第9話 第二の六王族《セクター》

 

「魔法の成長指数を表す際、段階フェーズ式を採用している。段階フェーズには最大、五段階フィフス・フェーズと分けられているが、魔物にも進化の段階が五段階フィフス・フェーズあると言われている」


 黒板にスラスラと書いていく禿頭の先生。

 僕は今、大教室で魔物学の授業を受けていた。


「普段、森や山などで見かける魔物はそのほとんどが一段魔ファースト二段魔セカンドだが、稀に三段魔サードも目撃される。その判断基準は、人型か、そうでないかだ」


 魔物学の権威、スプリッツァ先生。

 ティアのオススメの授業ということで、二人で一緒に受けている。


 オススメ、というだけあって、二百人は入れるだろう大教室の席はほとんど埋まっている。

 皆真面目であり、先生の声以外は鉛筆を走らせる音しか聞こえない。


 既に授業は終わりが近い。

 始めに魔物による事件の内容やその対処の例などを勉強したのち、魔物の生態について学んでいる最中だが、朝早いせいか少し眠い。

 鉛筆を離し、目を擦る。


 すると、真横に座るティアが肩をちょんちょんと叩いて来た。


「眠いんですか……?」


 囁くティアの声は寧ろ眠気を悪化させそうな優しい声音だった。

 静かに頷けば、両手を握って「ファイトです!」と応援してくれた。


 授業もあと少し。

 頑張ろう。


「ではここで訊こう。ティア・ブライトハイライト!」


 と、頬を叩いて意気込むと、先生の響き渡る声と鋭い眼光がティアを貫いた。


「は、はい!」


 ティアも突然の指名に、声が上擦っていた。


「魔物が人型になる理由。これは前回の授業でも触れたが、どういう意味があると言われている?」


「はい! それは、人型が最も魔力を循環させやすい構造だからと言われています!」


「よろしい。今度から私語は慎むように」


「はい! 気を付けます!」


 あの小声でさえ聞き取っているのか……。

 恐ろしや、スプリッツァ先生。


 ティアはキチッとした姿勢で座り、「怒られちゃいました」と舌を出す。

 突然来る可愛らしい仕草は心臓に悪い。

 顔が真っ赤になるのを感じて、ぷいと逸らす。


 こんなことなら幼馴染でもっと免疫をつけておくのだった──と、そう言えば、アイツはそんな女らしい奴でもなかったけか。

 これから慣れていくしかない。


「と、このように三段魔サード辺りから魔物の人型が見られるわけだが、それ以降の段階を判別する方法は数種類あり──」


 と、ここで。

 授業終了のチャイムが鳴った。


「む。もうおしまいか。ならば次は魔物の人型に於ける段階の判別方法について、授業をするから予習をしておくように。

 ──解散」


 先生の合図と共に、大教室を占領していた生徒達が脇目も振らず一斉に退出していく。

 それもその筈だ。

 今は二時限目が終わった時刻。

 丁度、お昼の時間帯なのだから。


 一時限目と二時限目の間の休みは10分しかない。

 設備が整えられ、移動がわりと楽なスカイディアではあるけれど、それでも大変なものは大変だ。

 全校生徒約五千人が我先にと魔法陣に乗る様は滑稽ですらある。

 人気の授業があればあるほどそこに行くまでの魔法陣は混み合うわけで。


 午前中に激戦を繰り広げた候補生は、些細な憩いの場を求めて食堂へと集まるのだ。


 かくいう僕も相当に疲れている。

 人の集中は45分が限界だと、師範代に言われていたけれど、授業は軽くそれを超えている。

 ティアも疲れ切っているようで、思い切り伸びをして、机に突っ伏した。


「ふぁー。疲れちゃいますね……。まさか当てられるとは……」


「あはは。あの先生も中々地獄耳だね」


「私語厳禁! にしたって厳禁すぎです……」


