第10話 Sister complex

 

「僕の力が……知りたい?」


「ええ」


「僕は光栄ですけれど……でもどうして?」


 王族の、しかも戦闘能力の高いとされるフレイムクラフト家のご子息と剣を交えることが出来るなんて、滅多にない。

 と言うよりも、過去数百年を遡っても剣術指南役か、賊以外は剣を交える事はないはずだ。


 実力を試せると言う意味で嬉しくあり、滅多にない機会という事でワクワクしている。


 だからこそ、疑問なのだ。

 地位があり、権力があり、実力もあるならば僕を模擬戦相手に選ぶ理由が。


「貴方は、終わらせた者クエスト・エンドとして有名だけど、私は私で有名なのよ。一番最初に──一次試験を終えた者としてね」


「貴方が最初の通過者……」


「……何も知らないのね。ま、昨日まで情報とは隔離された世界にいたのだから無理もないけど。

 とはいえ貴方の偉業は評価に値するわ。だからこそ気になるの。魔術も・・・使わずに、二週間も敵と戦い続けたその手腕が」


 敢えて強調するその言葉を僕は聞き逃さなかった。

 なぜ、魔術を使えないことをこの人が知っている……?


「あら……理由なら簡単よ。貴方が試験を終えたと同時に、授業を担当していた教師達は軒並み情報をバラしたんだから。魔法までは聞いてないけどね」


「心を読み取るなんて、驚きです」


「違うわ。表情を読んだだけよ」


 くすりと笑うとアヤメは木剣を構えた。


「さぁ、来なさい。先手は譲ってあげるわ」


「えっと、質問をよろしいでしょうか?」


「一つだけ、ね」


 半身を逸らし、ジッと構える彼女の体幹はブレる事はない。

 鋭く刃を砥ぐように、僕の会話の中でさえ神経を研ぎ澄ませている。

 そんな彼女の意思に水をさすようで心苦しかったが、どうしても聞きたいことがあった。


「折角僕達、チームメイト・・・・・・なんですから、こんな人の目につくところじゃなくても……」


 個別に集まって特訓しましょう、と。

 最後まで言い切る事は出来なかった。


 嫌な汗が噴き出る。

 思わず身体に力が入る。


 彼女の眼光の鋭さが増し、その目に殺意を感じたからだ。


「まさかこんな腑抜けだとはね……やる気をなくしたわ」


「……え?」


 僕も木剣を持っていないとはいえ、突然の殺気に構えたのだ。

 しかし、彼女は木剣を下ろした。

 メラメラと燃え上がる炎のように発せられていた殺気も、闘志でさえ消えてしまった。

 研いだ刃を、鞘にしまってしまった。


「貴方、エンエムの言うことをそのまま信じているの? バカみたい」


「な……なに?」


 エンエムのことを、呼び捨てにするのはさすが王族と言ったところだが。(僕も心では呼び捨てにしてるが)

 何より彼女の言い分も、気持ちも、状況も理解出来ない。

 なぜ彼女は、ここまでやる気をなくしているのか──?


「コレはね。学生生活なんかじゃないわ。勇者という、ただ一つの玉座を賭けた殺し合いよ。奪い合いで──殺し合い」


「殺し合い……ですって?」


「そう。考えてもみなさい。普通の、それも本当にただ勇者を育成する目的の為ならば、試験で殺害を許可するはずがない。例え、慈悲を持たない為だとしても、自ら貴重な戦力を削る理由がないのよ。違う?」


「────」


 それはその通りだ。

 彼女の言う通りであり、僕自身、エンエムに対して疑念を抱いている唯一の点でもある。

 魔族との決戦を決意し、勇者育成を志したのは理解出来る。

 だが、未来ある若者を五千人以上失う事のリスクは──勇者一人を生み出す事に見合っているのか。


 もし、生み出せない場合、

 教師達、もとい六王族セクターや魔術正教のトップは一体、何を考えているのだろう。


 その答え一つをどうやら、彼女は導き出しているようだった。


「次の試験も協力し合うものじゃない。五人の中で誰がもっとも好成績を出せるかの蹴落とし合い……。全てを捨て、上昇志向を強く持つ者だけが勇者にしかなれないと言うのであれば──私は鬼にだってなる。

