第21話 夕焼けに囲まれて
「1538人……」
茶髪の前髪を上げた、白いロングコートが目印。
SSS級冒険者であり、最高級の位である“
魔王軍三千体を一人で滅ぼし、魔王軍幹部まで倒した男。
彼の事を、皆畏敬の念を込めてこう呼んだ。
──亡滅のエンエム。
そう恐れられる彼も今は勇者学園の教頭。
自身に課された労働をやっと終えたところだ。
勤務時間は驚きの24時間労働。
別に寝てしまってもよかったのだが、“甘えを捨てろ”を座右の銘とするエンエムは一睡もせずに仕事を終わらせたのだった。
「想定より、少ないな」
豪勢な自室で、山のように積み上がった書類に最後の一枚を重ねる。
そのまま流れるように窓の外を見る。
淡いオレンジの光が差し込むが今はまだ昼だ。
年中、郷愁とした雰囲気を楽しめる部屋にと注文し、建築家が頭を捻らせ造り出されたのがこの部屋だ。
ガラス窓に茜石と呼ばれる鉱物を混ぜて、光を当てると夕焼け色に発光するように加工したのだ。
要望通りの内装と雰囲気を、エンエムは気に入っていた。
「はぁ……や、やっと全員の、回収が終わり、ました……」
「ロア君か。とりあえず、ご苦労様と言っておこう」
教頭の部屋に入ってきたのは鼠色の長髪が特徴的な女、ロア・ソイルドットだ。
どちらかと言えば、オドオドしているその性格こそ特徴かもしれない。
「
難易度が高いこの試練、一人くらいは戦死すると予想したが、生憎私も老いたらしい」
「2、28歳の人が老いを感じて、いるなら……私、もう、お婆ちゃんじゃないですか。今年で、24、ですよ」
「ははっ。冗談が言えるようになったじゃないか。君も漸く私との接し方を理解して来たらしい」
「さすがに、し、四六時中仕事を、してたら、わかります、よ……」
「はははっ! 違いない」
軽快に笑って、エンエムは席に立つ。
窓の外を見ながら、その雰囲気が変わるのをロアは察知する。
次に振り返ったその顔は真剣そのものだった。
「……それで、今試験における事後処理は全て終了した、と。その報告でいいのかな?」
真剣な表情になるだけで凄みが増すのは、彼が歴戦の戦士だからだろう。
ロアも思わず肩を跳ねさせ、ズレた眼鏡を直しながら静かに答えた。
「は、はぃ……、ランキング最下位10名は魔臓摘出の後退学、死体は全て火葬し、魔物の残党も教師陣で後始末……致しました」
「……ふむ。全て滞りない──だが、私にはどうしても気になることがある」
「気になる事……ですか?」
ロアが尋ねるとエンエムは部屋を歩きながら説明を始める。
「今試験の目的は三つだ。
一つ目は現在、並の冒険者では歯が立たないはぐれ魔物の討伐。
二つ目に力を合わせる事を優先するのか、蹴落とす事を優先するのか、その見極め。
そして三つ目に、間引きだ」
「間引き……?」
「ん? ほら、君も私に質問していただろう。なぜ、ランキング最下位10名という少ない人数なのか、と」
「あ、あぁ……そういえば、してましたね。さ、最近忙しくて、忘れてました」
エンエムがこの試験を実施すると公言したその時に、質問していた事を思い出すロア。
とはいえ、間引くのが目的ならば、もっと人数上限を増やしても良かったのでは、と思うロアだったが。
その心を読むようにエンエムは笑って言う。
「実際間引かれているだろう?
