第12話 仲間友情結束
初めての授業を終えて、その次の日。
濃密な学校生活一日目であったけれど、幸か不幸か二日目は土曜日だった。
つまり今日を含めて二日、学校の無い日が続くわけだが、休日に候補生が出来ることは限られている。
鉄山皇国の城下町に出て休日を満喫するか、
天空学園スカイディアで鍛錬をするか、
のどちらかである。
そして、今日の僕の予定は、
スカイディアでの鍛錬である。
もちろん。
「こっちですー!」
ティアも一緒だ。
というより、この鍛錬はティアの方から誘ってくれたのだ。
まだ試験まで一ヶ月あるが、逆に言えば一ヶ月しかない。
だから連携や互いの事をもっと知る為に訓練場へとやってきたのだ。
スカイディア一階層に設立された最も広いスペース。
それこそ、訓練場だ。
密林、森、沼地、山、市街地、海……などなど。
本当に様々なステージが用意されており、訓練内容によっては擬似的な魔物との戦闘も行える。
そんな多種多様なステージがある中で、僕とティアは草原を選んでいた。
晴天。
雲一つなく、偽の太陽が燦々と輝く中、僕とティアは草原を駆けていく。
本当に見渡す限り、全てが草原だ。
所々に岩があったり、木が申し訳程度に生えていたりはするけれど、基本は草原である。
その草原をただ走る。
目的もなく、ただティアは走っていく。
「あはは! 疲れましたねー」
「ティアがずうっと走るからじゃないか……にしても広いな」
「話に聞くと、魔法で空間を広げて町一つ分くらいのステージになってるらしいですよ」
「町一つ分!? そりゃあ広いわけだ」
見る限り草原はどこまでも続いているように見える。
そう言う錯覚効果も、魔法の一つに含まれているのかもしれない。
うつ伏せになった身体を反動をつけて立ち上がるティア。
腰に手をおいて小さな胸を張った。
「では訓練を始めていきたいと思います! それで……物は提案なのですが……」
「どうしたの?」
「非常に申し上げにくい提案なのです……」
ティアはもじりもじりとその身を
訓練をするにあたって言いにくい事なんてあるのだろうか……。
強いて思い当たるとすれば訓練が厳し過ぎる、とか?
だがどんな内容にせよ、僕が断るとは思えないし何より、
「ティアの提案だったら多少無理でも僕は通すよ」
「エイトさん……」
なんて、少し格好つけすぎただろうか。
ティアが尊敬の眼差しで僕を見てくる。
照れ臭いものだ。
「で、提案って?」
「それはぼく達で、使える魔法と魔術の共有をしたいと思っていたんです!」
「魔法と魔術の……?」
魔法と魔術の開示はつまり、手の内を全て明かす事に他ならない。
このスカイディアにおいて、僕の一次試験突破の内容が通達されても、魔法魔術の内容まで露見しないのは、今後再び一次試験のような戦いがあるかもしれないから。
だからこそ候補生は、極力、魔法魔術の開示をしないよう心がけ学校生活を送っている。
まぁ、昨日戦ったフラムのように後先考えず口走る者もいるかもしれないが、普通は隠すものだ。
ティアはそれを理解しているからこそ、言いにくい提案と言ったのだろう。
ティアは返事を待ってくれている。
少しだけ考えてしまったが、答えは変わらない。
「ああ、もちろんいいよ」
「やった! やりました!」
喜んでぴょんぴょん跳ねている。
ティアが喜んでいるところを見るとこちらも自然と喜べる。
でも、だからこそ思うこともある。
あのフラムは王族らしい王族だったが、どうしてここまでティアは純粋に育ったのだろうか────
「はい、ドォーン」
「うわぁぁぁぁぁっっ!!?」
鼻先が触れ合う程近くに現れる女の姿。
それは茶の長髪で腰に弓をぶら下げた女性だった。
そのあまりの唐突な出現に、僕は盛大に後ろにずっこける。
周りには草原しかなく、ティアしかいない。
それなのにいったいどこから……いや、いつから居たんだ?
「お、ノリがいいねぇ」
なんて。
銃で撃つ真似をして、僕が吹っ飛んだものだから、女はクスクス笑っている。
「だ、誰……! っていうかなんで!?」
狼狽する僕の姿がおかしいのかティアも後ろでニヤッとしている。
ティアも共犯のようだが、これはいったい……?
と一人状況を把握出来ないでいると、更に一人、女の横から現れた。
まるで、透明な姿に色でもつけていくようにスゥーっと、誰もいない場所に。
「おいおい、あんまり脅かし過ぎるなよ? って……透明化してた俺が言うのもなんだな」
「こ、今度は誰……」
「お、意識はしっかりしてるな。俺もコイツに脅かされた時はびっくりして気絶しちゃったってのに」
やるじゃんと、肩を叩かれる。
二人とも白い制服を着用しているところを見ると、同じ候補生なのだろうが名前もわからない。
一人ポカンとしているのを見て、青少年という言葉が似合いそうな男が悪りぃ悪りぃと頭を掻いた。
「まずは自己紹介だな。俺、パック・クルセイダー。こっちはセキナ・ティックルセントだ。さすがに名前を言えばわかるだろ?」
「あ……」
パック・クルセイダーに、
セキナ・ティックルセント。
その名前に覚えがあるのは当たり前だ。
なぜなら彼らは一ヶ月後の試験の際チームを組む、メンバーなのだから。
「今回の訓練はチームメイトの皆さんを呼んだのです。でも、アヤメさんだけ来ないということで……。力及ばずごめんなさいです」
「あー、まぁ堅物お嬢さんは来られないだろ。あの人、心の壁が凄いからなぁ。この前話しかけたらすんごい目で見られたの」
ティアの謝罪に、青少年──ことパックがアヤメの目つきの真似をする。
それをセキナは笑って言う。
「王族にはなるだけ関わらないのがベストでしょ。ま、ティアちゃんは別だけどねぇー」
「あはは! くすぐったいです!」
セキナは徐にティアの身体をくすぐり始める。
そんなに強いくすぐりでもなさそうだ。
ティアは肌が敏感なのかもしれない。
「ぼ、僕はご存知かもですが、エイト・クラールハイトです。今回はよろしくおねが……っいて!」
「堅苦しいのはやめにしようぜ。これからチームを組むんだから」
お辞儀の最中に背中を叩かれた。
しかもそのまま肩に手を回してくるパックの距離感の詰め寄りようは中々のもの。
僕とは正反対のタイプで少し物怖じしてしまう。
「わ、分かった。よろしく」
そんな僕の態度も気にせず、パックは、にっ、と笑い返してくれた。
「自己紹介も済んだことだし、早速だけどセキナの魔法から見ていこう」
「え? 私からするの?」
「だってお前の魔法は今見たばっかだし、紹介しやすいだろ?」
「んー……ま、それもそうね」
うんうんと頷いて、セキナはスッと片手を上げる。
すると、指の先からどんどん透けていき、腕丸々一本僕らの視界から消えた。
「私の魔法は透明化。主にコレで潜伏して、得意の弓で撃つってのが私の戦法ね。魔術は火と、光が多少使えるけど、強化はそこそこって感じ?」
魔術は火、水、風、土、闇、光、その他と約七つに分かれている。
中でもその他に分類される強化の魔術は、冒険者にとって必須のものらしい。
フレイムクラフトの姉弟のように、強力な強化の魔術を会得していれば、大男を片手で封じることも可能なのだ。
魔術を覚えていない僕にとっては羨ましい限りである。
「んじゃ次俺だ。俺は加速。ま、名前のまんまだ。兎に角もののスピードを上げることが出来る。大体は飛び道具とか自身の速度アップに使ってるな。他人に触れてれば他人のスピードもあげられるぜ。風と、土……強化はかなり鍛えてる方だと自負してる」
前衛は俺に任せろと胸を叩くパック。
二人とも強力な魔法だ。
この二人の魔法を組み合わせるだけで色々なバリエーションが想像出来る。
例えば透明になったセキナにパックが触れる事で、長距離から、回避不能な矢の雨を降らすことが出来る。
元々音もなく、攻撃が出来る矢の威力と速度がアップし、しかも透明ならば、大抵の敵は倒せてしまうだろう。
とても心強い味方だ。
「じゃ、じゃあ次はぼくですね。力を貸して──“
まるで空に願うように杖を持ち、ゆっくりと地面を軽く叩く。
頭の奥まで響くような、コーン、という音が辺りに響いたその瞬間。
地面から赤い炎と青い炎が出現する。
その炎が膨れ上がったと思うと、二匹の狼に変身した。
「赤い子がゲリ、青い子がフレキです。ぼくの魔法は召喚魔法ですね。とっても強くて、頼りになるんですよ。この子達──って、あ!」
ティアの説明を横に、狼達は勝手に喧嘩を始めていた。
二匹で取っ組み合い、噛みつきあって割とガチな喧嘩。
ティアが慌てふためきながら喧嘩の仲裁に入るが全く収まる気配がない。
「ほ、本当はとっても頼りになる子達なんですけど、どうにも緊張感のない場だと喧嘩を始めちゃって……。あ、魔術は光魔術を使います。ご存知かもしれないですけど」
ティアは苦笑いで自身の魔術を紹介した。
それもそのはず。
フレイムクラフトは火を極め、
アクアドルフィンは水を極め、
ウィンドピスタチオは風を極め、
アイアンドットは土を極め、
ブライトハイライトは光を極め、
ナイトメアダークサイドは闇を極めた。
この
