第26話 躍動する陰謀
その頃──寮の食堂にて。
寮の食堂はスカイディアと同じシステムが採用されている。
広さもほぼ同様。果てしなく続く机の先は視認する事は叶わない。
地下に作り上げられ、部屋の魔法陣から移動出来るこの食堂は、いつの時間も賑わっているが、
「ちくしょぉっ!! どうしてボクがこんな目にぃ!!」
今日この日は全く違う喧騒が食堂を占めていた。
「まぁまぁ……落ち着いてくださいよフラム様」
「そうですよ、フラム様。ほら、牛乳でも飲んでお気を鎮めてください」
食堂の一角で、ワインを何杯も飲み干し、端正な顔をぐちゃぐちゃに叫ぶ赤髪の男。
フラム・フレイムクラフトは荒れている真っ最中だった。
王族の品性などなく食べ散らかし、飲み終えたワインが机に転がっている。
既に五本は飲み終えたようだった。
悪酔いする己が主人に、従者である候補生二人はフラムを
「うるさいんだよ! 君らさ……ボクがどれだけ苦労して今の力を手にしたのか分かってるのか!? それなのに……何も知らない凡人共がぁぁぁ……! 仕方ないだろぉっ!? 護れなかったもんは護れなかったんだからさぁ!? ボクが全部悪いってのかヨォッ!?」
食器を薙ぎ払い、憤怒の雄叫びをあげるフラム。
顔も真っ赤で最早、収拾のつけようがない。
その荒れように、思わず従者二人もびくりと身体を震わす。
「ボクだってなぁ……! ボクだって助けられるものなら助けたかったさっ!! でも仕方ないだろう!? ボクの力が足りなかったから……君達しか救えなかった……!! そのボクをどうして責める? ボクが死んででも救えば良かったのかよ!!」
机を怒りのままに殴りつけるフラムの拳からは、余りある力に拳が耐えきれず血が滲んでいた。
涙を流し、唇を噛むフラムの感情は後悔と自責の念に駆られていた。
「いいえ……私達はフラム様に救って頂いて、感謝しております。二次試験の魔物は、とても強かったですから……」
「フラム様が決死の思いで僕達を助けてくださったのは、誰でもない僕達が知ってます。あの二人は、運が悪かっただけです……。決して、フラム様の所為ではありません」
二人は俯きながら答えた。
フラムが後悔しているように、従者二人も同じく後悔しているのだ。
自身に力がない事に。
守られる存在だという事に。
血が滲む程、握り拳を作り身体を震わす従者二人を見て、フラムは冷静を取り戻し、
「そう……だよな。君らも、辛いのは同じか……」
椅子に深々と、力無く座った。
自分だけが暴れるのはおかしい。
少なくとも次の王たるフラムを護ると、勇者になる夢を捨てて従者になった候補生二人が、本来冷静でいられるはずがないのだ。
護るべき王に、護られてしまったのだから。
しかも仲間の二人は、戦死した。
償いきれない責任感に押し潰されそうになりながらも、二人は気を鎮めていた。
その理由は他でもない、フラムのためだ。
命懸けで主人が従者を護ったのならば、その行為に恥じる事はしてはいけない。
だから二人は静かにフラムを見守っている。
それに気付いたフラムは脱力し、椅子にもたれかかる。
「でもよぉ……もう
優しく厳しい
鎮まったのも束の間、小さな火種から燃え上がる炎の如く、フラムの激情は蘇った。
机の上のフォークを高々と持ち上げて突き刺す。
そのあまりの殺意に従者二人も面持ちが引いていた。
「アイツぅ……アイツアイツアイツぅぅぅっっ!! エイト、エイト・クラールハイトぉっ! アイツと出会ってからおかしくなったんだ! 決闘では負けて情けをかけられて、
アイツの所為で、ボクの人生はめちゃくちゃダァァァァッッッ!!」
何の根拠もないただの八つ当たりに思い込み。
姉を溺愛しすぎる故に、フラムの妄想はエイトを仇敵と判断していた。
そもそもプライドの塊のような男だ。
名も知れぬ平民に負けた時点で、エイトはフラムの標的になる定めだったのかもしれない。
再び暴れ出したフラムに従者二人は対処出来ずに慌てふためく。
所構わず暴れるフラムの所為で食堂に来ていたほとんどの候補生は姿を消していた。
しかし、そんな三人の元に、
「随分と荒れているな、フラム・フレイムクラフト」
「……あん?」
男が一人、来訪する。
顔前面を、十字が描かれた布で覆う怪しげな姿。
服装は候補生だけが持つ白い制服だが、異様な雰囲気は隠しきれていない。
酔っているフラムに戦闘体勢など出来ようもないが──さすがに従者と言うべきか。
怪しげな男とフラムの間に、すぐ二人は壁になるよう立ち塞がった。
「どなた様でしょうか?
