第11話 未知数

 


「ど、どうなってるんだ……コレは……!」


 震える声が、聞こえる。

 尻餅をつく、姿が見える。

 震える手はもう剣を持つことさえ叶わない。

 戦う為の武器を失ったならそれは、敗北と呼んでも差し支えない筈だ。


「夢か……! 幻か……? 夢じゃないなら、誰か説明しろぉ!!」


 神に問うように、フラムは叫んだ。


 その先には僕。

 フラムの魔法、盤兵召集アブソリュート・オーダーにより召喚された真紅の兵達に囲まれている。


 真紅の兵の持つ槍は高熱の切っ先を持っている。

 触れるだけで皮膚が裂け、肉が断たれ、骨が溶ける必殺の武器だ。

 それを8体も召喚し、けしかけたならば普通太刀打ちなど出来るはずもない。

 そう──僕は、例外として。


「なんで……なんで!! ボクの魔炎歩兵ポーン・ゴーレムズが負けてるんだヨォォッ!!?」


 対人戦闘。

 一対一の戦いを想定した剣術ではない僕の剣では、苛烈極めるフラムの攻撃に防戦一方になるのは仕方ない。

 でも──多対一に戦況が変わったのなら話は別だ。


 通常なら絶望的なこの状況も、僕相手なら好都合。寧ろ独壇場とも言えた。


 槍の一撃を避け、交わし、いなし。

 そうして出来上がった今。


 フラムが召喚した兵士達は仲間の槍で貫かれ、光の粒子となって消えていく。

 交錯する槍の中、僕は無傷で立っていた。


「確か、全力を出して8体でしたよね? 魔法、魔術は気力体力を消耗する。貴方はもう、立つ力もない筈だ」


「うるさい……、うるさいうるさいうるさい!! オマエ! 平民の癖して……最下位の癖してぇっ!! 誰に口を聞いてるんだっ!!」


「降伏を。僕は命まで取るつもりはありませんので」


「バカにしやがって……バカにしやがって!! くそ……くそくそ」


 噛み締めてフラムは何度も地面を叩く。

 彼は王族だ。きっと敗北にも慣れていない。

 目は血走って、口からは涎が垂れている。

 感情に身体がついていっていないのだ。

 もう動かしたくとも、身体が動かない。


「ボクの……負けだ」


 そして、漸くフラムは敗北を宣言する。

 この手の人間に勝ってしまうと後々が面倒くさそうではあるけれど、命を賭けているのであれば致し方ない。


 周囲からざわめきが聞こえる。

 きっとフラムが負けた事に驚いているのだろう。

 しかし、野次馬に紛れている姉、アヤメ・フレイムクラフトは不動だった。

 弟の敗北に関してなんの興味も抱いていないのか眉一つ動かさない。

 ただ、ジッと行く末を見ているだけだ。


 僕は動けないだろうフラムに手を貸すためにそばに寄っていく。


「良い勝負でした。魔法を使われずに剣術だけで攻めてこられたら多分負けていたと思います」


 素直な感想を口にする。

 手を差し出し、フラムはその手を掴んだ。

 しっかと、逃げないように。


「ふひひ……ひひひ! 油断したな! 平民!」


「────っ!」


 交わした握手は握り潰さんという勢いで力が強まり、離さない。

 そしてもう片方の手からは真っ赤に輝く何かが──


「炎の剣! 魔術の使えないオマエじゃあ一生出せない代物さ! 骨まで溶ける摂氏1000度の剣で死ねぇぇぇっっ!!」


 超至近距離の攻撃だ。

 おまけに手を掴まれているから回避も防御も出来ない。

 本当に一瞬だけ、死を悟ったが──僕は本当に運がいい。


「“不滅の本グリモワール・シュヘル”」


「──────は?」


 既に解言かいごんはしている。

 後は、受け止めるだけ。


 鎖で繋がれた僕の本が背中から、盾になるように眼前に登場し、開く。

 炎の剣は構わず突き出されるが、その異変にフラムは気付いたようだった。


 炎の剣はみるみるその姿を失っていき、本の中へと吸い込まれる。

 僕の魔法により、絵として保存したのだ。


 それを理解出来ないフラムはただ呆然と僕を見上げる。


「なんだ、よ……それ……」


 グルンと白目になり、仰向けに倒れる。

 どうやらギリギリ意識を保っていた気力体力を使い果たし、気絶したようだった。


「ま、マズいぞ! 教師が来た!」

「な……! ふ、フラム様を保健室にお連れしろ!!」


 マズいぞ。

 投稿初日から問題を起こしたとあっては何されるかわからない。

 側近、と思われる候補生に連れてかれるフラムを横目に僕も教室の出口へと走っていく。

 その途中、


「やっぱり私の眼は、間違ってなかったようね──」


 真横をすれ違ったアヤメにそんなことを言われたが、教師がもう間近に見えている。

 僕は受けたかった授業を受けずに、教室を後にした。




「あ……危なかった……」


 なんとか教師には見つからずエントランスまで逃げ切った。

 どうやら野次馬は教師の目から隠す目的もあったようだ。


「でも授業も始まっちゃったし……どうしようかな……」


 ぽりぽりと頭を掻く。

 あんなに昼休み中は混雑していたエントランスもほとんど人がいない。

 今ここにポツポツといるのは授業に遅れた人か、まだ授業を決めかねているのだろう。


「他の授業も探してみるか……あれ? メールが……届いて」


 生徒手帳で他の授業を調べようと取り出したところ、メールが2件来ていた。

 一つはティアからだった。


「『まだ受ける授業に悩んでますか?? なら、ぼくと一緒に戦術基礎学を受けましょう! お返事をください。待っていますーーティア』……と。戦術基礎学、か。チームで戦うことを考慮するなら勉強して損はないかも」


 まだまだ一人で授業を受けるには、周りの目が厳しいというのが先程の騒動で理解出来た。


 なら、ティアと受けるのは有り難いお誘いではあるが、一つ疑問だ。

 ランキングでは最下位、貴族でもない僕にどうしてここまでティアは構ってくれるのだろうか?


