第23話 一年ぶりの訓練

 


「はぁ────っ!!」


「────せぃっ!!」


 剣戟けんげきが鳴り響く。


 神速の槍突に対抗するは小振りの短剣。

 名工が打った名剣でも無ければ、魔剣でもない。

 年季と思い出だけが詰まった短剣が三叉の槍に肉薄する。


「まだまだ──っ!」


 はしる槍先が繰り出す連撃は正確無慈悲な死の一撃。

 顔面、喉、左胸、腹部に股間。

 全てが急所、容赦ない攻撃はまともに喰らえば即座に命を落とすだろう。


「────くぉっ!?」


 その槍の勢いは嵐の如し。


 弾いても弾いても、次弾は眼前に迫る。

 長大な間合いを存分に活かし、短剣の間合いの外から槍先が飛び込んでくる。


 疲れは見えない。

 止め処ない攻撃を浴びせかける少女の攻撃に一切の反撃の余地がない。

 それでも──負けたくない気持ちは折れなかった。


「────っ!」


 少女は忌々しげに舌を打つ。

 当たり前だ。

 息もつかせぬ連撃を、その神業めいた槍術の全てを、短剣で弾き流しているのだから。


 しかし、絶対防勢と絶対攻勢では決着などつきはしない。

 ──いや、武器の性能で劣る分、こちらが不利だ。


 三叉の一撃を刃で受けるごとに腕が痺れていく。

 後数合繰り返せば、防御側の僕が反応に遅れを見せるだろう。

 だから──


「ここ────!」

「────っ!?」


 攻めの一手。

 点の攻撃たる槍の側面を、踏み込み前進しながら打ち払った。

 大きく弾かれた槍は、今までの神速めいた突きを繰り出すにはあまりに体勢が悪い。


 後はもう一歩踏み込んで、僕の短剣を首に当てれば勝利は確実──


「へ」


 と考えた矢先、世界が反転した。

 直後、背中に強い衝撃を受け視界は明滅する。


 白い雲が浮かぶ青い空が視界に広がっている。

 そこに覗き込むのは小悪魔めいた笑み。


「イシシ! 私の勝ちだね」


「……くっそぅ」


 茶の短髪。

 全体的に鍛えられ引き締まった肉体が活発さを際立てる僕の幼馴染。


 ツツリ・ヴィズィオンハートだ。

 彼女が差し出した手を握って立ち上がる。

 流した汗は、吹く風で冷えて身体もとても心地よい。


 久しぶりにした鍛錬は新鮮で良い。

 長い間のベッド生活で鈍った身体が良い具合にあったまった。


 そう。

 体調も万全となった僕は今、草原の訓練場でツツリと手合わせをしていた。



 それというのも、昨日のこと。

 僕がまだ目を覚ましたばかりで、ツツリと久しぶりに再会したその時まで話は戻る。


 突然医務室に登場したツツリ。

 ご丁寧に武器の三叉槍まで背負ってとても見舞いに来た格好には思えない。


「ツツリ……」


 と、反射的な僕の呟きにツツリはその笑みを輝かせた。

 ベッドの真横に来た彼女は腕を振り上げて、


「よっ。やっと見つけたよ、我が懐かしき弟弟子よー」


「うっ……げへェッ!!? な、なにすんの!」


「にっへへへー、久しぶりに会えて嬉しいのだよ。姉弟子はー」


 憎たらしい笑顔で、にひにひ言いながら肩をぶっ叩いてくる。

 怪我人の人間に接しているとは思えないバカ力だ。

 肩ごと腕が飛んで行きかねない。


「ツツリさん? お知り合いですか?」


「僕の幼馴染で……姉弟子だ」


「お、幼馴染……」


 幼馴染が意外なのか、ティアは目を丸くして驚いている。

 しかしそれはツツリも同じなようで、目を丸くしてティアを覗き込んで一言。


「へぇ……可愛い」


「え……あ、ありがとうございます」


「エイトにしちゃあ、勿体ない彼女じゃない!」


「「かのッ!!?」」


 な、何を言ってるんだこいつは!

 ティアも頬を染めて蒸気を頭から出している。

 姉弟子の早とちり、悪い癖が出てしまった。


「ち、違う! ティアは僕の友達だ!」


「へぇ~友達ねぇ、チームメイト?」


「そうだ! 一次試験を突破したなか、ま……。って言うかツツリ、ティアを知らないのか?」


 ティアは六王族セクターで学園内でも有名な人物だ。

 金髪で金瞳と、これほど目立つ容姿であれば、例え直接顔を見たことがなくとも見ただけで察するはずだが……。


「うん? 知らないよ」


「出た……ツツリの世間知らず……」


 素知らぬ顔で、首をかしげるツツリ。

 がさつで、恐れ知らず怖いもの知らず。

 男と殴り合いの喧嘩は日常茶飯事、川で遊ぶ時は全裸が当たり前。

 師範代といつも頭を悩ませていたのが、懐かしい思い出として脳裏に蘇るが、一年やそこらでは人は変わらないらしい。


 とはいえ、突然幼馴染が行儀の良いお嬢様に変身していても、気持ち悪いという感想しか出ないことを考えれば、変わらずいてくれたことはある意味良かったのかもしれない。


「てことで、今日からチームメイトとしてお世話になるツツリだぜ! 女同士よろしく頼むよ!」


 一人回想に浸っている間にティアと握手を交わすツツリ。

 ティアはブンブン振り回される握手に思わず苦笑いだ。


「ってぇえい!? なに勝手にチームに入ってんの! 自分のチームはどうし……あっ……」


 ──そこで、言ってはならぬ言葉を口にしたと後悔する。

 二次試験では多くの候補生が落命した。

 僕らのチームも例外ではない。

 ここにツツリが一人で来たとはつまり────そういうことなのだろう。


「うん? お別れバイバイしてきたよ、ちゃんと」


「心配して損した!! い、いや……生きてるのはいいことなんだけど……」


 ではなぜわざわざ僕のチームに加入しに来たのだろう?

 折角一ヶ月の間、練習した連携や動きが実践で試せてこれからという時に、脱退する必要性はない。

 確かに、今は再編成が認められている期間だ。

 しかしそれは自然、失った仲間の補充と考えるのが妥当──


「あ、でも、馬が合わないからチームを変えることも可能なのか……」


 そうだ。

 所詮、二次試験は教師陣が勝手に組んだ即席のチーム。

 僕らのチームはわりとバランスが取れていたけど、中には前衛ばかり後衛ばかりなんてチームもあったはずだ。

 それを考えれば、ツツリの行動にも納得がいく。


「んにゃ、違うよ。別に相性も良かったと思うけど、別の理由で抜けたのさ。分からない?」


「でも、これ以外理由なんて……」


「はぁ、一年やそこらじゃ、鈍いところは変わらないかぁ」


「ん、鈍い? どういうことだ……?」


 やれやれと首を振るツツリだが、ますます訳が分からなくなってしまった。

 横でティアもウンウンと頷いているし、これは僕だけ仲間外れ……なのか?