顔も見せずに王族に立ち会うのは、さすがに無礼では?」
「まずは名乗り、顔を見せろ。話はそこからだ」
二人は既に敵意を剥き出しにしている。
当たり前だ。主人の目の前に正体不明の男が現れたのだから。
しかもこの学園に残っている候補生は皆、強者ばかり。
油断したらすぐに喰われてしまう。
だから、男の言動一つ一つにも注意していたが、
「……忠誠、大儀である。しかし──尽くす相手が違う」
突然の言葉に二人は反応出来なかった。
まるで己が主人を愚弄する言葉。
時が止まったのも一瞬だ。
理解と共に怒りが湧き上がり、抜剣しようと柄に手を掛ける従者二人。
「まぁ……待て」
それを止めたのは他でもない。
罵倒されたフラム自身だった。
「し、しかし!?」
「フラム様!」
「落ち着けと言ってるんだ。ボクは」
先程までの荒れ様が嘘のようにフラムは落ち着き、グラスに口をつける。
口に含む程度にワインを飲みながら、王の風格を漂わせ静かに言う。
「君……その顔の十字……魔術正教の信者だね? 神に仕える者だ。そりゃ人間様のボクに仕えるのは間違いだと説教垂れるのは分かるけど、何しに来たんだい? 勧誘かな?」
「いや。勧誘ではないよ」
「そう。じゃあさっさと帰ってくれない? 今、ボクめちゃくちゃ機嫌が悪いんだ……。魔術正教と一悶着起こすの嫌だからさぁ、冷静に話してあげてるけど、もし次、ボクら王族を侮辱するようなこと言ったら──」
拳に力が籠り、グラスは弾け飛ぶ。
流血も気にせず、フラムは怒りの言葉を口にした。
「消すよ? 跡形もなく」
嘘偽りのない脅し。
例えそれが酔っ払いの言葉であろうと、真の圧があれば人の心を動かそう。
実際、一瞬だが十字の男は
しかし、
「そうか。では──
「「!?」」
その脅しも相手にされず、十字の男は動いた。
一瞬にして従者二人の懐に入り、顔を掴んで地面に叩き落とす。
「お前────!」
酔っ払いと言えど、王族の血は揺るがない。
即座に身体は背後へと下がり、その手からは摂氏千度を超える炎の剣を生み出すが、
「さすがは王族──少しだけ、肝が縮んだ」
右腕を、十字の男が掴んだ瞬間、炎が消し飛んだ。
「なに──っ!?」
「貴方が酔っていなければ、もう少しまともな戦いになったやもしれないな」
「────むぐっ!」
従者同様、顔を掴まれ地面に叩きつけられる。
その時、違和感にフラムは気付いた。
口の中に何か押し込まされたのだ。
地面に叩きつけられた勢いで、思わず溜飲する。
何を食わされたのかも分からず飲み込んでしまった。
喉を異物が通った気持ち悪さに、喉を掻き毟り咳をするが、吐き出す事は叶わない。
そしてそれは、どうやら従者二人も同じようであった。
「お、お前……! 何を喰わせた!」
「さてね。それは貴方の知るところではない」
「分かってるのか! 王族であるこのボクを殺したともなれば、お前死刑は免れないぞ!」
「最後の最後まで、情けない台詞を吐く王族だ……」
既に十字の男は数歩後ろに下がり、距離を取っている。
このまま追ってもすぐに魔法陣で逃げられてしまう。
いや──そんな事よりも、意識が
ワインをがぶがぶ飲み干していた時よりも、視界が揺れる。
頭の中で鐘が鳴り響くように耳鳴りがする。
とても立っていられる状況ではなかった。
フラムも、従者二人も膝をついた状態から立ち上がれない。
「ご心配なく。死ぬ事はない。次目が覚めた時、貴方達は生まれ変わっている事だろう。我らと同じ境地に至れる事に感謝して、地面を舐めるといい。王族」
「く……く、そ」
ボヤける視界で従者二人が既に動かないのを確認する。
同時、限界が来たフラムは倒れ込む。
暗転していく世界の中で、フラムは、
「
何よりも信じられる者の名前を告げる。
しかし、彼を助ける者は誰もいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます