第25話 二人目の師匠

 

 続く螺旋状の石階段。

 静寂の中、響くのは足音だけだ。

 自然、緊張が高まり唾を飲む。


 魔法魔術最高峰の学び舎、凡ゆる魔術式による様々な簡略化がされているこのスカイディア。

 これだけ最新魔術に囲まれて一ヶ月も暮らしたせいか。

 秘密の抜け道、という響きは僕の心を弾ませた。


 壁沿いに設置された松明が、こちらにおいでと視界に入ったと同時に炎を灯していく。

 階段の先がやっと見えるくらいの薄暗い世界でありながら、シュヘル先生は悠然とポケットに手を突っ込みながら進んでいく。


 続く僕とティアは恐る恐る、壁伝いに手を当てながら進んでいく。

 ツツリもおほー、ほへー、と間抜けな声を出しながらついて来ている。

 緊張感のない姉弟子だ。

 お化けが出てきても怖がるより先に殴りかかりそうな性格だから、ある意味羨ましい。


「ツツリさんはもう師匠は選ばれたのですか?」


 静寂が耐え切れないのか、そうティアが切り出した。

 確かにツツリ程の自信家が誰を師匠に選んでいるのかは気になる。

 彼女も僕の師範代に鍛えられて来たんだ。

 その上彼女にとっては父親であり、父親を尊敬する彼女は体術や剣術系の師匠は選択しないと思うが。


「私はねー、魔術系が苦手だからその手の先生を選んだよ。授業聞いてて一番面白いの、名前はえっと……だれだっけ」


「一番面白い先生なのに忘れるのか」


「えっへへ。しゃーなししゃーなし。まだ会って二日とかだし!」


 それ本当に好んで先生選択したのか……?

 ツツリの判断基準は謎に包まれているから仕方ないところもある。


 と、そこでふと気になった。


「ティアはやっぱりシュヘル先生?」


 ティアの師匠は誰なのだろうか。

 やはりこれだけ慕っているのだからシュヘル先生なのだろうけれど。


「いや……ぼくは光属性の魔術を使い熟す先生を選びました。ぼくは知識だけは誰にも負けない自信がありますけど、魔術はまだまだですので……」


 と、申し訳なさそうにティアは言う。

 視線の先はもちろんシュヘルだ。

 それを感じ取ったのか、軽く笑って、


「その方が私も楽でいい。本当なら弟子なんてとるつもりはなかったんだ。でも、私の研究対象になってしまったなら……抗う理由もない。欲しいものは手に入れる主義でね、っと、着いたね」