「兎に角だよ。私が仲間になるのは反対なの? 賛成なの?」


「そりゃあ、戦力的には申し分ないと思ってるけど……」


「んじゃあ決まりね! 早速行動行動!」


 と、一人カーテンを開けて飛び出していくツツリ。

 二人置いてきぼり感に目を見合わせてその場は終わった。


 そしてその日の夜。

 ツツリからメールが届いたのだ。


『明日、久しぶりに鍛錬をしようよ! 身体解しにもいいでしょ??』


 と。


 メールを生徒間で送受信出来る様にする方法は二つある。

 生徒手帳は端末同士が接触するか、

 若しくはチームメイトになる事だ。

 チームメイトに入る予定だったツツリは連絡を取れるようにする為、いつのまにか僕の生徒手帳に触れていたようだ。


 そして、

 僕は彼女に敗北した。

 呆気なく。


 槍を弾いた事に気を緩め、彼女が槍を捨てて体術を仕掛けてくる事を予想出来なかった。

 元々が同門なのだ。

 彼女の動きをある程度予想して起こした行動が上手くいったのならば、彼女も同様の条件である事を忘れてはならなかった。


 その結果、短剣を軽々と受け止め軸足を弾かれ、思い切り地面に投げ飛ばされて終了だ。


 身体が鈍っていたとしても、油断していた事は恥じねばならない。


「二人とも凄いです!」


 そんな僕の失態を見て、見学していたティアは惜しみない拍手を送ってきた。

 恥ずかしい限りだ。


「にっひひ! ありがと! これでも私、エイトには今まで負けた事一回しかないんだぜぃ!」


「へぇ……あの、エイトくんが……」


「あの……ってなんか有名なの? うちのエイト」


「はい! 魔術、魔法を使う相手を前にして魔力的性ゼロでありながら圧倒したと、それはもう候補生間で有名なんです!」


「ふーん、知らなかったなぁ」


 心底どうでもいいように返事するツツリ。

 彼女は興味ない事には一切反応を見せない性格をしてるので、ティアがふんすふんすと息を荒くして熱弁するが一割も記憶していないだろう。


 だから世間知らずなのだ。

 まずは人の話に五割は耳を貸すところから始めた方がいい。


「まぁ私もエイトも魔法使ってないし、本当に身体解しのつもりだったけど、どう? ティアちゃん、私と手合わせ」


「え……ぼく、ですか?」


 予想外の申し出にティアは硬直する。

 対してツツリは真剣な表情で仁王立つ。

 彼女は嘘も冗談もけれど、あの顔は本気だ。


 流した汗が陽光に反射し、やる気満々の姿勢を見せるが、ティアは深々と首を下げた。


「ごめんなさい。今日はそういう気分じゃないので」


「じゃあ今日はおわりっ! 休息も大事大事ぃー」


 と、思い切り背中から草原にダイブ。

 ツツリにしてはかなり潔いから、少し不自然にも思ったが、彼女のどこか悲しげな横顔を見て僕の口は閉じた。


 草原に吹く風を感じながら、目を細めるツツリは、


「生まれてからずぅーっと、エイトと一緒に育ってきたのに、一年離れるだけでこんなに心細くなるんだね。私知らなかった」


 突然の告白を始めた。


「な、なんだよ。急に」


「いやね。やっぱりあの日々は楽しかったなぁって。遊んで、鍛錬して、時には喧嘩して……当たり前の日々が当たり前じゃなくなることが、辛いなんて私は知らなかったよ。だから、ずっと学園に入学した後も捜してたんだー」


 にひ、と笑うツツリ。


 確かに、僕もツツリに逢いたいとは思っていた。

 しかしその想いの大きさがあまりにも違い過ぎる。

 僕はエンエムに安否を確認した後、いつか会えたらいいな程度で済ませ、捜す努力はしなかった。


 ツツリは違った。

 入学してから一ヶ月。

 退学が掛かっている二次試験を控えているというのに、僕を捜していたと言うのだ。

 彼女は嘘も冗談もくけれど、嘘をついていないことくらい幼馴染の僕がわからないわけはない。


 そう考えると、罪悪感で胸が苦しくなった。

 僕は一次試験直後ならいざ知らず、それ以降は頭の隅にすらなかったと言うのに。


「ごめん……僕、ツツリを捜そうとはしなかった……」


「……え?」


「エンエムさんに一次試験を合格したって聞いて、それで安心して、終わりだった。本当にごめん……」


「…………」


 ツツリは黙ってジッと見つめてきた。

 怒っているのだろうか。


 僕は何も言えずにいると、にひっ、と笑い僕の耳元までよって、




「──だからそういうところだぜ? 私が好きなの」




 そんな風にささやいた。


「っぐぅっ!!? こ、これだ! そういう冗談はやめろって昔からっっ!!」


 なんだかむず痒い耳を押さえてずりずり背後に逃げる。

 冗談とはいえこっぱずかしいし、顔が熱い。

 きっと真っ赤になってる筈だ。空いてる片手で火照る顔をあおぐ。


 そんな僕を見て、なぜかツツリは深々と溜息をついた。


「もぅー、これなんだよなぁ……。どうにかならないかね、これ」


「ぼくも時々困ってるんです……」


「あれ! やっぱり!? 罪な男だよぉ、こいつぁー」


 なんて。

 なぜかツツリとティアが意気投合して頷き合っている。


 一体何で通じ合ったというのだろうか……?


「そういえばここの訓練場じゃあ時間感覚狂っちゃうけど、もう夕方近いじゃん? ご飯食べ行こーよご飯!」


 と、お腹をさすりながらツツリが提案すると、ティアも笑顔で頷いて、


「良いですね! 今日休日だから食堂も空いてると思います」


「やりぃ! 食べ放題食い放題飲み放題に吸い放題だぜ!」


「吸い放題ってなんだよ……」


 風に踊る草達の音が心地よく耳を打つ。

 訳の分からないツツリの言葉に嘆息しながら、三人共に訓練場を後にした。

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