぺたりとしなって覇気がない。

 鉄棒という武器をぶら下げているにも関わらず、自信なさげに目を泳がせる。

 同時、見定めるように彼は、僕と先生を観察していた。


「おや。エイト君はご存知であるか。残念至極、我輩ある程度有名な候補生であれば記憶しているが、生憎と知らぬ顔だ」


 先生が知らないならば、僕と同じく平民出の天才や優秀な人物なのだろう。

 知らない、という言葉に、


「……まぁ、しゃーないっすよ」


 初めて男は、特に気にしてもいないように呟いた。


「俺、有名じゃないですし、ランキングも毎回下位を彷徨うろついてるし、大した事も、出来ないっすし」


 兎に角マイナス思考。

 それが彼の通常運転なのだろう。

 気分虚げに呟く男に視線が集まる。


「……あぁ、紹介がまだでしたっすね。ゼンズフト・レアリダンデ。これを機に陰湿な苔野郎とでも、記憶の片隅に……覚えて貰わなくても別にいいっす」


 ある意味強烈な自己紹介に、脳裏に刻まれたと思う。

 容姿と中身があまりにも結び付かない。

 或いは、その見た目の所為で自分を卑下するような性格になってしまったのかもしれない。


「ゼンズフト……。エンエム殿であれば、全候補生を把握しておられる故に、ご存知であろうが、やはり我輩は知らないである。

 まぁ……良いのだ。君ら二人には今回の事件についての詳細を確認したい。他の教師達も授業が終わり次第到着する、第七十二訓練場の処理は彼らが行ってくれる筈だ。エイト君は、気にせずシュヘル殿の元で訓練に励むと良い」


 気にせず、と言われてもさすがにそういう訳にもいかない。

 数多くの死体を見たのだ。

 人と話していれば紛れると思ったが、甘くない。

 胸の中にぐるぐると気持ち悪い感覚が渦巻いている。


 身体を動かせば多少は変わるだろうか。

 気持ちを切り替えて、シュヘル先生との訓練に挑もう──


「エイト、さん。あんたが──クラールハイト……」


 しかし、ゼンズフトがすれ違い様に僕だけに残したメッセージが、耳に残った。


「え……それはどういう」


 僕の言葉にゼンズフトは立ち止まらない。

 二人はスヒルデュレイ先生に連れられていく。


 結局、訓練では死体の映像とゼンズフトの意味深な言葉が反響して、集中など続かなかった。

 シュヘル先生にこてんぱんにされた後、今日の訓練は早めに終了した。

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