 未知の世界に飛び込んでいく冒険心と若干の恐怖を携えて、ようやく僕らは目的地に到着した。


 真っ暗な世界。

 いや──真っ黒な世界。


 比喩ではなく、本当に明かり一つない闇の世界だ。

 視認出来るものなどなく、認識出来ているのはこの場にいる四人だけ。

 どれほど広い空間なのか、或いは狭いのか。

 それすら判然としない空間。


 肌に触れる空気にすら、温度を感じない。

 もしかすると、この空間だけ他の世界と隔離されているのではと感じる程、孤独。


「ここなら誰も盗聴が出来ず、どれだけ暴れても壊れない。模擬戦には丁度いいだろ」


 シュヘルが指を鳴らす。

 音が反響し、黒の世界に白の線が走る。

 正方形をいくつも連ねるように白の線は縦と横の線で重なり合い、この空間の全貌を見せてくれた。


 高さは十メートル、端から端までの距離は何百メートルか、何千か。

 兎に角、広いことは変わらない。


「私の魔法で作った空間だ。他にも色々な要因があって、まぁ、魔法はほぼ使えないが……そこはハンデの一部としよう」


「ハンデ……?」


「あぁ。お前さんは魔法でもなんでも使ってかかってくるといい。私は……そうだな」


 シュヘルは数歩歩いたところで止まり、振り返る。

 嫌らしい笑みを浮かべて言った。


「私はここから一歩も動かないし、魔術も使わない。どうだ?」


「魔法も魔術も使わないで、しかも動かない……? さすがにそれは……」


「いいんだいいんだ。心は大いに痛んでくれ。お前さんがどれだけ気にかけようと私に傷一つつくことはないから」


 シュヘルは両手をポケットから出す。

 空間から黒く粘着性の高い液体が生まれ、両手を包み黒い手袋が形成される。


 それをもって、準備が完了したのか腰に手を当てて、


「来な。一手で終わる」


 あからさまに挑発をした。


 思わず顎に力が入る。

 気乗りはしない。

 自惚れてもいない。


 僕がこの学園で最も弱い人間だと言うのは疑いようもない事実だ。

 魔術が使えなければ、あと頼れるのは魔法と身体の練度のみ。

 しかし魔術に肉薄出来るのは同じ系統の魔法だけだ。

 魔術vs体術剣術で勝てる人間は世界に二人といないだろう。

 頼みの魔法でさえ、戦闘には不向き。


 その常識を何度も覆し、僕はここまで来た。

 幾度も命を落としかけ、ここまで生き延びて来たんだ。

 勇者になる為に。


 ──そんな今までの過程を全て軽んじられているような気分がして、僕らしくもなくささくれ立つ。


「どうなっても知りませんよ──!」


 腰挿しの短剣を一息に引き抜きそのまま疾走。

 正体不明の闇空間の床は石畳と変わらない硬さだ。

 充分な加速を以て、シュヘル先生に肉薄する。


「刻め──」


 振りかぶった刃の切っ先は先生の喉笛。

 後一寸で刃が皮を裂く、その手前で、


思い出作りブック・メイカー!!」


 解言かいごんし、地面に絵として保存される。

 それをすぐに解除して、先生の後ろ側へと回る。


 しかし──それすらフェイントだ。


 何度も何度も地面に絵として張り付き、実体化を繰り返す。

 出現場所はランダム。

 先生の正面、背後、真横、凡ゆる場所に実体化し、決めの一手が悟られないように撹乱する。


「ここだぁ────っ!!」


 満を持して、先生の頭上から打突。

 残像さえ発生したフェイントの応酬からの真の一撃だ。

 例え心眼を持っていたとしても見切ることなんて不可能────


「そもそも、だ」


 シュヘル先生の言葉と共に、

 短剣が僕の手から離れていく。


 弾かれたのだ。

 思い切り右腕で頭上の僕の短剣を一点狙い、弾き飛ばしたのだ。


 あの手袋は刃すら弾く鋼鉄の籠手と変わりない。

 そして魔術は使用しないと彼女は断言している。

 つまりはあれは魔法で作り上げられた防具にして武器か──!


 それに気付いた時にはもう遅い。

 僕の視界に迫る黒の手のひら。

 がしりと顔面を掴んだ黒手になす術もなく、地面へと叩き付けられる。


解言かいごんなんてチャチくさいのまだ使ってる時点で、私には勝てんよ」


「…………」


 指の間から見るシュヘルの顔は戦士の顔だった。

 優しい顔で微笑んでいた。

 子を見守る、母のような笑みだ。


 甘く見ていたのは一体どちらなのか。

 魔術道具士という偏見から戦闘は不得意と断定し、あまつさえハンデを貰ったことに対して憤慨する始末。

 失礼なのは、僕の方だ。


「降参です……」


「よろしい。今日からお前さんは私の弟子で、実験動物モルモットだ」


「はい……僕はシュヘル先生の弟子でモルモットに……って、今サラッと凄いこと言った!?」


 先行きが不安しか無いのだが……。


「にしてもシュヘル先生凄いです! さすが、知る人ぞ知る魔術道具士ですね」


 戦闘が終わり、感極まったティアが身を乗り出す。

 その称賛の言葉にツツリは素早く反応して、


「知る人ぞ知る……? どゆことそれ」


「はい! シュヘル先生は魔族と魔術道具の関係性について研究されていて、その際に六つの道具を生み出したんですが……あ」


 失言でもしたかのように口を手に当て、目を開くティア。

 魔族と魔術道具の関係性など考えた事もなかったけれど、シュヘル先生の取り組んだ課題が普通で無いのは理解できる。


「まぁ別に良いさね。これから弟子になる奴と、その姉弟子だろ? じゃあ気にする程のことじゃあない」


 頭をポリポリ掻きながら面倒臭そうにシュヘルは言った。

 どちらかと言えば、弁解しようとするのが面倒臭そうなイメージだ。


「それに大したことじゃあない。私が表舞台から消える理由の一つとなったのが、その六つの魔術道具ってだけさ。おかげでひっそりと暮らしてたんだけどねぇ、ティアだけが私を知っていたよ」


「ティアだけが……?」


「はい。ぼくはその、王城の図書館によく籠もっていたので、偶々知ったんです。

 最強にして最凶の、六つの魔術道具……六黑獄魔具ろっこくごくまぐの製作者が、シュヘル先生だということを」


「な……っ、ろ、六黑獄魔具ろっこくごくまぐっ!? と、都市伝説のあの魔術道具?」


「はい……」


 六黑獄魔具ろっこくごくまぐ

 それは世界に点在するとされる六つの魔術道具の名前だ。

 強力な闇魔術の力が内包されているとされ、手にしたものは強大な力を得る代わり、使えこなせなければ悪影響を及ぼすとされる呪いの道具。

 正直、都市伝説の枠からは外れてないと考えていた話だったが、まさか本当に存在してるなんて。


 しかも、その製作者がシュヘル先生だったなんて驚きの連続である。


「ま、そういうことだね。そんな危ない道具を開発した偉大な教師が面倒を見るんだ。喜べ少年」


「は、はぇぇ」


 正直、喜んで良いのか、悲しんで良いのか分からない情報だが、それだけ実績がある人が師匠になってくれるのならば、僕の悩みも解決してくれるかもしれない──


「私もやっていいか! シュヘル教師の動きを見ていたら身体が疼いて仕方ない!」


「……やれやれ、パワーを持て余してるのがいるみたいだね。構わないよ、どっからでも来な」


「っしゃあ!!」


 僕の憂慮は他所に、ツツリが三叉槍を振り回して吶喊していく。

 シュヘルは相変わらず不動で槍を受け流しているところを見ると、シュヘルは体術に関しても相当な使い手のようだ。

 ますます彼女の来歴が気になってくる。


 何はともあれ、僕に二人目の師匠が出来た。

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