 他の授業ではある程度ザワついたり、所々で話し声が聞こえていたものだが、魔物学だけは驚く程、静かだった。

 皆が真面目というより、先生の生真面目さがもたらしている結果なのは明白だ。

 本当に皆真面目だとしたならば、授業中ずっとペン回しをしてたり、寝ている生徒がいる筈がない。


「でもタメにはなると思うんですよね。どうでしたか? とりあえずは魔物学と魔獣学、受けてみて」


「そうだね。どちらも今後の戦闘の知識として役立つ筈だから僕も受講しようと思うよ」


「やりました! これからも一緒に授業を受けれますね♪」


「よろしくね。ティア」


 こんな風にあからさまに喜んで貰えると僕も嬉しい。

 ティアは本当に良い子だと思う。


「それじゃあ、ぼく達も食堂に向かいましょう! お腹ペコペコですぅ」


「あ、僕は軽食を貰って次の授業の場所に行くよ」


「? 授業までは一時間の休憩がある筈ですが……何の授業を受けるのですか?」


 もちろん、ティアと一緒に午後の魔術効果学を学んでみたい気持ちもあったけれど、それよりも今日は受けてみたい授業があったのだ。


 小首を傾げるティアに胸を張っていう。


「それはね。王宮剣術の授業だよ」


 --


 王宮剣術。

 それは歴史ある剣術であり、国の歴史と共に育まれ、研鑽されてきた。

 宴の際に披露する舞踏として用いる国もあるが、護身術としての力は充分だ。

 なにせ王族が自分で身を守れるようにと教わる剣術なのだ。

 宴用の踊りで役目を終える技術ではない。


 師範代の元で剣術を学んでいた時、もしも王宮剣術を学ぶ機会があるなら是非学んでおけと言われていた。

 それは僕の習った剣術が主に多対一を目的としたものならば、王宮剣術は一対一を主に構築された剣術だから。

 学んで損はないといつも釘を刺されたからというのもあるが、もしかしたら──同じ気持ちで幼馴染も来てるかもしれないと思ったのも理由の一つだった。


「うわぁ……広いなぁ」


 軽食のおにぎりを頬張りつつ、王宮剣術の教室を見学する。

 教室、と果たして呼んで良いものか。

 黒板や机、椅子などはなく、あるのは人と藁人形のみ。

 長筒の容器に雑多にしまわれる木剣をその手に、候補生達は昼休みだというのに藁人形に剣を振るっている。


「もっと背筋を伸ばせ! 気を抜いたその時がお前の死だ!」


「はい!」


 甲冑を纏う教師も昼休みを返上して多くの生徒を教えている。

 広い空間は、まるで城の中庭のようで、藁人形に木剣を振るう候補生もいれば、模擬戦をしている候補生もいた。


「にしても……今は自由練習なのかな。誰と話せば良いのか分からないや」


 候補生は数百人この空間にいる。

 それに応じて剣術を教える教師も数十人が、チームを分けて指導している。

 勤勉なのは素晴らしいとは思うがこれでは新参者が入り辛い空間となってしまう。


「ティアがいたら……何か教えてもらえたのかな……」


 案の定というか予想通り、ティアは王宮剣術の授業にはついてこなかった。

 なにせ彼女は子供の頃から習っているのだ。

 改めて習おうと思うのは相当な剣術バカか、単純に上昇志向の強い人だけだろう。


「……ん? あそこは一際、人が集まってるな……」


 なるべく練習の邪魔にならないよう、空間の隅を歩く。

 そうして辿り着いた人集りは、どうやら模擬戦を見に集まっていた野次馬達。

 その野次馬達に囲まれて注目を浴びているのは──一人の真っ赤な髪の女。


「────────」


 時が止まる、とはこのことだろう。

 そのあまりの美しさに、息を飲む。

 彼女の動きに尾を引くサラサラの髪が、飛び散る汗が、鋭い眼差しが、全て止まって見える。

 髪と同じく、真紅に染まる瞳は見る者を魅了する。


