第24話 嗜虐の笑み

 スカイディアの食堂はかなり広い。

 元々全校生徒が五千人近かったのだ。

 広くて当たり前かもしれないが、これだけ広い食堂は世界広しといえどもここだけと断言できよう。


 縦長の机が三つ、並行に並ぶこの食堂は端から端まで数キロあるとかないとか。

 訓練場と同じく、空間魔術で実際の食堂より広くしているようだ。

 実際、机と生徒以外ここで見かけるものはない。

 鍋も、食事を作る料理長も遥か遠くに位置しているのだ。


 食堂の人数に応じて、最も空いてる席近くの魔法陣へと飛ばされる為、自分の意思で料理長に会いに行けないのである。

 とはいえ、超混雑している時は端に飛ばされる為、厨房を見た生徒もいたらしいが極度の上がり症だからと姿を見せなかったらしい。


 注文の方法は机の上に設置された水晶を使って行う。

 魔術式を組み込み、単一の魔術しか使えないが速効性に長けた道具や武器を魔術道具と呼ぶが、中でも水晶は魔素マナを通しやすく術式が刻みやすい。

 生産も入手も容易い為、多くの魔術道具が水晶で出来ている。


 僕らの生徒手帳や時計も水晶が材料だ。

 汎用性に優れているのは確かである。


 机に設置された水晶に触れ、生徒手帳にあるメニュー内の料理を注文すると、調理出来次第料理が目の前に転送される仕組みだ。


 五千人近い候補生が食事をするのに最適なシステムではあったが。


「旨うまっ! うままままーーっ!!」


 ある意味、歯止めが効かないという問題があった。

 僕とティアは隣に座りあい、その目の前で大量の皿を積むツツリ。

 しかも料理は続々と転送されて止まることを知らない。

 転送された直後に麺はつゆと一緒に飲み干され、魚料理は骨を残し姿を消す。


 ティアは無難なハンバーグ、僕は珍しい料理と思い頼んだ、空を泳ぐ珍魚アルタバラの蒸し煮とライスを頼んだが。


 眼前で繰り広げられる不可思議な現象に、僕とティアの食事の手が止まっていた。


「む、昔もよく食べるとは思ってたけど……コレは……」


「エイトくんは見慣れた光景なのでは……?」


「いや……さすがにこんなブラックホールみたいな食べ方はしなかった。食欲旺盛でも、食欲無限ではなかった筈だよ」


 それにしても美味しそうに食べるものだ。

 序盤こそあまりの速さに食べ物が口に入る瞬間でさえ、視認が難しかったがやっと残像くらいは見える。

 候補生達にかかる費用がほぼゼロとはいえ、こんな大食らいが居たら赤字になるのではなかろうか。


「そんでさ! 聞いてよ」


「行儀悪いぞ、ツツリ」


「いいのいいの、細かいことは。いやーでも、今回エイトに出会えたのは結構運が良かったなぁと今更ながらに思うね私」


「……? どういうことだ?」


 転送されて来た特大スパゲティを啜りながらツツリは言う。


「ほら、女子寮と男子寮は隔離されてるからさ。男子はこっち来れないし、私から会いに行く事はできてもなかなか気まずくて気まずくて。

 で、校内で探そうと思って心当たりのある授業行ってもいないから手詰まりだった時に医務室患者リストを見たらいた、ってわけだ」


「……因みに、僕の行きそうな授業って?」


「女体心理学」


 一体姉弟子は僕のことをどういう風に見てるんだっ!? と、ツッコミを入れそうになったがティアのいる前だ。

 あまり恥ずかしいところは見せたくない。


「そういえば、今日は呼んでいただいてありがとうございました、ツツリさん。おかげで凄い勉強になりました」


 ティアは小さくお辞儀する。

 それに対し、ツツリはぐっ、と口端を上げて答える。


「良いの良いの。うちのエイトも偶にはカッコ悪い姿見せとかないとねぇ」


 なんて図々しさだ……。

 加入するのはツツリの方なのに、立場が逆転している。


 しかし、そんなツツリの態度にも嫌な顔一つ見せずにティアは微笑んだ。


「そんなことないですよ。いつも通り、カッコよかったです!」


「ありゃま……こらまたご執心だこと。それで、私の加入の件、大丈夫?」


「あ、えっと……リーダーとかはあんまり決まってないのでぼくは全然、問題ないんですが……」


 チラリと、僕の方を見るティア。

 黙々と正直普通の魚と大差ないアルタバラの蒸し煮を食べながら、答えた。


「さっきも言ったけど戦力的には心強いし。ま、僕もツツリが入ってくれるのはありがたいよ。でもアヤメさんがなんていうか……」


「ですよね……」


 二人で一緒に溜息をく。

 アヤメとの絆は全く深まっていない。

 喋ったのもフラムとの模擬戦と試験中の二言三言だけだ。

 僕が寝ている間はお見舞いにも来ていないようだし、正直これから上手くやっていけるか不安な気持ちが強い。


 すると、ツツリが思い出したように手を叩いた。


「そうそう! 私アヤメって人にもメールしたんだけど、まさかの既読無視。なんなのこの人、協調性ない感じ?? それとも私がいきなり過ぎただけ?」


「ぼくも送りました。結果は変わらずでしたが……」


「一応、僕もメール送って……あれ?」


 生徒手帳を確認するとメールボックスに二通の連絡が来ていた。