 貴方の顔は見たくないわ。貴方みたいな人を、少しでも評価していたと思うと非常に腹立たしい」


 冷ややかな目だった。

 燃える赤い髪に、太陽にすら負けない輝きの真紅の瞳を持つ彼女。

 そんな彼女の目は、酷く荒み、冷えていた。

 まるで何かに、疲れてしまったように──或いは何かに取り憑かれているかのように。


「もうお昼時間も終わるわ。少しでも休息を取ることに──」


 アヤメが髪をかきあげ、踵を返し、この場から立ち去ろうとしたその時だった。


「待ってよ。ねぇさん」


 野次馬の群衆の中から、男が呼び止める。

 アヤメと同じ、燃える炎のような──赤の短髪。


「コイツのこと、ねぇさん嫌いなんでしょう? だったらボクが戦うよ。姉さんが嫌いなヤツはボクも嫌いだしさ」


 童顔。

 しかし、可愛らしさも愛らしさも感じられない言動。

 完全にこちらを敵視……いや、蔑視した態度だった。


 彼の言葉、容姿、その全てが彼の素性を明らかにしている。

 フラム・フレイムクラフト。

 アヤメの弟に当たる、つまりは王子だ。


「でさ、戦って……もし勝ったらさぁ、ご褒美ちょーだい?」


「褒美……?」


「うん。なんでも良いんだ。ねぇさんがくれるならなんだって……」


「分かったわ。考えとく」


「やった! 楽しみだなぁ!!」


 無邪気にフラムは喜ぶ。

 歳はそう変わらないはずなのに、その姿は十歳児を思わせるはしゃぎっぷりだ。

 それも束の間──


「君さぁ、ちょっと調子乗ってるんじゃない?? ランキング最下位のくせに……さ」


 蔑んだ瞳と罵倒は年相応の闇を覗かせていた。

 それにしたって気味が悪い。

 姉と喋る時とはまるで別人じゃないか……!


「何の話でしょう?」


 僕は動じず笑顔で返す。

 それを見て、フラムはより嬉しそうに、禍々しく口の端を吊り上げた。


「ほんっと、何も知らないんだね……。

 いいさ! ならボクが教えてあげるよ! 一次試験の通過順によってポイントが割り振られ、試験の結果や授業の理解度により更にポイントが加算されていく! その現在ランキング最下位が、君なんだよ!」


「そんなランキングが……」


「何を隠そうこのボクは198位だ! そしてねぇさんは不動の1位! あはは! お前なんかが吊り合うはずないじゃん! チームメイトとか……頭湧いちゃってるの? って感じ」


 クスクスとフラムが笑う。


「まぁ、チームメイトの選抜は、ポイントがなるべく平均的になるよう割り振られてるみたいだから? ボクとねぇさんが一緒になることは出来ないんだけど。君とねぇさんは必然だったわけだけど! 

 平民の癖に……分をわきまえろって話さ! あはあははははーー!!

