第28話 不吉な飴

 

「エイトくん、元気ないですね」


「え……あ、あぁ、ちょっとね」


 エンエムとのやり取りからずっと、心の中に感情が渦巻いている。


 シュヘル先生の実力は確かなものだ。

 半ば不本意的に結んだとはいえ、最終的には彼女を師匠と認めた。

 エンエムとの師弟関係ほしさに約束を破るのは、言語道断であり、自分の出した結論は間違っていないと思う。

 故に、誘いを断った事に関して後悔しているわけではない。


 ただ単純に嬉しいのだ。

 僕のようなこれと言った取り柄がなく、高い地位も高潔な血統も持たざる僕が、エンエムやシュヘル先生から注目されている事実が嬉しくて仕方ない。

 思わず、笑みが溢れてしまう。


 それと同時に申し訳なさが胸に溢れている。

 折角誘ってくださったエンエムの話を断らなければならない


 今までろくに恵まれてこなかったのに、ここに来て神様はどうして手のひらを返してくるのか。

 まぁ、同時に多くの困難にもぶつかっているわけだが……。


 と、そう色々考えているうちに心が疲れてしまった。

 それを察してか、授業中ながらもひそひそとティアが心配してくれる。

 優しい子である。


「午前中、何かあったんですか??」


「まぁ、ちょっとね。大した事じゃあないよ」


 兎も角、断ってしまったものはもう返ってこない。

 今回は、エンエムの期待の分までシュヘル先生との訓練で強くなるしかない。

 そう固く決心した僕だった。


「己が人生に煩悶するか、哀れな変わり種よ」


 会話を斬り裂く、力強い男の声。

 声の主は僕の真横に座り、異様な存在感を放つ。


 黒髪に黒眼。大人びた顔立ち。

 その黒い瞳は感情が読めない。

 実際に見ている場所よりも、遥か遠くを見据えているような感覚さえある。


 黒色に染まった制服を肩掛けし、胸には国旗と思われる闇魔術の紋章があった。

 制服に走る青の線のデザインは全く同じのため、僕らの制服と同じと断定したが──この特徴的な容姿はまさか。


 僕が正体に気づき息を飲む間に、横からティアがその名を告げた。


「ダマスカス王国の王族、レイ・ナイトメアダークサイド……!」


「久しいな。息災か? ブライトハイライトのせがれ


 レイ・ナイトメアダークサイド。

 闇魔術を極めた六王族セクターの一人だ。


 旧友に会えて喜んでいるのか、或いは挑発するような笑みをレイは零す。

 しかし同じ王族であるティアは髪を逆立て、瞳孔が開き、威嚇する獣のような反応を見せている。


「というか……せがれ? ティアは女の子だからその呼び方は変じゃあ……?」


 確かに、客観的に見れば中性的な顔と、呼べなくもない。

 美少年として多くの女候補生に騒がれてもおかしくはない。

 だが彼女は女性制服たるスカートを履いているし、何より、内より溢れ出る可愛さは女性以外の何者でもない。


 純粋な僕の疑問の前に、レイは目を丸めてきょとんとした。


「は。よもや、友人にまでその事実を隠すか。ブライトハイライト。その程度の事を、未だ乗り越えられぬから貴様は王にはなれぬのだ」


「余計なお世話だよ……」


「余計なお世話……か。いや、確かにその程度と呼ぶのは無粋だったか。貴様の境遇を真に理解し受け止めるには聖人ですら容易ではない。貴様の在り方は、歪で、不確かにすぎるからな」


「分かったような口を聞くなよ……。ぼくと君の国は、中でも仲が悪い国同士なんだ。その理由は言わなくたってわかるだろ」


 僕を挟んで行われる王族の会話はあまりに空気が重い。


 ティアとは思えない冷たい言葉遣いは、彼女のレイに対する敵対心によるものだ。

 普段見る事のないティアの無愛想な態度。

 それを真正面から受けるレイは尚笑いかけた。


「何を言う。嫌悪するのは貴様であって、俺ではない。俺はいつだって、親愛の態度を前面的に押し出しているではないか」


「ふん……どうだか。君達ダークサイドの言う事は信じられないよ」


「まぁ、我ら一族にそこまで敵意を見せるのも理解出来なくはない。これ以上、お互いの距離が縮まないのは非常に口惜しいが……それはこの際よかろう。俺がここに来たのは、何も貴様と世間話をするためではないからな」


「……なに? じゃあ、何しにきたんだ」


「──忠告、だ」


 怒りを含んだその言葉は、全身の血が冷え、戦慄を覚えるほど。

 手が自然と震えていた。


「俺は、激怒している。この学園で今、徒党を組み、人民をたぶらかし、己が欲望を叶えようとするやからが生まれた。いや、元から息を潜めていたが今になって本性を現したのだ。

 俺はソイツを潰す。だが貴様らが敵に回るのだけは避けたい。故に忠告しに来た」


「つまり……何者かが、チームメイトだけではなく……大勢のグループを作っている、と言う事であってますかね?」


「うむ。主に二つの勢力が力を上げてきている。一つはバブルス・ヴァンブレード。奴らは殺しに特化した魔法を探し求めて候補生を所構わず襲っている。一次試験の時はなりを潜めていたがここに来て活発に動き始めたな。しかし問題はもう一方だ」