 いや──彼女の容姿は確かに素晴らしい。

 しかし僕が感動したのはそこではない。

 柔らかな肢体が彼女の意思で自在に変化して、敵の攻撃を交わす。

 その無駄のなさに見惚れていたのだった。


「──遅い」


「っぁっ!?」


 彼女の木剣が、敵の腕を叩き打つ。

 その衝撃と痛みは骨折にも劣らないのだろう、溜まらず男は木剣を落とし、痺れる腕から目を逸らさないでいた。


「溜めに無駄が多過ぎるわ。貴方それでも貴族?」


「……くっ!!」


 男は木剣を広いもせずにその場を立ち去った。

 悔しさに、涙を浮かべて。


 女はふん、と鼻を鳴らし、感情の読めない冷えた瞳で、


「次」


 と構えた。

 それに応じたのは野次馬の中の大男。


「ヘッヘッヘ……。かの、フレイムクラフトのお嬢様と剣を交えられる日が来るとは、光栄の限りだぜ」


「さっさと来なさい。貴方と剣を交えても、喜びは感じないでしょうけど」


「ほざけっ!!」


 大男はデッドリームを思わせる巨体だ。

 彼が持つ木剣は特別性なのか、従来のものより一回り二回りも大きい。

 そんな巨大な木剣を振りかざし、地面に叩きつけたならそれは鉄槌と変わらない凶器となる──


「────力任せなんて、つまらない」


「な──っ!」


 しかしそれも、赤髪の女の前では意味を為さない。

 振り落とされた木剣は女の体ギリギリを擦り抜けて地面に刺さっていた。

 しかもそれを抜けないように、剣で押さえ込んでいる。


「う、うごかねぇ! ──くそっ」


 女の細腕一本で、大男両手の怪力を封じ込めている。

 最早固定されて動かせないと悟った大男が木剣を離した瞬間、彼の首元には滑り込むように女の切っ先が突き付けられていた。


「身体の大きさを全く活かせてないわね。ウドの大木……というのかしら。そういうの」


「ち、ちくしょう……俺の負けだ」


 大男の降伏宣言に、女はこれみよがしに溜息を吐きながら切っ先を離す。

 先程まで威勢のよかった大男も「ひぃい!」なんて情けない声を上げながら逃げていった。


「それで……? 次は誰かしら。誰でも相手になるわ」


 と女が言うものの、誰も名乗りをあげはしない。

 自分達の二倍ほどの体格差がある男を秒殺した女と手合わせしたいと思う者は少ないのかもしれない。


「──ん、貴方は……終わらせた者クエスト・エンド?」


 なんて、一人傍観を決め込んでいたはずの僕に、視線が集中する。

 彼女の言葉と共に、野次馬達の視線が一斉に僕に向いたからだ。


「あ、え、えと、僕のこと……ですかね?」


「…………」


 赤髪の女はじぃーっと、僕のことを見定めるように吟味する。

 ここの人達はまず人の身体を隅々まで見ないと気が済まないのだろうか……。


「僕はエイト・クラールハイト。

 こんなところで会えて光栄です。アヤメ・フレイムクラフトさん……それとも様の方がいいでしょうか?」


 とりあえず、名前を知っている僕から自己紹介。

 赤髪に、真紅の瞳。

 これほど分かりやすい特徴はない。

 ドラグニル皇国を統べる六王族セクターの一人であり、僕のチームメイトだ。


 軽く一礼をして、彼女を見る。

 身長は彼女の方が高いから見下ろされる形になってしまっている。

 元々眼光が鋭い人だから、睨み付けられてるようで少し怖い。


「なるほどね。ねぇ……エイト」


「は、はい? なんでしょう」


 突然の名前呼びにドキりとする。

 ティアとはまた違い、美人から呼び捨てにされるのもまた心臓に悪い──と、深呼吸をしていると、

 更に心臓に悪い言葉が鼓膜を打つ。


「私と模擬戦をしなさい。貴方の力が知りたいわ」

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