第16話 妬みや恨みより大切な物

 

「いやぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 事の顛末を枝の上から全て見ていたセキナは、相棒パートナーの身体がツノによって突き貫かれる瞬間を目にし、錯乱した。


 矢継ぎ早の攻撃は彼女の激情を表す、余力度外視の全力攻撃。

 矢尻に組み込まれた炎の魔術は敵に接触した瞬間爆発する爆弾矢。

 蛇のように伸ばす、魔物の無防備な首を狙って一発、五発、七発と矢をつがえては撃ち放った。


 矢は着弾と同時に爆発し、魔物の首の肉を削ぎとった。

 首からは紫の血が滴り落ちて、みるも無残な傷跡を残す。


 だがそれも最初だけ。


 一発を受け、その威力に警戒した魔物は、十本ある内の五本のツノを防御に展開。

 負傷した首をマフラーのように包み込み、飛来する矢を撃ち落とす。


「っ! 何で!! あんなに血が出てるのに!! ならもう──近付いてデカいのを……!!」


 こちらを意にも介さず、徐々にパックにその首を近づけていく魔物。


 大きなダメージは与えたが絶命には至っていない。

 その傷もツノに守られて、回復しているに違いない。


 ならばこの機を逃せばパックを救う機会は訪れないということ。


 セキナは枝から降りて地上を走る。

 そしてつがえる矢にありったけの魔素マナを込めて、照準を再び魔物の首に合わせた。

 あとは指を離せばそのまま魔物を道連れに────


「──はっ」


 ここで気付く。

 自身のありったけの魔素マナを込めた爆発は果たして、パックは救う事が出来るのか。

 魔物を退治出来たとしても諸共吹き飛ばしてしまう可能性は無いのだろうか。


 パックを救う事は不可能?

 ならこの手で──パックを殺すのか?