 レイは懐に手を突っ込み、こちらに何かを放り投げてきた。


「……飴?」


 白い球体。

 見た目だけでは分からないが、触り心地は菓子屋で見かける棒キャンデーの塊部分に近いものだった。


「留意せよ。それを口に含んだが最後、洗脳され己が意識は消える」


「──なっ!?」


 思わず投げてしまった飴を、見事空中で掴み取るレイ。


「この飴により、俺の同胞が洗脳された。他にも数多くの事例を聞いている。独自に調査を開始するつもりではあるが、まずはなるべく敵対は避けたい貴様らの元へ顔を見せたわけだ」


「な、なるほど……って、貴様、?」


 驚く僕の様子を見て、快活に高笑うレイ。


「数多くの噂を聞くぞ? 変わり種。

 一次試験ではデッドリームを無傷で倒し、二次試験では魔人まで進化した魔物を討伐したと言うではないか。充分、敵に回したくはない人材だ」


「あはは……それはどうも」


「兎も角だ。バブルスと違い、元締めが不明のこの状況下、果たしてどの程度まで集団が膨れ上がっているのか予想が出来ん。周囲全てを敵と考えて、生活する事だ。もし、信頼に足る人物がいるならば、忠告しておけ。仲間が敵になった時、鈍るのは己の手だ」


 仲間が敵になる。

 その言葉を聞き、真っ先に浮かんだのはパック達の姿だ。


 彼らの事をほんの数分前まで仲間だと思っていた。

 そのほんの数分の間に、敵になってしまったのだ。


 非常に恐ろしい。

 もちろん、敵である仲間に背を預けている状況も充分に恐ろしいが。

 真実を知る事で、今までの楽しい時間が嘘だったのだと否定されることが、何よりも恐ろしい。


 拳を握り締める。

 飴の力は前回と違い、強制的に仲間が敵になってしまう外法だ。

 そんな物、許しておけるはずがない。

 もし出会ったならば、被害を出さない為にも辞めさせなければ──!


「あのー、あんまり騒がれると、授業出来ないんだけどぉ」


「「あ」」

「む」


 教師からの注意が入り、周囲の異変に気付いた。

 会話の熱は、いつのまにか教室中の視線を集めるまでに高ぶっていたのだ。

 と言うよりは、ほとんどレイの高笑いの所為な気がするが。


「仕方あるまい。履修していないが、ここは一つ、授業を受けていくとしよう」


 やれやれと言った具合に授業を共に受けるレイ。

 その後の授業は大イビキをあげるレイの所為でほとんど集中出来なかったのは、言うまでもあるまい。


 そして、


「ごめんなさい、エイトくん。ちょっと今は一人にしておいて欲しいです」


 ティアは授業が終わるなり、そそくさといなくなってしまった。

 彼女はどうして、そこまでダークサイドを嫌うのだろうか……?


 ---


 放課後。


 異質で黒に支配された空間。

 闇が出迎え、客人の来訪と共に光を走らせる。

 光の線により形成された、連なる正方形だけの闇の世界は、どこか作為的で落ち着かない。

 スカイディアにある草原や砂漠や山と、場面想定出来る訓練場が、如何に使いやすいかを実感する場所だった。


 そんな暗鬱なシュヘルの訓練場に、昨日の今日で僕は来ていた。

 理由はもちろん、訓練をする為。

 シュヘルに呼び出されたのだ。


 部屋に入り、指定された本を書棚から引き抜き仕掛けを作動させ、階段を下りた闇の先に、シュヘル先生は座っていた。


 岩のような闇の塊に座って、パイプ煙草を吸っていた。


「今日からよろしくお願いします。シュヘル先生」


 パイプから立ち昇る煙は、闇の世界で一際姿を目立たせている。

 煙の味を楽しむように肺に含んだ後、シュヘルはゆっくり吐き出した。


「今日はお前さんの事を知ろうと思う」


「僕の、事ですか?」


「そうだ。お前さんの事を知らなければ、そもそも訓練のしようがないし、私が知りたいのはお前さんの魔法の力だ。だから今から基礎的なことも含め質問をするから、口答えせずに答えるんだ。いいね?」


「は、はい」


 妙な圧を感じる。

 どこか、不機嫌で抑えている苛立ちが少しだけ顔を見せている。

 例えるなら、沸騰する鍋の蓋の間からカタカタと泡が出ているような感覚。


「まず、魔術、魔法、魔物には全て五段階ある。魔術は数字で5が最高値、魔法は五段魔法フィフス・マギナ、魔物は五段魔フィフス・フェーズ……とね。それは知っているだろ?」


「はい。もちろんです」


「現在確認されている五段魔フィフス・フェーズの魔族は魔王だけとされている。そして、五段魔フィフス・フェーズを倒す勇者には、最低でも五段魔法フィフス・マギナにまで進化してもらわなければ困るわけだ」