 僕以外に後二人候補生もいるし、彼らとはコンタクトを取ったのだろうか。

 色々聞きたいことが増えたな。


 もう一つのメールも開く。


「…………これは」


 ---


 移動して僕は今とある部屋にいた。

 ふかふかの椅子は座ったこともない極上の感触。

 鼻腔をくすぐるハーブティーの香り。

 そして目の前には、


「あ、あの……折角用意したので飲んで……ね?」


 オドオド、ビクビクとする女性。

 身体を震わして肩身狭そうな雰囲気で正面に座るのはロア・ソイルドット教師だ。

 主にエンエムさんの秘書的な役割として働いているらしく、あまり学園では見かけない教師。


「あ、はい。では……いただきます」


 とても綺麗な顔立ちなのに、性格は臆病なのか、生徒の僕を前にしてずっと落ち着かない様子だ。

 対して僕はそんな綺麗な教師を前にして、男の子らしく照れている、とかではない。

 単に、部屋の高級感に圧倒され落ち着かないのだ。


 学校にただ一つの教頭、エンエムの部屋だ。

 ごっく、ごっく、となる大きな時計に、壁に飾られた鹿の首。

 揃えられた家具は全て木製でありデザインも非常に凝られている。

 豪勢でありながら質素なイメージなのは、この部屋の内装を考えた人物が非常にセンスがあるから、なのだろう。

 とはいえ、一つ一つが高級なものに間違いはない。

 だって鹿の首なんて飾ってある家、見たことないし……。


 して、そどうぞ、と出されたハーブティー。

 匂いから幸福感を感じさせる飲み物があるとは。


 うん万とする飲み物を口にすると思うだけで手が震えるというものだ。

 しかも味はよくわからなかった。


「じ、授業だというのに、早急なご対応、あり、ありがとうございます……」


 鼠色の長髪を揺らしながら小さくお辞儀をするロア先生。

 震える身体の所為でズレる眼鏡を慌てて元に戻しながら、にへらっと笑う。


「で、では、今エンエムさんは席を外していますので……わ、私が試験内容を確認させて、いた、だきます」


「はい。わかりました」


「えっと……早速ですが、ど、どのように、対戦相手を倒しましたか?」


「僕自身が絵に変わって対戦相手の背中に張り付いてました。それだけです」


 な、なるほどなるほど、と言いながら、鼻先に紙面がつきそうなほど近付いて、ロア先生は書き記していく。


「で、ですが、君のま、魔法は……人は絵に出来ないと、聞いてましたが……?」


「自分自身は対象外なんです。生物は僕だけ、形あるものならなんでも一瞬で絵にして保存できます」


「ほ、ほぇえ。め、珍しい、魔法ですねぇ」


 続けて、


「魔法とは、本人の起源が元になり出来上がると言われてます……。心の写、別側面、なんて言われてますけど……どう思いますか?」


「それは……」


 想定していない質問に僕は目を開く。

 考えもしなかった。

 確かに、魔法とは己の心が形になったもの、と師範代に教わった。

 だからと言って、どうして僕の魔法が絵に変えて保存するものなのかは分からない。


「分からないです……。すいません」


 僕だって、子供の頃からずっと、疑問に思ってきた内容なのだから。


「は、はい。だ、大丈夫ですよ。少し気になっただけです、から」


「それなら良かったです」


「では……お、終わりで、す。貴重な、お時間、あり、ありがとうございまし、た」


「はい。ありがとうございました……って、え!? もう終わりですか?」


「は、はい? 特に聞くことは、ないかと……思いますが」


 そう言ってロア先生は小首を傾げる。


 状況を詳しく聞くと聞かされていたから、森での逃走劇からデッドリームのラリアットで鼻が折れたなどなど。

 色々鮮明に思い出してきたのだけど。


 大丈夫なのだろか、秘書として。

 他人事ながら心配になる……。


「ま、まぁ先生が良いなら、良いんですけど……」


