第34話 芸術の教師 後編
授業時間。
受講者が誰もいない芸術の授業は自ずと、僕の魔法の相談会となっていた。
ほとんどの席はカエルや人体模型像などの実体化した絵達が陣取り遊んでいた為、仕方なしに最前列に座る。
とはいえ、真面目に取り組んでくれるスヒルデュレイ先生の内容を聞くにはベストなポジションだ。
問題点を纏める先生の内容をメモ取る僕の姿は、ある意味授業を受けているようだった。
「結論から言えば、君の悩みは至極簡単なものである。形のない光や音を絵にしたいならば、形を与えて仕舞えばいい」
改めて僕の悩みを聞いた先生は自信気に言った。
“闇”が使える、
僕はそれを、光という形なき物だから絵に変えれないと決め付けていた。
そこに対する答えとして、形を与えるとはどういうことなのだろう。
「創作に正解はない。君の……“闇”とやらが使用来たのであれば、論理的に君も出来る筈。そこに生まれる君と“闇”との差異は、単純に、想像に力を費やしているか、ここに尽きる」
「でも、スヒルデュレイ先生の魔法は描いた絵を実体化する魔法、想像力が関わって来るのは分かりますけど……僕のは現実にある物を絵に変えるので、そこに想像力は関係ないのでは……?」
「では訊くが、君の封印したというその“闇”は、果たして、元からその形だったのだろうか」
「それは……」
「答えられない筈だ。記憶がないからではない。君はこの“闇”を自分と同じだと感じたと言及した。シュヘル殿の文面にも記載されていた。同じ……つまりは過去か、人格か……或いはその他か。何にせよ、君は一度、形なき物を絵として変化させた実績があると我輩は見ている」
先生の考察に一驚する。
僕の現状を伝えただけでこれほどの分析をしたのだ。
その事実だけでシュヘル先生が僕をこの人の元に送った理由が窺えた。
「君に見せてもらった闇の絵は、混沌たる闇が渦巻く……そう、深海へと引き摺り込む渦潮のようだ。君は当時、ソレをそのように感じていたということなのだろう。そしてソレは魔法によって絵に変化し封印された。闇の問題そのものを解決出来ぬが、今回の目的は形なき物を絵にする力の依頼だ。とりあえず、君が使える証明には至れたと思う」
ココン、と黒板を叩き、実証の文字を指差す。
「よく覚えておくが良い。実行の可不可を決定するのに、最も必要なのは理解だ。
で今回、可能かどうかの理解に成功した。次は実証、である。研究者の言葉を借りるなら」
「でも……僕にそういう想像力なんかはありませんけれど……」
「いや何。簡単な物で良いのだ。例えば、音。コレは、どう感じる!」
先生の振りかぶった拳が、机を強打する。
突然の大きな音に驚いて肩が跳ねた。
背後ではガラガラガッシャン! という音が響く。
誰かが音に驚いて椅子から落ちたようだ。
「ドォン! とか、バァン! ですかね」
「ならその文字で良いではないか」
「も、文字ですか?」
「そうだ。例えば我輩の魔法でもこんな具合に」
黒板へと滑らかにチョークを滑らせる。
描かれたのは絵画でも芸術でも何でもない、ただ一言ズガァーン、だけだ。
だがデザインの迫力だけで音が鼓膜を揺らすような、そんな気さえする一文字。
視覚情報だけで命を持つ文字だ。
それが確たる効果を齎さない筈もなく、
「うわぁっ!?」
黒板から飛び出して、眼前で爆音が響く。
その
僕が予想通りに驚いたのが嬉しいのか、くつくつと笑いながら、
「芸術を理解するのだ少年。創作に正解はない。具象絵画のように忠実に模写するも良し、抽象絵画のように心のまま筆を濡らすのも良し。或いは文字でさえ、意匠を凝らしたならば芸術であろう。
まず君がすべきは音や光の明確なイメージを作り上げる事、そして、戦闘での瞬間的な発想の練習。これが君のすべき、訓練と言ったところである」