「そう……なりますね」


「そこで、お前さんの魔法練度を訊きたい。魔術適性が全てゼロなのは知っている。魔法段階が、初期調査書……つまり入学当初では一段魔法ファースト・マギナと出ているが、今何段だ?」


「まだ……一段魔法ファースト・マギナのままで……うっ」


 あからさまに目を細めて睨んでくる。

 確かにこの学校の候補生のほとんどが三段魔法サード・マギナに至っている。

 パックとセキナも、そしてティアも三段魔法サード・マギナだ。


 世界の大台として、三段魔法サード・マギナに到達した人間は強者とされる。

 今、AA級以上の冒険者として働く者のほとんどが三段魔法サード・マギナだ。

 四段魔法フォース・マギナ五段魔法フィフス・マギナなど数えるほどしかいない。


 僕が知っている範囲ではアヤメは四段魔法フォース・マギナと言う噂を聞いている。

 そして尊敬するエンエムはもちろん五段魔法フィフス・マギナ

 現王として成り立つアヤメやティア達の親たる六王族セクター四段魔法フォース・マギナ以上だと言われている。


 だから、僕がこれ以上強くなる為に、更なる進化が必要なのは確かだが。

 一段魔法ファースト・マギナの僕がどこまで強くなれるのだろうか……。


「魔法段階の検定はいつ受けた?」


 その唐突な質問に一瞬硬直する。

 朧げな記憶を辿り、先生の求める答えを探す。


「えっと……入学前の書類審査の時から一度も受けてない……かと」


「そうか。じゃあ、私が検定持ちで良かったな。少し荒いが我慢しろ」


「え、それってどういう」


 僕の背中に回り込むシュヘル先生。

 どこから取り出したのか。

 真っ白な紙を掌に貼り付け、勢いよく腕を引けば、自ずと張り手の形となってそれが僕の背中に叩きこまれるという話に──


「いったぁぁぁぁぁっっっ!!?」


「ふむ」


「いやいやいや、何冷静に“ふむ”とか言ってるんですか!? めちゃくちゃ痛かったんですけど!」


 僕の悲痛の叫びは何処へやら。

 シュヘル先生は気にせず、僕の背中に叩き付けた紙をマジマジと見ている。


「すまないね。実験動物モルモットに手加減はできない主義だ」


「またモルモットって言った!」


 実力は認めるけれど扱いがあまりに雑すぎる。

 このまま僕はやっていけるのだろうか。

 幸先不安になる中、シュヘル先生は、


「ふふ」


 笑っていた。


「どうしたんですか……? その紙で何か分かるんですか?」


「喜べ少年、お前さんの魔法は既に進化している」


「え……?」


「ほら、これがその証拠だ」


 突き出されるのは先程の紙だ。

 羊皮紙のような荒い材質の紙には直接焼いて描いたような文字が浮かび上がっており、そこには確かに、


思い出作りブック・メイカー……二段魔法セカンド・マギナ……!!? う、嘘……いつの間に」


「そりゃ魔人を倒した時だろう。魔法の進化には、本人が困難な壁にぶつかる必要がある、と言われてるからね。純粋な訓練で進化する者もいるが……まぁ、稀だ。良かったじゃないか。とりあえず、戦いに幅が生まれる」


 確かに僕の魔法系列であれば進化と同時に新たに能力が増える場合がある。


 魔法には成長型、万能型、召喚型と三つ存在している。


 成長型は基本の能力は変わらず、その魔法自体に出来る幅が増えていく型。


 万能型は個々の使い道に限定はされど複数の魔法を同時に持てる型。


 召喚型は使用者本人に影響を及ぼすものはないが、代わりに武器や使役できる動物を召喚し、それらが段階毎に強くなる型。


 僕の魔法は成長型。

 ずっと、選んだ生物以外の対象を絵にして保存する魔法、は変わらないままだが、それを基盤にして能力が増えていくのだ。

 とはいえ、二段魔法セカンド・マギナに上がったばかりでは、たいして増えてもいないだろうけれど。


「とりあえず保存できるストックは五つにまで拡張されたみたいだね。他は……特に変化はなし、と言った感じか」


 シュヘル先生はまじまじと紙を眺めて、残念そうに言った。

 きっと魔法の幅が更に広がり研究もはかどる、と考えていたのだろう。

 僕的にも、出来る事が増えないのは少し残念だが、ストック数が増えるだけでもありがたい話だ。


「これからの魔法の進化はわざわざ調べなくても感覚で分かるはずだよ。身体のうちから何か溢れるような感覚があるはずだからね。魔法の力もわざわざ検定で見なくたって、本能でわかるはずだ。だから今回、私がお前さんに課す、試験までに達成することは──」


 嫌らしい笑みが、僕を刺す。

 背筋から震え上がるような寒気は確かに間違いじゃない。

 眼鏡を外し、黒手袋を精製したシュヘル先生は戦闘態勢やる気満々だ。

 僕も勝手に身構える。


三段魔法サード・マギナになる事だ」

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