 セキナの手は止まっていた。

 ギリギリと張り詰める弦の音を聞きながら、滂沱ぼうだと涙を流す。


「フーッ……フーッ……」


 殺す。

 この場で魔物を殺さなければ、この場でもし自分が逃げてしまったならば、パックの命が無駄になる。

 だからせめて、魔物ではなくこの手で彼の命を終わらせる。

 それこそが彼にとって、一番の願望。


 そう、何度も言い聞かせ、指を離そうとした。

 でも、セキナは指を離せない。

 彼がどう思っていたのかは知らないがセキナにとって、パックという存在は──かけがえのないものだったから。


「フゥーッ……フゥーッ……!! っくそ! っくそぉっ!!」


 奥歯を噛み締め、顔に熱がこもる。

 荒い息遣いよりも、心音が鼓膜を打って、ドクンドクンと太鼓を鳴らすように響く。


 魔物を殺すのが試験であり、力あるものの宿命。

 この魔物は多くの人間を殺してきた。

 森に彷徨い入った無辜の人々を、退治しに入った冒険者を。

 その数は行方不明者も入れて総勢245人。

 決して見逃せる魔物ではない。


 一か八かの賭けだとしても、この場で全力をぶち込めば倒せるかもしれない。

 それが例え──仲間を巻き込んだとしても。


 その最後の壁がセキナには越えられない。

 越えられないから逃げることも出来ない。

 永遠とも思える刹那の時間が過ぎて、声が聞こえた。


『お前は……逃げ、ろ……セキ、な』


 それはパックの声。

 彼が搾り出した最後の魔法。


「パック! パックなの!? ちょっと返事してよ! パック────…………っ」


 懇願するように叫ぶ。

 しかしもう、返事はない。


 鹿の肥大化した首が壁となり、ほとんどパックの姿は見えない。

 けれど、たった一瞬だけ、魔物の首が下がり見えた彼の──ひたすら逃げろと訴える苦悶の表情に、セキナは遂に心を固めた。


「馬鹿! 最後まで力を合わせようって……言ったのに……!!」


 セキナは振り返らない。


 共に競い合い、

 共に助け合い、

 そして、共犯者でいようと約束した、悲しき男の最期の願い。

 助ける事は出来なかったけれど、仇を取ることすら出来なかったけれど、せめて──次会うその時までに、鍛練で力をつけて戻ってくる。

 それこそ彼に与えられる最上の救済だと信じて、セキナは走り続けた。


 ---


 セキナが逃亡し、魔物のツノは防衛から搾取へと役割を変える。

 既に突き刺した二本で身体を支え、残り八本のツノが、腕に、足に、胸に、突き刺さり、その身体の力を奪っていく。


 魔素マナを、

 そして生命いのちを。


 パックの身体は徐々に枯れ始め、魔物のツノが離れる頃には、被害者達同様ミイラと化していた。

 そこまではいつもと同じ。

 迷い込んだ、もしくはノコノコやってきた敵を食して終了の予定だった。


 だが今回に限り、魔物は考えを変えた。

 仲間と思われる人間が逃げた方向を見て、首を傾げて、ソレは言った・・・


「ウ、マ……イ?」


 ---


 パラジオンと呼ばれる花がある。

 パラジオンは、古代の人間の安楽死に使われていたとされる強力な麻痺毒を持つ花だ。


 即効性があり、巨人でさえも一日動けなくなる程の毒。

 気化したものを吸うだけでも効果がある優れ物だ。

 微量で有れば身体を痺れさせ、適量で有ればそのまま意識も持っていく。

 しかし過剰に投与したならば、そのまま心臓まで停止させてしまう恐ろしい毒だった。


 花の名前はそのまま毒の名前となり、有名となったが、それでも気絶している間に死ねる比較的苦しみの少ない毒として、現在でも安楽死に用いられる毒だった。


 その毒を塗った刃を腹部に喰らい、それでも僅か数分で意識を取り戻したのは、エイトぼくの意地か、はたまた肉体の才能か。


 そんな事、分かるはずもないけれど。

 兎に角目を覚ました僕は、魔法で体内から毒を絵にして取り除いた。

 身体に回った毒が、どれだけ摘出されたかは不明瞭だけれど、身体は楽になった……気がする。


 地面を這う。

 ティアの元に向かって這っていく。

 毒を取り除いたとはいえ、呼吸はしづらいし、視界は二重三重に見えて気持ち悪い。


 そもそも腹を刺されているのだ。

 体力だってほとんどない。

 今にも吐きそうな心地の中、それでもティアの元に這いずっていく。


「ハァ……ハァ……ん……っ、ハァ」


 なんとか辿り着いたものの数メートル這っただけで体力は無くなり息切れだ。

 ティアの様子は普通に寝ているのと大差ない。

 どうやら本当にパック達は僕らを殺すつもりはないらしい。


 僕の魔法の三ストックは全て埋まっている。

 だから僕の毒を地面に捨てて、新しくティアの毒を絵にして保存。


 目に見えないものを保存する場合、僕の想像力により対象は保存される。

 この場合、僕の脳にあるのはパラジオン本体の花の映像と髑髏のマーク。

 だから、“不滅の本グリモワール・シュヘル”に映し出される毒の絵も髑髏に花びらがついた少しおかしいものになっている。


 だからなのだろう。

 きっと全ての毒を摘出しているわけじゃない。

 これは僕の想像力が足りないせい。

 修行不足である。


「ハァ……僕も、二段魔セカンドを倒す加勢に……」


 嫌な予感がした。

 パックとセキナが魔物を倒しているならば、それに越した事はない。

 それでもあの時、初めて魔物を発見したあの時。

 言いようもない恐怖に襲われたあの感覚は、間違いなく尋常ではなかった。


「お願いだ……誰も、死なないで……」


 ティアを木の根に寝かせて、身体をなんとか立たせる。

 血がまだ出る腹を抑えて、酷い目眩の中、脚を動かす。

 木を支えにし、痺れた脚を引き摺りながら進んでいく。


 その時の僕には、ポイント最下位による退学のことも、パックに裏切られたことも頭にはなかった。


 或いはソレは、麻痺毒のせいで頭が働いていなかった所為なのかもしれなかったけれど。


 行動に移した時に頭に浮かんだ、“誰も死んで欲しくない”という願いはきっと────間違いじゃないと信じている。

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