 昨日の夜のやりとり以降開けていなかったことを考えると、二つとも今日送られて来たものだ。


「どうしたんエイト」


「気付いたらメール二件も来てた……後でチェックしないとな……」


 入学当初のエンエムさんのメールの様に、重要なものが届けられているかもしれない。

 メールはこまめにチェックしたほうがいいな……。


 と、思った時だ。


「いちゃもんつけてんじゃねぇぞ!!」


 食堂に怒号が響き渡る。

 遠くで二人組の生徒に掴みかかっている赤みがかった金髪の男。

 少しの間睨み合った後、男は舌打ちをし去っていった。

 賑わっていたわけではないが、食堂が静寂に包まれる。


「そ、そうです! 折角ですので食事終わりにでもぼくの紹介したい先生のところ行きませんか!!」


 その居心地の悪さを払拭しようと、満面の笑みで手を叩き、提案するティア。


「医務室で言ってたおすすめの師匠って人か。でももう夕方で教師達も帰ってるんじゃあ?」


「大丈夫ですよ。あの先生は夜行性ですから!」


 なんて。

 食事を終え、食堂を後にした僕らはティアの言葉に従い、とある部屋までやってきた。

 見覚えのある道に、見覚えのある八十三番の転移魔法陣を経由しての見覚えのある部屋。

 そして扉を開けた先、机に座っている見覚えのある教師はニヒルに笑って言う。


「やぁ、エイト少年」


「おすすめって……貴方ですか」


「なんだい? 嫌なのかい?」


「嫌ってわけじゃあないですけど……シュヘル先生」


 後ろで長い茶髪を一纏めにし、白のコートをはだけて着るだらしのない巨乳。

 まる眼鏡が電灯に反射してキラリと光り、パイプ煙草の煙が立ち昇っていく。


 シュヘル・ヘルブリーダー。

 魔術道具学の教師であり、魔術道具士のS級ライセンスを持つ。

 ティアが最も慕う教師でもあり、毎日通うほど彼女のことを好いている。


 確かにティアが勧めてくるということはこの教師以外は考えられなかった。

 ティアが、シュヘル以外の教師と仲良くしているところなんて見たことがないからだ。


 そんなティアは、ツツリと一緒にガラクタで埋め尽くされた部屋の見学案内をしている。


「でもなぜシュヘル先生……?」


「理由は簡単だ。私が、お前さんを逆指名したのさ」


「逆指名……? 先生がですか?」


「あぁ。お前さんにプレゼントした、“不滅の本グリモワール・シュヘル”。それを使いこなしたことに興味を持ってね」


「これを……?」


 シュヘル先生から貰った“不滅の本グリモワール・シュヘル”を見る。

 古びた装丁に浮遊の鎖に繋がれた僕の魔法補助をしてくれる魔術道具だ。


 絵にして保存する運び物として、緊急避難としても使用できる優れた魔術道具として気に入ってはいるが、使いこなしただけでなぜ僕の師匠に名乗り出るのだろうか?

 ──というか、だ。


「そもそも先生。僕は半ば、絶対に壊れないという触れ込みは半信半疑でしたけど、魔人の魔光牙ザフラを受けても壊れませんでした。

 この世に不壊の魔剣はあれど、あって数本……。伝説級の武器のみです。先生はどうやってこの本を……」


「まぁ、そう首を傾げるな。実はその本は絶対に壊れないという触れ込みだが、正確には、魔術魔法の干渉を受けない本なんだ」


「干渉を受けない……?」


「そう。魔術魔法の干渉を受けずに、物理的にも隔離された古書。だから、その本は絶対に──壊れない。

 とある実験の最終段階で生まれたのがそれだ。

 だから、本当は君の魔法だって効かない筈だが、絵にして保存する力は通す。

 使い手が見つかったならば、探求者として知識欲がくすぐられるのも仕方ない話だろ?」


 嗜虐心がくすぐられたドSのような笑みで僕を見る。

 いいモルモットが見つかった、と遠回しにいっているように聞こえるのだが……。


 だから断るというわけではないが、正直シュヘル先生が師匠としてつくのには抵抗があった。


「僕はその……魔法の運用方法や戦闘面での師匠が欲しくて……」


「私が、戦えればいいんだね?」


 真剣な顔でシュヘルはそう言った。

 その何処か底知れない圧を感じて一瞬口籠る。


「え、えぇ、まぁ、そういうことになりますね」


「了解だ。善は急げ、早速行くとしよう」


 シュヘルはそういうと、背後の本棚の前に立ち、一つの本を引き抜いた。

 歯車が噛み合うような音が鳴り響く。

 そして、ゴゴゴ、という石同士が擦れ合う低い音と共に書棚が奥へと引き込まれていくと、下へ続く道が出現した。


「か、隠し通路?」


 城には王族が逃げる為の緊急用の通路があるらしいが、これは酷似していた。

 こういったカラクリは作れる者が限られているらしいが、シュヘルのようなS級魔術道具士であれば、製作も容易いのかも知れない。


 というか学校を改造してるのか、この人……。


「さ、来たまえ。私が君に見合う師匠なのか。それは君自身で判断するといい」

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