 度し難いよね……ほんと」


 フラムの笑顔が濁り、嫉妬に歪む。


 周囲から次々と生まれる嘲笑に漸く気付いた。

 そう、僕とティアが一緒に歩いていた時感じていた視線は、王族と歩いているから、じゃなくて、

 ──と歩いているティアが笑われていたのかもしれない。


 そう思うと少し、悔しい気持ちになった。

 あんなに優しいティアが、僕のせいで笑われてしまっている事実に。


「しかも魔力適性ゼロ、なんだろ? ランキング最下位にはぴったりな塩梅だ。──でも、この学園には相応しくないよねぇ」


「つまり、何が言いたいんですか?」


「つまり? 決まってんじゃん」


 フラムは嫌らしい笑顔で、背後に向かって手を突き出した。

 すると、群衆の中から剣が投げられてそれをフラムは見ずに掴む。


「剣を使用しての、決闘だよ」


 鞘から剣を抜き、ゆっくりとフラムは迫ってくる。

 もう彼のやる気は揺るがないものだ。

 そして野次馬達もこの展開に喝采をあげている。


「魔法あり、もちろん魔術もあり。互いが死ぬまでやり合う殺し合いだよ? 別に、泣いて許しを乞うってんなら考えてやっても──」


「分かりました。やりましょう」


「……は? なに、即答かよ。え、勝てるとでも思ってんの?」


「さぁ、どうでしょうね」


 もちろん殺す気なんてないけれど。

 この場は決闘を受ける方が事態の収拾がつきそうだと判断したのだ。

 まぁ、僕がそんな風に挑発をしたもんだから、フラムはとても機嫌が悪そうだけれど。


「ふーん、で? 君、剣どうすんのさ? まさか、木剣を使おうなんて言うつもり? それはさすがに……」


 胸元を探り短剣を取り出す。

 それを見て、フラムは目を細めた。


「なるほど、準備万端ってわけね。いいじゃんいいじゃん? ボクも俄然やる気が出てきたよ──」


 そう言って。

 フラムはゆっくり剣を引き抜いた。


「王宮剣術が学びたかったんだろ? ああ、ボクが教えてやるよ──冥土の土産になぁっ!!」


 ---


「魔法と魔術の因果関係は解明されておらず……何世紀も前から研究されている課題の一つ……」


 授業の十分前。

 一番気の許せるエイトがいないので、食堂で食べる気にもならず、一人授業の予習をするティア。


 サンドイッチをもさもさ食べながら辺りを見回す。

 周りには仲良さそうに会話や勉強する候補生が複数座っているが、ティアにはいない。


「……はぁ、つまんない」


 パタリと教科書を閉じて、ティアは机に突っ伏した。


「エイトさん……どうしてるかなぁ」


 今朝知り合ったばかりのエイトに想いを馳せるティア。

 エイトが人付き合いが上手なこともあり、ティアのエイトに向ける印象はとても良い。


「早く会いたいなぁ」


 コレが普通の生徒間ならば違和感を感じるのだろうが、ティアに限り違った。

 例え数時間しか接触していない筈の、エイトのことしか考えられない。

 今のティアの思考はそういう風に作り変えられていた。


「あ、そうだ! 生徒手帳で確かメール送れるんだっけ……。使ったことないから忘れてた」


 と、思い立ったが吉日。

 ティアはすぐ生徒手帳を取り出した。


 手帳とは名ばかりの薄い板のような魔水晶だ。

 触れて念じるだけで必要な機能が浮かび上がる。


「えーっと、『四時限目の戦術基礎学、一緒に受けませんか?? お返事待ってます』くらいなら……堅苦しくなくていいかな……? それともやっぱり王族らしい文章の方が! う、うーん、悩むなぁ」


 手帳片手に唸るティア。

 彼女がメールの内容にやきもきする間も、エイトの戦いは続いていた──



 --



「あははははっ!! どうしたどうした! 防戦一方じゃないか! 楽しむ前に死んじゃうぞぉ!!」


 嵐のような連撃。

 まるで踊るように身体中を使って迫る剣撃。


 確かに、王宮剣術は舞踏にすら使われる流麗なものと聞いたけれど──これは間違いなく別物だ。


 例えるならば荒ぶる波が何度も押し寄せているよう。

 回転しながら、旋回しながら、遠心力を高め放つ一撃はとてつもなく重い。

 だというのに隙がない。

 きっと、重い一撃を受け止めるのに精一杯で次弾への備えが出来ていない所為だ。


 それ以上にこの王子、剣術の腕も相当なもの──


「コレは王宮剣術じゃない……、西方に伝わる部族の剣術ですね!」


「そーうでーす! へぇ……平民の癖に、よく知ってるじゃない。堅苦しい王宮剣術は性に合わなかったんだ。だからいろーんな剣術を学んでさ。最後に出会った、この剣術は自由の幅が広くて好きなんだ──!」


 振り下ろす剣を短剣で受け止める。

 弾かれた剣は勢いをそのままに、手首で回転し──下からの斬り上げに昇華した!


「────ぶなっ!」


「まだまだまだまだぁっ!! もっと踊れぇっ! ボクらが見たいのは血飛沫だ! 平民が無様に地に伏すその姿だ! 