「……あ」
「そう。最下位脱落など、候補生達の理由付けの為にしか用意していないのだ。
試験に向けてのやる気の向上にしろ、試験においてチームメイトを
魔物との戦いで死ぬのか、人との争いで死ぬのか……そのどちらをも掻い潜り生き残ったものが勇者に相応しい。
その意味では、今試験は前回より良い結果を残せた」
満足そうな笑みを浮かべるエンエム。
続けて、
「そして目下の課題であるはぐれ魔物も粗方討伐した。これにより、魔王軍が攻めてこない限りは、
「な、なるほど……試験と両立させ、るなんて、さ、ささ、さすがです」
パチパチパチと身体の震えがそのまま拍手に繋がっているような、小刻みな拍手でロアはエンエムを讃えた。
しかし、曇るエンエムの表情にロアは拍手を止めて、首を傾げる。
「そ、そこまで上手くいっているのに、き、気になることが、あるん、ですか?」
部屋を一頻り一周したエンエムは、また窓の前に立つ。
まるで海のように流れる雲と、永遠に続くオレンジの空はこの教頭の部屋からしか見れない絶景だろう。
高度1万キロメートルの上空の世界だ。
この世界で生きる人間で見れるものはこの学園内の人間のみ。
しかし、そんな絶景を前にしても、エンエムの
「私は、一つの推測を外している」
「す、推測……ですか?」
ロアとエンエムの視線が交差する。
エンエムの瞳は悲しい、というより訝しげな様子だった。
「今回私は、エイト・クラールハイトは確実に
「エイト……さん、ですか?」
エイト・クラールハイト。
現在ランキング下位であり、平民でありながら、
かつてロアが試験の調査を行った生徒だ。
ロアはぼんやりと、あの時の光景を思い出していた。
「た、確かに……エイトさん、は、あまり戦闘向きでは、ない魔法ではありますけど……なぜ死ぬ、と?」
「それは──私が、試験ではぐれ魔物をあてがう基準として、チームの総合力を採用し、ランキング上位者である
「……それが、エイトさん、のチームだと……?」
エンエムは頷く。
「正確には、三つのチームが対象となるが……中でもアヤメ・フレイムクラフトのチームは上位者2名、中位者2名、最下位1名と非常にバランスの良いチームだ。
そして実力主義者のアヤメが、魔物を全て滅ぼし、エイトは最下位で脱落。若しくは魔物との戦闘で死亡、或いは裏切りにあい死亡。
──と、彼の生存の道を探す方が難しい」
実際、エンエムの予想は大方外れていない。
魔物の九割をアヤメが討伐し、エイトは仲間に裏切られ、魔人との戦闘では奥の手を使わざるを得ない状況だった。
しかも、魔人に致命傷を与えたのはフラムの炎の剣であり、魔人に隙を生み出したのはパラジオンの毒だ。
魔人と純粋に戦闘をしていれば負けていたのは確実にエイトだった。
それを覆したのは──彼の運が良かったからなのかもしれない。
更に、エンエムには知らない情報があった。
「ただ、“絵にして保存する”魔法で一体どうやってそこまで……」
エンエムは知らない。
エイトの魔法が生物以外を対象としていながら、自身は絵にして保存出来るのを。
「…………」
それを隠した張本人、ロアはただジッとエンエムを見つめていた。
「……調査する必要があるな」
「はい……?」
「エイト・クラールハイトを、だ」
「調査する、と、とはどのように??」
「実は三次試験に向けて、残りの候補生、3360人の生徒達には師匠をつけようと考えている。この学内だけでなく、学外からも呼び寄せて、ね。
そこで誰を師匠に選ぶかは定かではないが……私を選ばせようと思う」
「え、エンエムさんが、直々にですか!?」
亡滅のエンエムといえば現在最強の冒険者だ。
彼が師匠になりたいと名乗り出たならば百人中百人が首を縦に振るだろう。
少なくとも断る事は考えられない。
彼は今、世界で最も勇者に近い男なのだから。
「君の方からも何かわかったら教えてくれ。どんな小さな情報でも構わない。いいね?」
「は、はひぃ! わ、分かりました」
ロアはエンエムの圧に身体を震わせ、へろっとした敬礼をする。
「では引き続き、事故処理は頼んだよ」
エンエムは苦笑しながら部屋を後にした。
一睡もしていないのだ。
仮眠でも取りに行ったのだろう。
そうして──彼女は腕を下ろした。
「ひ、ふひ……え、エイトさん。や、やっぱり貴方……は、わ、わた、わた、わだだだだだだだだだ」
首が曲がる。
背骨が折れ、腕の関節は反対に曲がり、脚は糸を切った人形のように崩れ落ちた。
「こ、この、こののの、か、ら、だも……お、わりががが、ちか、ちかちか、いようです……ね」
何事もなかったように。
姿が戻る。
首を鳴らし、おかしなところがないか部屋の鏡で確認する。
にへらぁ、といつもの頼りないロアが出来上がったところで、
「ふ、ふぅ……じゃあ、あと、ひ、一仕事、頑張り、ますか」
教頭の部屋から出て行った。
廊下から聞こえる引き笑いは果たして、誰のものなのだろう。
それを知る者はまだいない。
様々な思惑が錯綜する中、
エイトはといえば────
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