僕の悩みを一蹴して見せた。
脱帽、と言うのだろう。
僕が新たな
“闇”に出来て、僕に出来ない劣等感を進化する為の希望に変えてしまった。
仮面をつけて、変な仲間を連れているおかしな人ではあるけれど、この人もシュヘル先生と同じ、教師なのだと実感する。
「しかし気になる事もある。君の闇、一体いつからその本に入っていたのだ?」
そしてシュヘル先生も指摘する事は無かった謎に、辿り着く。
とはいえあの人であれば、敢えて口にしてない可能性も全然あるとは思うけれど。
「いつの間にか、です。今までは紙に封印して肌身離さず持ってたんですが……気付いた時には本に移ってました」
「だが君の説明では確か……保存した絵が傷付けられると実体化に影響が出る。その為、絵は動かせないし、絵になった自身も動き回れない……であったな?」
「そうです。だから僕ではなく、“
「うむ」
先生と僕は共に身を乗り出して、
合図も無しに言葉を重ねた。
「「実行の可不可を決定するのに、最も必要なのは理解!」」
であるな、と先生は微笑んだ。
「つまり僕の次の攻め手は、音と光を保存する能力会得に加え、解言無しの魔法の使用、後何に使えるかは分からないけど、保存した絵の移動も視野に入るという事ですね!」
「うむうむ。我輩の助言が役立てるとは、歓喜ここに極まると言った具合であるな」
先生は本当に嬉しそうに笑顔で頷いているが、その台詞は僕の方こそだ。
この十年間、己の身体と剣術のみを鍛え続け、魔法の鍛錬を怠った僕。
今回魔人戦により極限状態へ追い込まれた僕は自然と
そこから
その霧を払い、道を示してくれた二人の先生。
彼らに出逢わなければ、僕の勇者への道は更に険しくなっていた筈だ。
ならば、スヒルデュレイ先生との出逢いを無駄にしてはいけない。
「先生……お話があるのですが」
「おや、まだ何か悩みがあるのかね?」
「いえ、今度は悩みじゃないんですけど──」
「大変だぜ! 旦那!」
僕の言葉を掻き消すように
慌てた様子で、ぴょんぴょん跳ね何かを訴えようとしている。
「何かね。我輩、久方ぶりの候補生との対話に
「んな事、後ででもできらぁ! 教師用端末から緊急伝達だ! 第七十二訓練場で、乱闘が起きたらしい!」
「……なに?」
カエルの言葉にスヒルデュレイ先生は顔色を変えた。
カエルの口の中から出て来た蛇が咥える、薄い板のような水晶は、生徒手帳と同じ役割を果たす教師用端末だ。
端末を操作し、浮かび上がる情報に目を通していく。
「複数人の候補生が乱闘中、手の空いている教師はすぐに来られたし……既に死人も出た、か。ただ事ではないな」
先生は近くにあった巻物のような物を手に取って、教室の扉に手をかける。
「君達はここにいたまえ! 我輩は状況の確認をしてくる!」
「ぼ、僕も行きます!」
「んなっ……、何を言って」
候補生同士の争いであれば僕も無関係の話ではない。
三次試験の内容も発表される前のこの騒ぎ。
何かあると考えるのが正しいだろう。
それに……嫌な予感もしている。
「……仕方ないであるな。我輩に強制する理由もない。来るならば来い、少年よ」
僕の決意を認めたのか、嘆息めいた声音と共に頷いた。
「はい!」
筆記用具セットと本を全てリュックサックに収納して、丸ごと“
授業中に事件が起きるなど学園始まって以来の異常事態だ。
決闘は何度か目撃したけれど、二次試験までの間は死人も生まれなかった。
それ自体が異常だったのかもしれないが、兎も角。
一抹の不安を抱え、スヒルデュレイ先生の後を追う。
影を潜ませていた、勇者の椅子の奪い合いが遂に姿を見せ始める────
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