 姉さんとチームメイトになりやがって……絶対に許さないッッ!!!」


 本音が飛び出す狂気の面はとても童顔の王子とは思えない。

 細腕から繰り出される剣撃も、打つ度に威力を増して襲ってくる。


 僕も負けてはいない。

 彼の攻撃を全て短剣で受け流している。

 多対一を基本とする僕の剣術だ。

 もちろんその真髄は、多方向から来る攻撃を避けることを重視されたもの。

 一対一に於いて言うなら、肌に触れる事だって許さない。


 でも攻撃もできない。

 あまりに重い一撃の為、攻撃に入る隙を貰えない。


 剣術に於いて言えばほぼ互角といったところ。

 僕と彼の差を埋めているのは──


「強化の魔術、か」


 脚と腕と、剣。

 それら全てに強化の魔術がかけられ、彼の攻撃を至上のものへと変換している。


 力無く振るった攻撃ですら皮膚を裂き、肉を断ち、骨を砕く。

 力を十全に込めたならば、岩だって斬りかねないその一撃。


 この勝負に勝つのは簡単だ。

 拮抗した剣術の腕の差を広げているのが魔の領域ならば、僕もそれに追随すれば良い──!


 迫るフラムの剣を思い切り弾く。

 しかし、弾き飛ばされたフラムは待ってましたと言わんばかりに笑顔で叫び、地を蹴った。


「そこダァッ!! 

 死ネェェェェェェェェェッッッッ!!!!」


 前方に転回し、側転し、バク転し、速度をどんどん上げていく。

 それは曲芸でも見ているかのような華麗な動きだった。


 速度が最高点に達した時、跳躍。

 宙でも身体を何度も捻り、遠心力を極限に高めた剣が──迫る。

 それを、


「刻め──思い出作りブック・メイカー


 自身を絵として保存する事で回避する。


「ェェェェェェェ…………は?」


 絵になったのは一瞬だ。

 地面に絵として張り付いて、その後すぐに実体化。

 王子があれだけ準備した攻撃も空を切ったし、何より僕のことは、瞬間移動・・・・でもしたように見えただろう。

 野次馬達から聞こえる喧騒には、僕の魔法の本質を見切った者はいない。

 それほどに“絵に変化”と“実体化”の時間を短くしたのだ。

 だから王子は言った。


「へぇ……瞬間移動……? みたいな魔法なのかな? 便利魔法だね、そこは素直に褒めてやるよ」


「……そりゃどうも」


「素直に礼なんかしないでよ。確かに便利な魔法だとは思うけど……ひひっ」


 勝ち誇ったように笑う。

 正確には終始笑っているのだから、笑みを更に邪悪にしたという方が正しいか。


「君がどれだけ凄い魔法で、何段かは知らないけどさぁ。最高5段階に分けられる魔法の進化過程のうち、三段魔法サード・マギナに至ったボクの魔法の敵じゃない事を、教えてやるよっ!!」


 指をパチンと鳴らして、フラムは解言かいごんを唱える。

 真に力ある言葉が世界に影響を与える。


「忠義を示せ──盤兵召集アブソリュート・オーダーぁぁっっ!!」


 言葉と同時、地面に魔法陣が展開され、呼び声に応じて召喚魔法が起動する。

 槍を持つ、赤い鎧を纏う兵士だった。

 しかし、その中身はない。

 ヘルムの中からは赤い炎が揺らめき、敵たる僕を睨み付けている。


「アハハハハッ!! もう茶番は終わりだ! ボクの魔法はね、チェスに見立てた魔兵ゴーレムを召喚出来る魔法なんだ! 

 今のボクの魔力じゃあ、最大八体が限界だけど……充分だよねぇ!? 君みたいなゴミを殺すのに、寧ろ贅沢過ぎる処刑だろ! 来い! 魔炎歩兵ポーン・ゴーレムズ!!」


 先に召喚された鎧と同じものが更に七体、地面から浮かび上がるように召喚される。


「かっこいいよねぇ……真紅の鎧を纏う兵士達。正しく、フレイムクラフトのボクに相応しい魔法だ! この鎧が今から、更に君の血で染まり、赤く煮えたぎると思うと……あ、……ああ……あああああっっ!! ね、ねぇさぁぁぁあんん!!!」


 身体を抱きしめ、悦びに震えて、目尻に涙を浮かべる。

 身体を弓のように逸らし、姉を叫ぶその姿は──歪んだ性愛だ。


「捧げるよ、勝利を! 焼べるよ、君の命を!! ボクの勝ちは、目の前だゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 叫声を上げて指差す先は、僕。

 槍を構え、主人の号令を受けた魔兵ゴーレム達は、僕を殺すべく八方から一斉に飛び掛かる。


 しかしそれがこの場における──最大の悪手だということに、まだ、気づかない。

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