そのせいか、己の持つ強大な属性により、フレイムクラフトならば火しか扱えず、ブライトハイライトならば光しか扱えないと、そういう束縛も受けている。
それを補って余りある力を持ってはいるが、それでも血というのは厄介だ。
血が混じるだけでも、この束縛は受けてしまうのだから。
或いは、呪いと呼んでもいいのかもしれない。
「んじゃ、最後のエイトだな」
「あんまりご期待に添えるような魔法じゃないんですけどね」
そうして僕は自身の魔法を紹介した。
物を絵に変えて、保存する魔法。
自身以外の生物には使用出来ず、現在の最大
魔術は使えない、魔力適性がゼロだということも。
厳しい反応を期待した僕だが、彼らの反応は特に驚いた様子もなく。
「魔力適性がゼロってのはもう候補生はみんな知ってるぜ。にしても絵に変える魔法かぁ、運用が難しいなぁ」
と、真摯に向き合ってくれた。
これが仲間。
これが友情、これが結束。
そうだ。これこそ僕が知っている学生、人間という物だ。
皆で競い合い、高め合っていく。
それを強く実感した。
決して、アヤメの言っていたような事は無い。
──この学園は奪い合いで、
蹴落とし合いで、
殺し合い──
そんな事は断じてない。
例えそうだとしても、僕が変えて見せる。
弱者の僕が。
何に変えても、この世界を救う。
それだけの思いを──僕はあの人に貰ったんだから。
『──君は、何にでもなれる。願えば、何にだって、ね』
そういえば僕を救って、僕を変えたあの人は一体──誰だったんだっけ。
「エイトさん? 大丈夫ですか?」
僕の顔を覗き込むティア。
訓練をして火照った身体に冷えた地面は心地よい。
脱力し、放り捨てるように大の字で寝る。
幼少期も、よくこうして幼馴染みと茜色の空を見上げていたことを思い出した。
「うん。ちょっと、考え事」
何を考えていたのか、もう思い出せない。
アレは白昼夢のような物だろう。
思い出せないなら、気にすることじゃないということだ。
今はただ、訓練で酷使した身体をティアと共に休めたい。
「もうパックさん達は帰られちゃいました。ぼく達はどうしますか?」
「そうだねぇ……」
実に充実した一日だった。
パックの加速による攻撃の多彩さ、セキナの透明化による奇襲、ティアの召喚獣による猛攻。
そのどれもがAA冒険者級の力を持っていた。
AAは世界にも千人いるかいないかという非常に高いランク。
勇者育成を題目にしたスカイディアの教師条件がAA以上の冒険者であることを考えれば、AA冒険者の凄さも自ずとわかるだろう。
今、教師と候補生を隔てる壁は経験のただひとつだけだと僕は思っている。
もちろん、僕はそれに該当しないけれど。
今回の訓練は無事に終了し、結束が深まったが、果たして僕は皆の役に立てたのか。
──端的に言うなら、今回の訓練では僕の魔法は連携に使えなかった。
透明の矢を絵に変えて、奇襲に使う、くらいだ。
だから僕の訓練内容は、パックとの剣術練習が主だった。
パックの加速に生身でついていくのはキツかったけれど、彼のほとんどの攻撃を受け流せたのは、今までの鍛錬の賜物という物。
パックもさすがに驚いていた。
それでもやはり──この身体はいつもの何倍も疲れていた。
「もう少し、ここで横になってたい、かな」
「はい。じゃあぼくもここにいますね」
「先に帰っててもいいのに……」
「ぼくがいたいんです。ダメ……ですか?」
そんな言い方をされると僕も困る。
もちろんダメなわけはない。
側に居てくれるだけで、気持ちも落ち着くという物だ。
「もちろん良いよ」
「やった! ありがとうございます、エイトさん」
夕焼けにも負けない笑顔でティアは返事をする。
その光景を目蓋に焼き付けて目を瞑る。
何秒、何分休息を取ったのか。
それも分からない程、時間が経ってからティアは言った。
「エイトさん……もし、もしよろしければ」
「ん……?」
寝ぼけ眼でティアを見る。
まだ日は落ちていない。
時間として、数分なのだろう。
夕焼けで赤くなるティアの顔。
いや──アレは恥ずかしさで赤くなっているのか。
「お友達に……なっていただけませんか?」
「…………へ?」
変な要求に、変な反応をしてしまった。
しかし、寝ぼけた僕の幻聴というわけではないらしい。
ティアの頬は更に紅潮し、頭から湯気が出そうな勢いだ。
草原を走る風の音が妙に煩い。
胸を叩く鼓動が、早く、そして強く聞こえる。
どうやら僕も、
「もちろん。こちらこそよろしく」
頬を染めているに違いない。
僕の返事にティアは大喜びしていた。
全く……あれだけ訓練をしたというのに、ティアの体力は化け物級だ。
やはり、王族は伊達じゃないというところだろう。
そうして絆を深めた僕とティアは、
一緒に授業を受け、
毎日を共に過ごし、
遂に一ヶ月後の──試験を迎えた。
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