「じゃ、じゃあ、記念にもう一つお聞きしても、良いですか?」


「? なんでしょう?」


 恥じらいながらロア先生は訊いてくる。


「勇者になろうと思った、きっかけ、を」


 その質問に思わず目を開く。


 僕の起源を。

 僕が勇者を目指した、その原点を聞いてきた。


 もちろん、幼い頃からの夢なのだから明確な理由があるはずなのだけど。

 なぜかその時の僕の頭には──そう考えるに至った出来事を思い出す事が出来なかった。


「多分……いじめられっ子だったから、だと思います。弱い人だから、弱い人を助けたい。そう思うのは自然じゃないですか?」


 僕はそう返す。

 それが理由の一つにしても、真の理由じゃないと知りながら、笑顔でそう返した。


 対しロア先生はぎこちない笑みで返してきた。


「な、なるほど……ありがとう、ございます。あまり、え、エイトさんを長くここに留まらせておくの、もよろしくないですよね。四時限目、頑張って、くださいね?」


 と、手を振ってお見送りをしてくれている。

 でも、手の振り方がめちゃくちゃ小刻みだ。

 そこまでオドオドさを出さなくても良いのに。


「それは……どうも」


 なんて思いつつ、小さく礼をしてドアノブに手をかける。


「にしても君……本当に──お」


 だが出ていこうとした直前。

 先生が何かを言いかけて振り返る。


「ど、どうかしましたか?」


「い、いえ! わ、忘れてください……」


 先生は口を手で隠して頬を染めている。


「はぁ……、ま、分かりました。では失礼します」


 訝しみつつも部屋を後にする。


 そして、扉が閉まるその時まで、小刻みに手を振るロア先生を見ていた。

 不安が僕を襲ったからだ。

 扉が完全に閉まるその時まで、ずっと笑顔でロア先生は手を振っている。


 その姿から目を離さないようにしていたはずなのに──扉が閉まったその瞬間、

 言いようもない悪寒が背筋を襲った。


 まるで、かかとから頭まで、べろりと舐められているような──そんな気配。


「な、なんだったんだ。一体」


 そそくさと、逃げるようにその場を後にする。

 その後、合流したティアの可愛い仕草に心癒されながら、僕は四時限目と放課後をティアと共にした。


 ---


「ふむ。君が私の代わりに試験内容をまとめてくれたのだね? 感謝しよう」


 放課後。

 机に座るエンエムを照らすように、窓から夕陽が差し込む。

 正面に立つロアはきちんと立っているがやはりどこか落ち着かない。


「は、はい。とても興味深い、な、内容で、した」


「ほぉ。魔法により保存していた魔道具・・・を使用しての、勝利……? 相手の力を吸い取る魔道具で力を吸い取りつつ、森の中を逃げていた……、と。彼はそう言ったのかい?」


「は、はい。確かに、え、エイトさんは、そう、言ってました……」


「ふむ……そう、か」


 エンエムはロアが整理した内容に何か違和感を感じていた。

 確かに辻褄は通る。

 だが何か、喉に骨が突っかかった時のような納得し難い要素が紙面にはある。

 それがエンエムは気に入らなかったが、気付くことも出来なかった。

 エンエムはとりあえず頷いて、言う。


「私の代わりにまとめてくれて礼を言う。今日はもう遅い、君も帰りたまえ。私も最後の仕事を終え次第、帰宅する」


「は、はい。ではお先に、失礼……いたします」


 机に雑多に並べられた書類を整理し始めるエンエムを後にして、ロアはそそくさと退室する。


 扉を閉める。

 一人恍惚とした表情を浮かべる、ロア。

 周りには誰もいない。


「あの子は……私が……私の……ひ、はひ」


 不快な舌舐めずりが廊下に響く。

 呟いたロアの独り言は、エンエムにも誰にも、届くことはなかった。



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